羊の家



− 4 −

強い風が吹いた夜からしばらくして、ウチの取り壊される日が決まった。
ちょうど日曜だったから、おれは作業を見に行くって、じいちゃんと兄ちゃんに言った。

サンジ兄ちゃんのお嫁さんは、また弁当を作ってくれた。
けど、昼時になってフタを開けたら、じいちゃんか兄ちゃんか、それとも両方が作ったとしか
思えねぇおかずが入ってて、すげ−うまかった。

フランキ−たちは、夢の中みてぇにブルド−ザ−でウチをペシャンコにしたりしねぇ。
まず、手下たちとウチをぐるっと取り囲んで、かっきり直角に頭を下げて、言った。

「「「「「お疲れさんでした!!!」」」」」

それから一つ一つ、クギを抜いてハメ込みを外して、木材をはがしていく。
何だか、魚をオロして骨だけにしていくみてぇだ。
どんどんウチから切り離されてく木材は、大きな二つの山になった。
使えそうな木材の山と、もう使えねぇ板切れと。

おれは離れたところから作業を見てたけど、気づいたフランキ−がおれを呼びに来た。

「どうせ見るなら、このへんで見てろ」

そんで、おれにブカブカのヘルメットを被せた。

まだ使える木材はレストランの新しいテラスになる。
昼過ぎに、作業の様子を見に来た鼻の長い大工の兄ちゃんが教えてくれた。

「“バラティエ”のオ−ナ−の最初からの希望じゃった。
 この家を解体した後、つかえそうなものを“バラティエ”に移して残しておきたいとな。
 ……なんじゃ、やっぱり坊ちゃんは知らんかったのじゃな」

じいちゃんは、おれが戻った時もサンジ兄ちゃんにうなづいただけで、何も言わなかったのに。
大人って、どうして何でもかんでもナイショにしておくんだろう?
よくわからねぇ。

壁と屋根をはがし終わった頃、今度は秘書のお姉さんが来た。
車のトランクに冷たいコ−ラのビンをいっぱいつめて。
作業が休憩になって、コ−ラをもらったおれは座れる場所をさがしてウロウロした。
そしたら、トラックの向こう側から秘書のお姉さんとフランキ−の声がする。

「折半分を今回の報酬で差し引いても、そちらは赤字です。
 ブル−ノの店への支払いは我が社で立て替えておりますので、後日返済願います」

お姉さんは差し入れに来たっていうより、借金の取立てに来たみてぇだ。

「なに〜ィ?ブル−ノの奴、客から金を取ろうなんてしみったれた料簡で、よく店なんぞ
 やってられんな!?」

フランキ−の今の返事を聞いたら、じいちゃんとサンジ兄ちゃんと店のコックさんの全員から
一発づつ蹴りが入るだろうな。
けれど秘書のお姉さんは、いつものテキパキしたカンジとはちょっと違ってた。

「先日の件で、我が社の社員とフランキ−一家の方々との親睦も多少は深まったと思います。
 フランキ−さん、そろそろ皆さんと御一緒に我が社へ来られてはいかがですか?
 貴方がアイスバ−グさんと同じ師匠の元で修行をした弟弟子であることは、皆も知っています。
 世間では、どちらが師匠の後を継ぐかで喧嘩別れしたと言われていますが、事実はそうでは
 ないということも…。
 アイスバ−グさんは貴方の為に、ずっと副社長の椅子を開けておられますのに」

おれは、トラックの影でそっと二人をのぞいてみる。
フランキ−はグビグビとコ−ラを飲んでいた。足元の空きビンを数えたら、5本ある。
6本目を飲みほしたフランキ−は、ゲップをしてから言った。

「俺ァ小奇麗なオフィスビルに収まった会社なんざ、ケツが痒くてしょうがねぇ。
 それに、バカバ−グんトコには腕のイイ若いのがたんといるだろうが?
 いい加減、自分の周りをよく見るように言ってやんな。あんたのことも含めてな」

「……おそれ入ります」

片手で眼鏡を抑えながら答えたお姉さんは、何だか頬っぺたが赤かった。


   * * *


夕方までに、おれと父ちゃんと母ちゃんのウチは木材の山になってトラックにつまれた。
父ちゃんは家を建てるのに何ヶ月もかかったって言ってたのに、壊すのはたった一日だ。

使える方の木材も一旦フランキ−の工場に運ばれて、そこで切ったり削ったりしてから
テラスになるんだ。
トラックで家まで送ってやろうかと言われたけど、おれは首を横にふった。

「…そうか。じゃあな、お兄ちゃん。
 さあ、野郎ども!!
 労働のス−パ−な清々しさを胸に、今夜もブル−ノの店に繰り出すぞ!!アウッ!!!」
「「「「いやっほ〜〜い、アニキ−!!!」」」」

フランキ−たちが行っちまうと、おれと空き地だけが残った。
おれは掘り返されてやわらかくなった茶色い土のまわりを歩き回った。
ずっと解体作業を見てたのは、最後までウチを見届けなきゃってのが一番だけど
なくなったモノが見つかるかもしれねぇと思ってたせいもあった。

あの夜から、ずっとさがしてる羊頭のドアノブを。

ビビと、それからビビに引っぱってこられたルフィもドアノブさがしを手伝ってくれた。
ルフィは最初、おれとビビが仲直りしてるのが気に入らなかったみてぇだけど
“宝探し”に夢中になって、いつの間にかおれたちも仲直りしてた。

草むらの間から、ルフィはでっかいガマカエルを見つけた。
おれの見たところ、世にも珍しい角界カエルに違いねぇ。
おれが見つけた脱ぎたての蛇の皮は、ヤマタノオロチの遠い親戚だ。
ビビは白い花の形をしたボタン。
けど、あのドアノブはどうしても見つからなかった。
おれたちが探すより先に、犬かカラスがどこかへ持ってっちまったのかもしれねぇ。

おれは歩き回るのをやめて、ポケットに手をつっこんだ。
残ったのは、鍵だけだ。
おれはポケットの中で先の欠けたソレをにぎりしめる。

父ちゃんが、ウチの鍵を置いていかなかったのは
何時か、ウチに帰ってくるつもりだったのか
うっかり持っていっちまっただけなのか
おれには、わからねぇ。

おれが知ってるのは、今は何もないココで、おれと父ちゃんと母ちゃんが
楽しく暮らしてたってことだけだ。

ウチがなくなったって、ドアノブがなくなったって。
父ちゃんが帰って来たって、来なくたって。
だれが、何を言ったって。

おれが覚えていることは、ぜったいになくなったりはしねぇんだ。

 ググゥ〜ッ

ハラの虫が鳴った。
もうじき晩ゴハンだな。
おれはポケットから手を出して、下りの坂道を走る。

二つの鍵が、チャリチャリ音をたてた。


   * * *


その夜、おれは先の欠けた鍵を箱の中にしまった。
ビ−玉や、お菓子のオマケや、セミの抜け殻や、蛇の皮や、二つに割れたお面や。
おれの宝物を入れる箱の中に。

それから、おれのポケットの鍵は一つだけになって、もう音はしない。


   じいちゃんとサンジ兄ちゃんの家の鍵。
   海辺のレストランから続く、大きな庭のある古い家。

   11のおれは、まだ知らない。

   どこにでもあるような、その鍵を
   おれは、一生持ち続けることになるのだと。



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書ききれなかった部分の補足のため、あと少しだけ続きます…。(汗)

(2005.9.11 文責/上緒 愛)