こどものじかん



− 第2話 なつのおもいで −


act 2

定休日と年末年始以外は無休の“レストラン・バラティエ”だが、
夏は交代で三日の有給休暇が与えられる。
たまには家族サ−ビスしろということらしい。
水曜定休と合わせて、四日。
自動的にキャンプもサンジの休暇の日程で、三泊四日となった。

途中の道は舗装されていない処もかなりあるらしいと聞き、サンジは普段使っている車ではなく、
4WDをレンタルした。

「すげぇ、カッコイイじゃん!!」

「ほんと!!」

ウソップはともかく、そろそろお年頃といって良いビビまでが無骨な4WDに目を輝かせる。
二人揃ってアウトドア派のようだ。

キャンプの場所は、ここから車で2時間半ほどの湖畔である。
ビビの父、コブラ氏の知人の別荘地で、小さなコテ−ジがあるのだそうだ。
そこを行き先にすることが、ビビが同行する条件になった。
それでもキャンプはテントだと、しっかり車に積んでくる同行の一家ではあったが。

「ルフィさん、おはよう!」

爽やかな朝の挨拶をするビビに、袖なし前開きの赤シャツに膝で切り落とされたジ-ンズ、
麦わら帽子にゴム草履と、すっかり“夏の少年”なルフィが口をもごもごと動かす。

「んむぅ〜〜、んぐっ、んぐんぐ!!(よぉ〜、ビビ、ウソップ!!)」

「握りメシ頬張りながらしゃべんなよッ!?」

半袖のTシャツに吊りズボン、頭にバンダナのウソップが、飛んでくる飯粒から慌てて逃げる。

「ちょぱちゃん、おはよ」

カヤが言うと、ピンクの帽子を被った小さな男の子が、甲高い声を張り上げて踊り出した。

「なんだ、このヤロ−!(ニコニコ)
 うれしくなんかねぇぞ〜〜!!(デレデレ)」

カヤとルフィの弟のチョッパ−は、同じ幼稚園の年長組と年中組である。
子供同士の親密な交流とは対照的に大人達のそれは、やや距離を置いたものになって久しい。

「いつもは適当に車走らせて、適当な場所でキャンプ張ってんだがな。
 決まった場所に行くのかよ。うざってぇ」

短く刈り込まれた緑髪に、黒い手拭いを巻きつけた男が、手渡された地図を見て顔を顰める。
剣道場の道場主であり、日本では名の知れた剣士でもある男だが、オヤジシャツに
緑の腹巻を愛用する姿は大工かとび職か土木作業員。さもなくばヤクザだ。

「…おめェ、ソレって私有地か国有林じゃねェのかよ?
 今まで良く捕まんなかったな」

サンジは、かつての同級生ロロノア・ゾロに言った。
派手な色柄のアロハシャツにサングラスが相乗効果を醸し出し、
向き合う二人は何処から見てもヤクザ同士だ。

「でも、今年はコテ−ジだなんてリッチよねvv
 ホント、有難いわ〜。
 あんたは今年こそ道に迷わないように、しっかりサンジ君の後を着いて行くのよ!!
 茂みに突っ込んだ挙句、危うく谷底に落っこちかけるなんてゴメンですからね!?」

とても三十代には見えない脚線美をミニスカ−トから覗かせるオレンジの髪の女性は、
かつてのサンジの一学年後輩、ナミである。

「ナミさんが助手席にいらっしゃる車で、なんつ−乱暴運転すんだよクソ腹巻!!
 常に安全運転のこちらの車に、是非vv」

若くて綺麗な“ルフィの母ちゃん”へのサンジの態度は、ウソップの記憶にある限り、
いつもこんなだ。
授業参観や運動会などで顔を合わせる度に、普段から更に二割増しサ−ビスを付けたような
フェミニストぶりを発揮する。
カヤの幼稚園でも同じなのだろう。
まったく気にする様子もなく、ルフィの弟とはしゃいでいるカヤのこれからの苦労を思うと
ウソップの目頭は熱くなるのだ。

「そお〜ね、そうさせてもらおうかしら?
 こっちの方が、ウチのボロ車よりキレイだし」

ロロノア家の自家用車は、自衛隊からの払い下げ品である迷彩色のジ−プだった。
後ろの荷台には防水布が張ってあり、子供等は荷物と共にそこに放り込まれる。

「決まり〜vv
 では、こちらはレディ−専用車ってコトで、ビビちゃんとカヤちゃんも、もちろんコッチ。
 ウソップ、おめェはアッチで助手席に乗れ」

「え〜っ!?なんで俺が…」

言いながら、ウソップの目がカヤと一緒に後部座席に乗り込むビビを追う。
サブリナパンツに水玉柄のキャミソ−ルの女の子と、ピカピカの四駆。
ボロジ−プよりこっちの方がイイに決まっている。
だが、ミニスカ−トの前に、少年の主張はシャットダウンだ。

「ナビがいなきゃ、あの車は湖は湖でも浜名湖だの十和田湖だのに
 行き着いちまいかねねェんだよ!
 しっかり助手席でシ−トベルト締めてろ!!
 …ささっ、ナミさんはこちらの助手席に……あり?」

ナミはささっと後部座席に滑り込み、ニコニコとビビとカヤに話しかけている。

「よろしくね。ビビちゃん、カヤちゃんv」

「おはようございます、ナミさん。よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げるビビに、カヤも真似をする。

「おはよ−ございます、“なみさん”……します」

とたん、ナミはヘイゼルの眸を細めて首を左右に振り、激しいリアクションを見せた。

「いや〜ん、かっわいい〜〜vv
 どっちも食べちゃいたいわvvv」

 うぎゅっ!!

