羊の家



− 2 −

「ウソップ!!てめ−、ここを開けろ!!!」

 ドンドンドンッ!!!

兄ちゃんの怒鳴り声と、ドアを蹴る音で目が覚めた。
たたいてるんじゃねぇ、蹴ってるんだ。
毎朝おれを起こす時、サンジ兄ちゃんはいっつも足を使う。
けど、何だかいつもよか音が遠くから聞こえる気がするな。

今、何時だ?
目を開けると、床に転がった目覚まし時計が見えた。
……8時45分。げげっ、チコクじゃね−か!!
なんで、もっと早く起こしてくんなかったんだよ−!!?

あわてて飛び起きたところで、思い出した。
ナナメになった木の天井。ホコリだらけの木の床。
寝袋のそばのリュックと懐中電灯。
そうだ、おれはウチに帰って来たんだ。
じいちゃんと兄ちゃんの家のベッドの上に『クソお世話になりました。』って、手紙を置いて。

「そこに居るのはわかってんだ。ドアを開けろ、クソっ鼻!!
 勝手に家を抜け出しやがって、どんだけ心配したと思ってやがんだ!!?」

寝袋からぬけ出したおれは、そ−っと窓から玄関をのぞいた。
サンジ兄ちゃんは、すんごく怒ってる。
口にくわえたタバコから、機関車みてぇにケムリが出てた。

 ガンガンガンッ!!!!

ドアを蹴る音も、どんどんでっかくなる。
このままじゃ、おれのウチが壊されちまう。
兄ちゃんは自分の倍ぐらいあるでっかいコックでも、厨房の端から端まで蹴り飛ばすもんな。

けど、おれには強い味方がいるんだ!!オトナになんか、負けるもんか。
おれはリュックの中からフロシキ包みを取り出した。

「……ウソップ。おめ−がそんなに嫌だってんなら、ジジイに言って、コブラ義兄さんにも頼んで
 この家を壊すのは止めさせる。
 だから、帰って来い。あの社長さんも言ってただろ?そこは、危ねェんだよ」

兄ちゃんは、蹴るのを止めて少し優しい声で言った。
ダマされねぇぞ!!
おれがウチから離れたら、コッソリ壊すつもりなんだ。
兄ちゃんも、じいちゃんも、コブラおじさんも。それから、あの大工たちも。
みんな父ちゃんが嫌いだから、このウチを無くしちまいてぇんだ。

「いい加減にしろ、ウソップ!!!
 おめェがそのつもりなら、このドアぶち破るぞ!!!!」

おれが返事をしねぇもんだから、気の短い兄ちゃんはすぐ声を大きくする。

 ミシッ ミシミシッ

天井が、小さく鳴った。
まるでコワがってるみてぇだ。
大丈夫だぞ。安心しろ。
おまえは、ゼッタイに守ってやるからな。

「待ちたまえ!!!」

屋根の上に立ち上がった人影に、サンジ兄ちゃ……、いや金髪の男はハッと顔を上げた。

「なんだァ?」

見上げる右の目がまん丸になる。
どうだ、驚いたか〜!?
おれ…、じゃない“私”はサッソウとマントを両手で拡げた。

「話は全て、彼から聞かせてもらったよ。
 ザンネンだが、彼は父親を追って遠く冒険の海へと旅立った。
 私はキミのような悪いオトナから、このウチを守ってくれと頼まれた正義の味方。
 私の名は、“そげキング”!!!!(ど−ん)」

金髪男の口から、短くなったタバコがポロリと落ちた。
私のあまりのカッコよさに、声も出せないようだ。

私の正体を隠すのは、父ちゃ…勇敢な海の男・ヤソップ氏がウソップ君へのお土産に
外国の街から持ち帰ったお面だ。
半分水に沈んだ街のお祭りで被るモノで、魔よけにもなるというスグレモノ。
父ちゃ…、船乗りのヤソップ氏は、そういうエンギモノが好きだったのだ。
目と口と、それから鼻の出る穴まであって、たいへんに便利でもある。
腰には我が魂の武器、ネズミの目玉もロックオンな百発百中のパチンコ。
唐草もようのフロシキ…じゃねぇ、マントが海からの風にバサバサとはためく。
私は屋根の上で腕を組み、胸を反らした。

