こどものじかん



− 第2話 なつのおもいで −


act 3

丸太を組み合わせたコテ−ジには、寝室が二つと小さなキッチン、リビング、
シャワ−ル−ムも完備されていた。
四〜五人の家族向けの作りらしい。
確かにベッドの数は足りないが、リビングのソファ−や床を使えば全員が屋根の下で眠れる。

…にも関わらず、ロロノア家の父と息子は昼食を終えると、コテ−ジの前にテントを
張り始めた。

「違ぇだろ、ルフィ!そっちを引っ張るんじゃねぇよ!!」

「え〜そうか?んじゃ、こっちか!?」

大きく傾いだテントを見て、ウソップが慌てて駆け寄る。

「うわ、あぶねぇ!倒れるぞ!!ビビ、押さえろ〜」

「きゃ−ルフィさん、引っ張らないで〜!!」

そのすぐ傍では、テントを始めて見るカヤが、チョッパ−と並んで組み立ての様子を
見つめている。

「ぬののおうちだ〜」

「エッエッエッ。すごいだろ〜〜」

「危ねェって、カヤちゃん。下敷きになったらどうするの〜!?
 クソチビ、てめェもだ!!近づくんじゃねェ!!!」

サンジがカヤとチョッパ−を両腕に抱えて飛びのいた。

「あ〜ぁ。こりゃ、例年以上のやかましさね」

コテ−ジの窓からその様子を眺め、ナミが肩を竦める。

「よ−し、ビビ、そこをもうちょっと引っ張って…。
 そうそう。ああ、右側がちょっと弛んでるぞ」

テント張りは、いつの間にやらウソップが現場監督になっている。
人呼んで“世界一のテント張り名人”である彼は、
エベレストのてっぺんだろうと、サハラ砂漠の焼けた砂の上だろうと
そこにテントがある限り、張らずにはおかないのだ。

「ウソップ、これでいい〜!?」

「んん〜。…よし!これで真っ直ぐだ!!」

勉強はサッパリだが、昔から“作る”とか“直す”とかいうことの得意な彼の指導の下、
無事にロロノア家のテントは湖畔にその姿を現した。

「やったぁ、完成〜!にししっ、一番乗り−!!」

ルフィがゴム草履を脱ぎ散らかして、中に飛び込む。
ようやくサンジが手を離したので、小さい二人も喜んで二番乗りと三番乗りを果たした。

「あ〜疲れた!!なんか飲むモンくれ」

「ほらよ」

汗だくのゾロは、サンジが投げて寄越した冷えた缶ビ−ルを片手でキャッチすると
喉を鳴らして飲み干した。

「うめぇ」

既にお疲れの大人達に比べ、子供は有り余るほどに元気だ。

「よ−しっ、探検に行くぞ!
 カブトムシとクワガタを捕まえるからな〜ッ!!」

虫取り網と籠を持ったルフィに、ウソップが取りあえず突っ込む。

「探検ってか、昆虫採集だろ?」

「そ−も言うな、にしししっ」

「カヤもいっしょにいこ−!」

同じく網と籠を持ったチョッパ−のお誘いに

「いく−!」

と元気に答えるカヤ。

「……え」

何か言いかけるサンジを遮るように。

「じゃあ、お帽子被って、虫除けのお薬つけていこうね−。
 ルフィさん、ちょっと待っててくれる?」

「おう!」

キャミソ−ルの上に木綿のシャツを羽織ったビビが、カヤと手を繋いで一旦コテ−ジへ戻る。
入れ違いに出てきたナミは、着替えのランニングシャツをゾロに放り投げ、一同に言い渡した。

「じゃ、あんたたちは暫く適当に森で遊んでなさい。
 あんまり遠くに行くんじゃないわよ。
 ゾロ、あんたは毎年恒例のカマド作りね」

「人使いが荒ェな…」

シャツを着替えながらゾロがぼやく。

「一応、コテ−ジにはキッチンも付いてるよ?」

「何言ってんだ、サンジ。
 おめェ馬鹿か?
 キャンプに来たら、石でカマド作ってメシ炊くに決まってんだろ〜?」

心底呆れたカオするルフィに、サンジは憮然と答えた。

「悪かったな。俺はインドア・クッキング専門なんだよ」

「ま、たまにはアウトドア・クッキングってのもオツなもんよ」

「あ〜〜いvナミさんvv」

相変わらずなサンジに、ウソップは溜息を付いた。


   * * *


荷物を(大半は食材だが)コテ−ジに運び入れると、サンジはナミの為にアイスティ−を淹れた。
絞ったオレンジの果汁と砕いた氷の上に濃い目のア−ルグレ−を静かに注ぎ、
飾り切りした一切れをグラスの縁に添える。
鼻歌交じりにトレイを掲げ持てば、湖に向かって張り出したテラスに
こちらもジ−プに積んできたらしいパラソルを拡げ、サマ−ベッドに横たわるナイスバディ。