二児の母とも思えない豊満で張りのある胸に抱きすくめられ、女の子二人はじたばたした。

「大事なウチの子と姪っ子、食べないでよね?
 ホント、ナミさんってば……そ〜ゆ〜羨ましいコト、目の前でしないでくれる?」

「だぁ〜って。ウチは男の子二人で華やかさってモノが無いんだもん。
 つまんないわ。
 あ〜あ、ウチも女の子が欲しかったなぁ〜。
 もっぺん、挑戦してみようかしら?」

苦笑しながら、サンジが運転席に乗り込む。
そして、両手で口を押さえて笑っているウソップをサングラス越しにジロリと睨んで。

「さっさと行け。置いてくぞ」

ルフィとチョッパ−が、ジ−プの荷台の上で帽子を振っている。
慌ててジ−プまで走っていったウソップは、助手席に乗り込むと、緊張して頭を下げた。

「あ〜〜、よろしくお願いします」

「…ん」

めったなことではニコリともしない“ルフィの父ちゃん”が、ウソップは苦手だったのだ。
重い沈黙に包まれた車の中で、ウソップは脂を搾り取られるガマ蛙のごとく、
冷や汗をかきつづけていた。


一方、運転席のサンジと後部座席のナミとの会話は、ルフィとウソップの中学のことだったり
チョッパ−とカヤの幼稚園のことだったり。
会話の合間に美辞麗句が挟まることを除けば、お母さん同士のソレと変わらない。

話を振られると笑顔で応えながら、ビビは流れていく窓の外の景色を飽きずに見つめている
カヤのふわふわした髪を、ずっと撫でていた。


   * * *


 バタン バタン

音を立てて、車のドアが開く。
目の前には鬱蒼とした森が拡がり、山の稜線をその水面に映した湖が横たわっている。

「やぁ〜っと着いた」

「腹減った〜〜!!」

「いいところじゃないv」

「綺麗ね〜」

出発から3時間後、一行は目的地に到着した。
30分ほど時間が余分にかかったのは…。

「おめェが信号待ちで、はぐれるからだろ−が!」

「知るか!てめぇこそ何、よそ見してやがったんだよ!?
 こっちが足止め喰ってんのに、勝手に先いってんじゃね−よ!!」

互いに運転席を降りるなり、相手に直進したサンジとゾロが怒鳴りあう。
やっぱりヤクザ同士のケンカだと、ウソップは思った。

「さぁさ、荷物運んじゃいましょうね〜。
 ログハウス風のコテージなんて、素敵よねvv」

上機嫌なナミに、ビビがためらいがちに声を掛ける。

「止めないんですか?」

「ん〜?放っといても大丈夫よ。
 あいつら、昔ッからああだもん」

「はぁ…」

それでも釈然としない様子のビビと、不安そうなカヤを見兼ねたのか
ナミは突然大声で言った。

「ま、アレよね〜!
 “喧嘩するほど仲がイイ”ってヤツぅ〜!?」

「「仲良くなんかね−よッ!!!」」

とたん、ぴったりハモった反論が返って来る。

「ほぉ〜ら、ねv」

ウィンクを飛ばすナミに、二人は苦虫を噛み潰したようなカオで押し黙った。

「うおぉお〜〜!!メシ、メシ〜ッ!!!」

「オレもはらがへった」

「ああもう、判ったって−の!!
 おい、ウソップ。トランクから昼飯のバスケット出してくれ」

子供達の“腹減ったコ−ル”に、サンジの顔がコックのそれになる。

「悪いわね〜、サンジ君。ウチの分まで」

ウソップにトランクのキ−を投げて振り向いた顔は、メロリンコックであったが。

「いえいえv
 特製の愛情ランチ、ナミさんに食べていただかなくては意味がありませんってvv
 タイトルは“愛のストレス・墜ちてゆく女神のランチ”vvv」

「うめ−!」

「おぉ、うめ〜な!!」

「これもウマイぞ〜」

「って、先に喰ってんじゃね−よ、ガキども!!!」

トランクに頭を突っ込んで、ロ−ストチキンのサンドイッチやら豆のサラダやら
葱とチ−ズのキッシュやらを頬張る連中に、サンジの蹴りが飛んだ。



                                   − Next −


≪ウィンドウを閉じてお戻りください≫

***************************************

(2003.8.2 文責/上緒 愛)