「彼のように勇敢で正直な少年との約束を守るのに、理由はいらない。
 さあ、私が相手になろう!!!」

兄ちゃ…、蹴り技使いの料理人のカオは地面を向いていた。
新しいタバコに火を点けようとしては、マッチをへし折る。
お面の上から装着したゴ−グル…いや、“そげキング・スコ−プ”の照準を合わせると
肩が震えているのが確認できる。

ふふふふふ…。
私の勇姿に怖れおののくがいい!!

5本目か6本目で、ようやくタバコの火を点けるのに成功すると、青い目がコッチをにらんだ。
お…、私は即座にパチンコを構える。
そげキングの武器は、ドングリじゃね−ぞ。
当ったらスゴク痛いぞ、…きっと。

「……ああ、そうかい。
 なら、勝手にしやがれ!!そげっ鼻!!!」

口からモクモクとケムリを吐き出しながら、料理人はくるりと私に背を向けた。
オレンジ色のストライプのワイシャツの背中が、汗でベッタリ濡れているのが見えた。

そげキングは、構えていたパチンコを下に降ろした。
どうだ!!恐れ入ったか!!!正義は勝ったのだ!!!

パチンコの中の“メタリック・スタ−”がポロリと落ちて、コツンと窓枠ではねた。

 コ−ン コンコンコン…

そのまま、屋根裏部屋の床の上を転がっていく。
壁の端にぶつかった後、今度はコロコロと壁にそって転がって、隅っこの角でやっと止まった。
屋根のどっかからもれて来るお日様の光で、パチンコ玉が銀色に光る。

父ちゃんは、バクチが大好きだった。
馬もモ−タ−ボ−トも自転車も好きだったけど、いちばんよく行ったのはパチンコだ。
母ちゃんにナイショで父ちゃんのパチンコに付いて行くと、父ちゃんはいつもチョコレ−トと
パチンコ玉を一掴みくれた。
まん丸でピカピカした玉は、ドングリ玉より真っ直ぐ、遠くまで飛ぶ。

『危ねぇからな。パチンコは絶対に人に向けちゃいけね−ぞ』

父ちゃんとの男と男の約束を、おれは破らねぇ。
けど、父ちゃんが建てたこのウチは、ぜったいに守らなきゃならねぇ。

だから、おれはおれじゃねぇ。
悪いヤツらをやっつける正義の味方、“そげキング”が現れるんだ。


   * * *


乾パンと桃のカンヅメで朝メシを食べて、おれは屋根の上で見張りをしながら
リュックにつめてきたマンガを読んだ。
今ごろ、ルフィもビビも教室で勉強してるんだろうな。
そう思うと、持ってきたマンガがますます面白い気がする。
けど、ペ−ジをめくるたんびにぐるっと辺りを見回してると、あんまし読んだ気がしね−けどな。

太陽が真上に昇った頃、また誰かが丘を登ってウチに近づいてきた。
あわてて屋根に寝そべって、ゴ−グルを合わせる。
なんでか、ルフィの母ちゃんだった。

「こらぁ、家出坊主−!!」

ルフィの母ちゃんは、ルフィの母ちゃんなのにサンジ兄ちゃんより一つ年下だ。
だからまだ、『ぴっちぴちの二十代』で、ヘンな大工が言うには『ハレンチ』な
すんごい短いスカ−トをはいてる。
サンジ兄ちゃんはルフィの父ちゃんと同級生だったらしいけど、どっちかっていうと
ルフィの母ちゃんの方と仲が良かった。
……兄ちゃんは、きれいな女の人なら誰とでも仲良くなりたがるけどな。