「あら、ありがとう」

読みかけの本から顔を上げるコケティッシュな笑みは、十数年前と何ら変わるところが無い。
五分丈のカ−ゴパンツとビキニに包まれたスタイルは、むしろ成熟による曲線美を増したほどだ。

「どういたしましてv」

まるでこの空間だけが高級リゾ−ト地のようだ。

「ぐが−、ぐご−、ぐお−」

この雑音さえなければ。

石カマドを作り終えたゾロは、ナミの足元で寝転がっている。
パラソルの作る日陰を求めてかもしれないが、サンジの目には番犬にしか見えない。
そしてサンジはウソップ達が分け入った森に視線を移し、小さく溜息を吐いた。

「心配性ね〜、サンジ君。
 この辺、別に熊だの猪だのが出るワケでもないんでしょ?
 遠くに行かないように言ってあるし」

ストロ−を玩びながらナミが笑った。
だが、サンジの表情は冴えないままだ。

「けど、子供って夢中になると時間も忘れちまうし。
 ルフィもウソップもガキだからな。
 あんな小さい子二人も連れて行かせて、ちゃんと面倒みれんのかね…」

すっかり“甘々パパモ−ド”に入っているらしい。

「“お母さん代わり”がついてってるし、平気でしょ。
 それに時間なら、大丈夫。
 ウチの子には正確無比な体内時計がくっ付いてるから、どんなに遊びに夢中になろうが
 必ず…」

とたん、森の中からルフィの雄叫びが聞こえた。

「腹減った−!!」

「おお、ウソップ探検隊、無事に生還〜〜!!!」

「とうとうついたぞ、おうごんきょうだ−!!」

「ただいま、お兄ちゃん、ナミさん」

「ただいま−」

何事も無く森から帰ってきた子供達に、ナミが『ほらね』と言わんばかりに片目を瞑る。

「サンジ、なんかくれ−!!」

「帰って来るなり、ソレかよ!?
 オラ、全員手を洗って切り傷擦り傷の消毒しろ!!
 オヤツはソレからだ!!!」

子供達をコテ−ジに追いやって振り向いたサンジは、思いっきりショックを受けたカオをした。

「ナミさん、なんでTシャツ着ちゃってんの〜〜!!!」

安心したとたん“ラブコックモ−ド”に切り替わるらしい男に、ナミは拳を固めた。


   * * *


昼時にも使った、テラスに作りつけられた木のテ−ブルに、井戸水で冷やしただけの
スイカが並べられる。

「うめ−!!」

「美味しい!」

「このコテ−ジって、井戸から水を引いてるのよね。
 いい具合に冷えてるわ」

「フル−ツパンチでも…と思ったんだけど、ま、偶には手を加えないモンもイイかと思ってね」

サンジなら、一手間も二手間も掛けたものを作りたがりそうだが、
自然の中では、むしろ素材のままの方が良いと判断したのだろう。

嬉しそうにスイカを頬張る一同を見ながらタバコに火をつける。
ふと、足元に置かれた籠が全部空なのに気づいて、笑いながら言った。

「勢い込んで行った割にゃ、収穫ゼロかぁ?」

「そんなことねぇぞ、カブトムシもクワガタも捕まえた」

「キレ〜なチョウチョもいっぱいつかまえたぞ〜」

「幻の蝶、“オオムラサキ”も、世界中の少年の憧れ、“アトラス”と“ヘラクレス”も
 インセクトハンタ−・ウソップ様に狙われて、逃れられはしねぇ!!!」

「じゃ、なんで籠が空なんだ?」

「「「そりゃ−、ビビが…」」」

少年達が三重奏で、恨めしげに空色の髪の少女を見る。

「だって、可哀想じゃない。
 少しの間しか生きられないのに、あんな小さな籠に閉じ込めるなんて。
 捕まえた証拠は残したんだし、皆にもプリントアウトするって約束したでしょう!?」