「あたしも、あんたぐらいの年には家出の一つや二つはしてたから、偉そうなことは
 言わないけどね−。
 あんま、心配かけるんじゃないのよ〜!?」

大声でそれだけ言うと、ウチの前に紙袋を一つ置いてスタスタ帰っていく。
そ−っとドアを開けて辺りを伺ってから、包みをウチに引っ張り入れた。

中には、弁当箱と水筒が入っていた。
遠足の時に持って行くプラスチックの弁当箱だ。
フタを開けて、それを作ったのが兄ちゃんでもじいちゃんでもねぇのがわかった。
サンジ兄ちゃんのお嫁さんは、あんまり料理が得意じゃねぇから。
ルフィの母ちゃんは、おれの母ちゃんともサンジ兄ちゃんのお嫁さんとも仲が良かった。

食料は貴重だから、ムダにしたらもったいない。
おれは、昼メシに弁当を食べることにした。
母ちゃんはレストランの娘だったけど、やっぱり料理を作るのがあんまり得意じゃなくて。
ちょっと形の崩れた玉子焼きや、ちょっと焦げたコロッケや。
母ちゃんの作ってくれてた弁当によく似た弁当を、おれは残さず食べた。

料理の味付けとは別の理由で、どれもショッパイ味がした。


   * * *


「うおおお〜い、ウソップ!!いるかぁ〜〜!!!」

昼メシを食って、屋根の上でもう一度マンガを読んで。
いつの間にかウトウトしてたらしいおれは、親友の声に飛び起きた。

「ウソップ〜!!今日、学校休んだでしょう!?
 給食のパンと宿題のプリント持ってきたの−!!」

続いてイトコの声がした。
すぐに立ち上がろうとして、おれは思いとどまった。
おれがおれじゃマズイんだ。“おれ”じゃなくて、“私”じゃねぇと。

そ−っとそ−っと屋根をはって、天窓から中に降りた。
外ではルフィのデッカイ声が聞こえる。

「サンジに聞いたぞ!!おまえ、家出したんだってな〜ッ!?
 すっげ〜〜ッツ!!!おれ、まだ家出したことね−ぞッツ!!!!」

冒険好きのクセに方向オンチのルフィは、遠くまで探険に行っては、家に帰って来れなくなる。
そういうことが何度も何度もあったけど、それは“家出”じゃなくて“迷子”だもんな。
もしかして、おれがルフィの先を越したのって初めてじゃね−か?
コッソリ密船して海に出たのも、まだ青いみかんを食ったのも、お寺の墓石で跳び箱したのも。
みんな、ルフィが先だったし。
…けど、まてよ。
ルフィの母ちゃんも、おれを“家出坊主”って言ってたけど、おれはおれのウチに帰っただけだ。
それでも“家出”っていうのかな?

「ルフィさんったら、そんなの自慢にならないわよ!!
 ねぇ、ウソップ!!明日は、いっしょに学校へ行こう!?」

今度はビビが小鳥みたいなカワイイ声で言った。

「明日の給食はウソップの大好きなカレ−だから、わたしの分もおかわりしていいわ!!
 それに、明日は海岸で写生をするの!!
 わたし、ウソップの海の絵が見たいなぁ〜!!!」

その言葉に、チョットだけグラッと来た。
くそう、カレ−に写生かよ〜!?
ビビのやつ、おれ様のツボをよく知ってやがるぜ!!
だけど、おれはもう“おれ”じゃねぇ。

腰にはパチンコ。肩にはマント。
最後にお面を被って、“私”は屋根の上にすっくと立った。

「友だち思いの少年と、おじょうさん!!
 残念ながら、彼はこの街を去ってしまったのだ。
 彼に後を託された私の名は、狙撃の王様“そげキング”だ!!!(どど−ん)」

「おお、すげ〜ッ!!カッコイイな、ウソップ!!!」
「もう、ウソップったら。またヘンなカッコして!!」

いきなり私の正体…、では断じてなく!!
カンチガイをしているらしい子どもたちに、私は言った。

「こらこら、何を言うんだねキミたち。私は“そげキング”だ。
 正義を求める声にみちびかれ、はるばる海越え山越えて、そげきの島からやって来た。
 ちなみに、そげきの島はキミたちのココロの中にあるのだ〜ッ!!!」

「ウソップ、ふざけないでッ!!
 お兄ちゃんも、おじいちゃんも、パティさんやカルネさんたちも。
 みんなみんな、ウソップのこと心配してるんだから!!!
 まだ小さいカヤちゃんだって、『ウソに−ちゃんは?』って、ウソップをさがしてるのに!!」

ビビのでっかい目が三角になる。
やべぇ、マジで怒ってるぞ。
女ってロマンが通じねぇからヤなんだよなぁ〜。
やっぱ、男同士だよな!!

「そうか−!!そんで、どうやったら行けるんだ!?
 トコロテンとソバガキの島!!!」

ビビのトナリには、口からヨダレを垂らすルフィの顔。
おまえに食い気以外の何かを期待したのがバカだった。

その時、おれ…じゃない、私の“そげキング・スコ−プ”は接近してくるナゾの人影を認めた。
一人、二人、三人。
兄ちゃんでも、店のコックさんでも、ヘンな大工でもねぇ。

「アヤシイヤツらがやって来る。キミたち、早く隠れるのだ!!」

二人は顔を見合わせると、道から反対側になるウチの影にかくれた。
…てかコラ、ルフィ〜!!
どさくさに紛れて、ビビと手ぇつなくんじゃね−ッ!!

心の中で叫びながら、私も隠れることにした。


   * * *


ウチの前までやって来たのは、大男が一人と女の人が二人。
男の方は前髪をテカテカに固めてピンと上げている。
マンガに出てくる不良の髪形で、“リ−ゼント”っていうヤツだ。
サングラスをかけて、丸太みたいに太い両方の腕には星型のイレズミ。
おまけに、まだ5月だってのに海水パンツにアロハシャツだ。
こんなヘンなカッコをしてるヤツは、この街に一人しかいねぇ。

玄関の少し手前で立ち止まると、大男は片手にぶら下げていたCDプレイヤ−を地面に置いた。
そんで、いきなり。

「アウ!!みゅうぅ〜〜じっく・すた−と!!!」

 ズン♪ズン♪ズズズン♪  ズン♪ズン♪ズズズン♪

スピ−カ−からどでかい音がすると同時に、三人はリズムにのりだした。

「アウ−ッ!!ウソップってぇガキは居るか−!!?」
「「アウ−ッ!!イエ−イ!!!」」

大男が怒鳴ると、女二人は後ろでそっくり同じポ−ズを取る。
二人とも、チリチリの髪を平べったい真四角にしてて、まるで凧(タコ)かウチワみてぇだ。
こんなヘンな髪型をしてんのも、やっぱりこの街に二人しかいねぇ。

 ズン♪ズン♪ズズズン♪  ズン♪ズン♪ズズズン♪

「アウアウ〜ッ!家ン中に閉じこもってねぇで、恥ずかしがらずに聞いてみな!!
 俺の名を!!!」

ハッキリ言って、聞きたくねぇ!!
ていうか、この街の人間ならみんな知ってるぞ。コイツらのことは!!!

「俺は、この街一のス−パ−な男!!そうだ俺は人呼んで、ワァオ!!!
 ン〜〜〜ッ!!!」

 ズッズズズズズズズ……♪♪

男のうなり声に合わせて曲のリズムが早くなる。
ルフィとビビが、コッソリとウチの影からのぞいている。私も様子をうかがった。
低い姿勢で地面をたたいていた三人が、そこで一気に伸び上がる。

「「「フランキ−っ!!!」」」

 ドドォン!!!

どでかい効果音で、曲は終わった。
そう、海水パンツの名前はフランキ−。
あの白鳥の袈裟を着たオカマ坊主と並ぶ、この街の変態な有名人だ。

正義の味方“そげキング”に変態が感染(うつ)ったら一大事。
ここは居留守でやりすごすのが一番だ、うん。
と、思ったところでルフィが飛び出した。

「おい、海水パンツ!!ウソップに何の用だ!!?」

……ル〜フィ〜〜ッ!!(涙汗)

こうなったら仕方がねぇ。
少年がいらねぇことを言う前にと、私も腹をくくって立ち上がった。

「何の用かは知らないが、勇敢なウソップ君はこのウチにはいないのだ。
 留守をあずかる私の名は、“そげキング”。
 わかったら、ひとつオトナしく帰ってくれたまえ。変態君」

私の礼儀正しい申し出に、三人は両手で大きく×(バツ)印を作りながら怒鳴った。

「誰が変態君だ!!?このクソガキャ−!!!」
「失敬だわいな−!!」
「許せんだわいな−!!」

口々に言う二人はフランキ−の妹分で、あだ名は“四角姉妹(スクエアシスタ−ズ)”。
二人とも美容師さんらしいけど、うっかり店に入るとすげ−髪型にされるというウワサだ。

「あ〜、可愛くね−ガキだなッ!!そうか、お前がウワサに聞いたウソップだな〜!?
 さすが俺様の今週の仕事をパアにしてくれちゃっただけのことはあるぜ!!!」

正体がバレ…、いやフランキ−のカンチガイよりも、言ったことの方が気になって
私は屋根の上からたずねた。

「仕事?」

「そう、仕事だよ仕事!!おめ−のそのボロ屋ッ!!!
 昨日、バカバ−グの野郎から、とっとと片付けてくれと頼まれたトコロが、一夜明けりゃあ
 突然のキャンセル。
 ワケを聞いたら、どっかのクソガキが立てこもってるって−じゃね−の!?
 ア〜〜ウォ!!今週の俺ァ、久々に仕事ヤル気満タンよ。
 も〜ォ、止まらねぇっての。そんなワケで早速だが、てめぇをそっから放っぽり出して
 このボロ屋をぶっこわ〜〜すッ!!!アウ!!!」

「アニキの“フランキ−一家”は解体屋だわいな−!!」
「家でも船でも車でも、何でもバラバラにするんだわいな−!!」

フランキ−が有名なのは、一年中海パンで街をうろついてるってだけじゃねぇ。
手下のチンピラを集めては、頼みもしねぇのにそこらじゅうの古いモノや置きっぱなしのモノを
バラバラにしてはクズ鉄や木材にして売っぱらっちまうからなんだ。
サンジ兄ちゃんは買い替える前の古いヨットを、ルフィの父ちゃんはボロの車をバラバラに
されそうになって、止めるついでにフランキ−の手下をボロボロにしたことがあるらしい。

けど、兄ちゃんたちでもねぇ限り、フランキ−はねらったエモノは逃がさねぇ。
あいつらの去った後には、チリも残らねぇって言われてるんだ。
そのフランキ−一味が、ウチを。
……そんなこと、させねぇぞッ!!!
私は、腰のパチンコに手を伸ばした。

「ダメ−ッ!!!」
「アウッ?」

私が必殺の“メタリック・スタ−”を放つより先に、一人の少女がフランキ−の前に飛び出した。

「ウソップのお家に何すんのよッ!!?ヘンなヤツ−ッ!!!」

ビビの手には、ウチの裏庭に立てかけてあった竹ボウキが握られている。
ルフィも、にぎりしめたゲンコツをぐるぐる振り回しながらフランキ−に向かっていく。

「ビビとウソップに手ぇ出すなッ!!!
 おれが相手だ、海水パンツ!!!!」

「ビビ!!ルフィ!!!」

私もすかさずフランキ−にパチンコをロックオンする。
我々の勢いに、悪名高いフランキ−もニ、三歩後じさった。

「……くそォ、お前らガキのクセして三人揃ってオトナに楯突きやがって…!!!」

親指でサングラスを弾くと、フランキ−の血走った目がギロリとおれたちをにらむ。

「あんたなんか、コワくないもん!!べぇえ〜だッ!!」
「…よ、よし!エンゴするぞ!!」
「かかって来い、海パン!!」

けど、フランキ−の両の目からはどどっと涙があふれ出た。
ハンカチを取り出し、鼻水までたれ流しながら大声で泣きはじめる。

「アウアウウ〜〜!!!イイ友達持ってるじゃないの、お兄ちゃん…。
 久々に胸を打たれちまったよ、俺ァ〜〜!!!!
 ………そんな感動を歌います。『竹馬の友情仁義』」

 ジャカジャカ♪ ジャンジャン♪

どこからか(背中にしょってたらしい)取り出したギタ−をかき鳴らし、ワケのわかんねぇ歌を
歌い始める。
その後ろで、四角姉妹が紙吹雪をまき散らしながら踊っていた。

「「イェ−イ、アニキ〜〜!!」」

私は勇敢な少年少女たちとともに、ボ−ゼンと『フランキ−・ワンマンショ−』を見守った。

「……やっぱり、ヘンな人たちだわ」
「…有名な変態だからな」
「海水パンツだし!!」

一曲歌い終わって気がすんだらしいフランキ−は、鼻をすすりながら言った。

「……さてと。落ち着いたところで話でもしようじゃないの?お兄ちゃんたち」

フランキ−はピクニックシ−トを拡げた上に座って、四角姉妹がポットから注いだお茶を
受け取っている。
いつの間にやら、しっかりルフィとビビまで茶をよばれてるじゃね−か。
おまえら、そろいもそろって何しにウチまで来たんだよ?しかも、口をつけたとたん。

「ぶ熱ァッちいな!!!」

「落ち着いてね−のはそっちだ!!!(びしっ)」

思わずツッコミを入れたが、フランキ−は湯飲みを持ったまま地べたから言った。

「……で、お兄ちゃん。そのボロ屋に立てこもったはいいとして。
 お前、これからどうするつもりだ?」

「おれは……、いや私はこのウチを守ると誓ったのだ!!
 いつか、ウソップ君が海の勇者となって帰ってくる日そのまで!!!」

「“守る”……ねぇ」

フランキ−は肩をすくめた。
ようやく飲みごろになったらしいお茶を一気に飲んで、シ−トの上にコップを置く。
そして、フランキ−は立ち上がった。

「カン違いすんじゃねぇのよ、小僧?お前が家を守るんじゃねぇ。
 家が、お前を、守るんだ」

泣きすぎてウサギみたいに真っ赤な目が、おれを真っ直ぐに見た。

「『雨からも 風からも ここに住むお前を守ってやろう』
 その約束を抱いて、家は生まれる」

フランキ−の声は、いままでのコイツとはゼンゼン違う別の誰かの声みてぇだった。
ゼフじいちゃんが話す時の声に、にていると思った。

「お前の家は、もう『約束』を果たせねぇ。俺の見たところ、ガレ−ラの査定は正しい。
 デカイ台風でもくりゃあ、ぺっしゃんこだ。
 中に居る人間は屋根や柱に押しつぶされて死んじまうだろう。
 住む人間を守れねぇなら、それは“家”じゃねぇ。
 コイツはもう、ガレキが積み上げられて家の形をしているってだけのシロモノなんだよ」

「ふざけんな!!そんなこと、信じるもんか!!!
 おまえはウチを壊して、そんで金が欲しいだけじゃね−か!!!!
 このウチは、父ちゃんが母ちゃんとおれのために建てたんだ!!
 今までだって、これからだって、ずっとここがおれのウチだ!!!
 だから、だから…!父ちゃんが帰ってくるまで、今度はおれがウチを守るんだ!!!」

おれは、いつの間にか“おれ”に戻ってたけれど、そんなことには構ってられなかった。
ゼッタイに、ウチを壊させたりしね−!!!

「お前……!!世間に言わせりゃ、女房と息子を捨てたロクデナシの親父のハズ…。
 それがどうだ!!
 ……聴いて下さい。『ホロリ父子慕情』」
「「アニキ−!!」」

 ジャカジャカ♪ ジャンジャン♪

鼻をすすりながらフランキ−は歌いだした。けど、おれは本気で頭にきていた。
父ちゃんは…、父ちゃんはおれと母ちゃんを捨てたんじゃねぇ!!

「バカにしてんのか、おまえは!!!」

パチンコを向けた、その照準の前にビビが両手を広げて立ちふさがった。

「だめよ、ウソップ!!この人、ヘンだけど悪い人じゃないわ!!!
 ねぇ、お家へ帰ろう!!!
 わたし、いっしょにお兄ちゃんとおじいちゃんにあやまってあげるから!!!
 どうしても帰りたくなかったら、わたしの家に来たらいいから!
 わたし、パパにお願いする!だからねぇ、おりてきて!!」

けど、おれは本当にイカっていた。
どいつもこいつも、おれをバカにしやがって!!
父ちゃんのことを悪くいいやがって!!!

「おまえの家になんか、だれが行くもんか!!
 ちょっとぐらい金持ちだからって、えらそうにッ!!!
 ビビの父ちゃんは、ウチが建ってるこの土地を返して欲しいんだ!!!
 金持ちなんか、みんなケチでイジワルでウソツキだ!!!!」

「パパはウソなんかつかないわよッ!!それに、ケチでもイジワルでもないッツ!!!」

ビビが甲高い声で言った。
ビビの母ちゃんはビビが生まれてすぐに死んじまったから、ビビは『ママの分もパパが大好き』
なんだって、よく言ってた。
…けど、ビビには父ちゃんも、立派なお屋敷もあるじゃんかよ!!!

「ウソップ!!おまえ、ビビにあやまれ!!!」

ついさっきまで茶を飲んで、せんべいを食ってたルフィが怒鳴った。
本気で怒ったカオをしていた。
6年生の連中が“赤髪組”の…、おれの父ちゃんや社長のシャンクスさんの悪口を言うのを
聞いた時みてぇだ。
相手は3人もいたってのに、おれのエンゴのおかげで4年生のルフィがケンカに勝ったんだ。
…けど、ルフィには父ちゃんも母ちゃんも、弟も、優しいじいちゃんとばあちゃんも、家だって
あるじゃねぇか…!!!

「うるせぇってんだよ!!!おまえらなんかに、何も言われたくねぇんだ!!!
 だまらねぇとブッ飛ばすぞ!!!!」

おれはパチンコ玉を飛ばした。狙いはピクニックシ−トの手前の地面だ。
おどかすだけのつもりだったんだ。
なのに手元が狂って、“メタリック・スタ−”はビビめがけて飛んでった。

 ビシッ!!!

「きゃあッ!!?」

鋭い音と、ビビの悲鳴。
おれは思わず目をつむった。

「ビビッ!!?」

ルフィの声。

「「アニキ−!!?」」

四角姉妹の声。

「ケガは無かったか?お嬢ちゃん」
「……うん。ありがとう」

フランキ−とビビの声に、おそるおそる目を開けてみた。
頭を抱えてしゃがんだビビが、フランキ−を見上げている。
よかった、当たらなかったんだ。
けど、もしビビがよけられなかったら。

「……大した威力だな、お兄ちゃん。
 だが、そ−いうモンは人に向けちゃあいけねぇと、親父さんに教わらなかったのかい?」

フランキ−が言った。
さっきまでビビの頭があった場所に、グロ−ブみてぇに大きな手が拡げられている。
右の手のひらの中心には、パチンコ玉がめりこんでいた。

「アニキ−!!痛そうだわいな−!!」
「すぐに手当てをするだわいな−!!」

どんだけの荷物を持って来たのか、四角姉妹が救急箱を取り出した。

「ウソップ!!!」

ルフィの声がした。フランキ−よりもデカイ声だった。
握りしめた両手が、肩から震えてる。
麦わら帽子の下からおれをにらみ付けるのは、ゲンコツで6年生の鼻をへし折った時の目だ。

「おまえ、ビビにケガさせようとしたなッ!!おりろ!!!ぶんなぐってやるッ!!!!
 おまえが来ねぇんなら、こっちから行くぞ!!!」

ウチに向かって突進しようとするルフィの赤いシャツを、ビビがつかんだ。
ちぎれそうなくらいに引っ張りながら、いっしょうけんめい言う。

「ルフィさん、わたしなんともなかったから!!
 ウソップとケンカしないでッ!!!」

右手に包帯を巻かれたフランキ−は、リ−ゼントの頭を横に振りながらしみじと言った。

「オンナが絡むと、男の友情にもす〜ぐヒビが入っちまうもんだなァ。
 ……そんなキビしさを歌います。『仲間割れ、潮風トライアングル』」

 ジャカジャカ♪ ジャジャ〜ン♪

「「すっこんでろ、海パン!!!」」

また『ワンマン・ショ−』をおっぱじめやがったフランキ−に、おれとルフィは怒鳴った。

「ハァ〜……。“触れるものみな傷つける思春期”か!!
 最近のガキはマセてんなァ〜。アウ!」

曲を途中で止めると、フランキ−は大ゲサにため息を吐く。
そしてサングラスをかけ直すと、元のワルっぽいカオをおれに向けた。

「長っ鼻。おまえが頭を冷やすのに、一晩だけ時間をやろう。
 今週の俺は、アイスバ−グのバカが何と言おうとス−パ−にヤル気全開なのよ。
 明日は手下を引き連れて、このガラクタを片付けてやる。
 今夜のウチに、思い出のボロ屋とせいぜい別れを惜しんどくこったな」

やっぱり、おれは正義の味方のヒ−ロ−なんかじゃなくて、ただのウソップだ。
それでも涙でグシャグシャのカオを見られたくなくて、お面だけは外さなかった。

「そんな勝手なことさせるか!!ここは、おれのウチだ!!!」

フランキ−はくるりと背中を向けて、言った。
さっきと同じ、じいちゃんみてぇな声で。

「家が潰れるまでソコに居りゃあ、それで満足か?
 ガレキの下敷きになっておっ死んじまえば、誰かがほめてくれるとでも思ってんのかよ!?
 いつまでも意地張って、甘ったれてるんじゃねえ!!
 片親に捨てられて、片親に死なれて。世間は同情しながら、お前を脇に除(の)けてかかる。
 それを跳ね返すだけのモンがねぇなら、お前はゴミみてぇにしか生きられねぇ。
 一晩かけて、そのちっこい頭で考えるこったな」

フランキ−は丘を降りて行った。

「「アニキ−!!待つだわいな−!!!」」

荷物を抱えた二人が後を追っていく。
ルフィとビビも、それぞれの家へと帰っていった。

麦わら帽子を被った頭はどんどん小さくなって、すぐに見えなくなったけど
空色の頭は何度も何度も立ち止まって、ウチを振り返っていた。


   * * *


少し、風が強くなってきた。
窓がカタカタと音をたてる。
ミシッと、家が大きく鳴った。


………ダイジョウブ、モウ少シ。


誰かが言ったような気がして、おれは暗い天井を見上げた。



                                        − Next −


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悩みに悩んだ結果、やっぱり使ってしまいました。狙撃の王様。
ちなみに、この話の「1」をUpする前日に私は第367話“そげキング”を立ち読んだのですが
その瞬間に「うわっ!?なんて使えそうなネタを〜!!」と心で悲鳴を上げたのは言うまでも
ありません。
それくらいタイムリ−にインパクトがありました。
迷った挙句に開き直り、セリフと描写の大半を書き直している間に、38巻の発売日。
結果、ネタバレ注意報テキストになってしまいました。(惜しい、あと1話〜!!)
原作パワ−に負けないよう、次回でビシッと終わらせたいと思いますので、どうか今しばらく
おつきあいくださいませ。

※39巻発売のため、ネタバレ注意報は削除いたしました。

(2005.7.5 文責/上緒 愛)