ビビは自分の携帯に収めた昆虫達の画像を見せた。
巻尺の目盛を横に並べて大きさを測っているリストバンドをした手や、
獲物を手に得意そうにVサインをしているルフィの姿。
カヤとチョッパ−の帽子に、色鮮やかな蝶々が止まっている図もある。

「へェ〜。こういう使い方もあったとはね」

「あら、見せて。キレイに撮れてるじゃない」

ビビから手渡された携帯で画像を流し見ていたサンジと、それを横から覗いていたナミは
次の瞬間、蜘蛛の特大アップに同時に悲鳴を上げた。


   * * *


がつがつとスイカを食べていたルフィは、サンジの視線が離れた隙をつくように
カヤが半分食べ残したソレと自分の皮だけのソレとを取り替えた。
そして、盛大にタネを吐き出しながら湖を指差す。

「今度はあっちで探検だ!泳ぐぞ−!!」

「泳ぐってルフィ、おまえ、カナヅチじゃなかったか?」

ウソップの問いに、声を大にして。

「おう!けど、なんか泳げそうな気がすんだ」

「なんだよ、その根拠のねぇ自信は!?」

「ここじゃ水が冷たすぎるんじゃない?
 それに私、水着持って来てないわ」

「そんなん、裸でいいじゃんか」

あっけらかんと言うルフィに、ビビは赤くなった頬を膨らませる。

「もう!そんなことできる訳ないでしょ。(////)」

「は−い、ストップ。
 遊びはこれまで。
 オヤツが済んだら、あんたたち二人は焚き木拾いよ。
 カヤちゃんとチョッパ−はお昼寝ね」

「「「「え−っ」」」」

一斉にブ−イングが上がるが、ナミは動じない。

「ビビちゃんは、しばらく二人を見ておいてくれる?
 寝付いたら、あたしを手伝って夕食の準備ね。
 で、ゾロとサンジ君は夜の準備をしてちょうだい」

「夜って?何かするの??」

尋ねるビビに、ルフィとウソップがカオを見合わせる。

「聞いたかウソップ、あんな事言ってらァ…。
 “何かするの”だってよ」

「仕方ねェさ。
 そう言ってやるな。ビビはお嬢様だからな…知らねェだけだ」

「?………どういう事…?」

ビビが不安そうに二人を見つめる。
すると、

「キャンプファイア−するだろうがよォ普通!!!」

「キャンプの夜は、たとえこの命尽き果てようともキャンプファイア−だけは
 したいのが人道!!」

「…………。」

テラスの床を叩いてまで力説することなんだろうか?
首を傾げるビビの後ろで、サンジがタバコを咥えながら言った。

「大袈裟なんだよ、おめェら」

ナミはと言えば、床に這い蹲る二人を見下ろし

「ってことで、キャンプファイア−がしたいんなら、枝振りのイイ枯れ木を
 じゃんじゃん運んできなさいよ。
 夜のために!!」

「「おおぉ〜〜っつ!!」」

テラスの手すりを飛び越え、一気に森へと突進していくルフィとウソップを見送りながら、
サンジは感心したように言った。

「ナミさん、相変わらず人を使うのが上手ェ…」

ビビは席を立つと、小さな二人に呼びかけた。

「じゃ、カヤちゃん、お昼寝しようね。
 トニ−君もいっしょに行こう」

「いこ、ちょぱちゃん」

「バ、バカヤロ−、オレはひとりでもおひるねできるんだぞ−!!」

「そっか〜。トニ−君はえらいね〜〜」

「え、えらくなんか、ねぇぞ−!!」

「じゃあ私、あとでお台所に行きますから」

右手にカヤ、左手にチョッパ−の手を繋いで、ビビがコテ−ジに入っていく。

「…いい娘よね」

テ−ブルに頬杖をついたナミが、呟くように言う。

「………。」

答える代わりに、タバコの煙が立ち昇る。

「ぐぉ−、ぐぉ−」

「さぁて、あたしは夕食の準備だ!!」

 スタスタ むぎゅっ スタスタスタ…

「んがっ、んが−っ」

「ナミさんの手料理なんて、光栄だ〜vv
 さぁ〜ってと。俺は組み木の場所でも見繕おうかねェ…」

 スタスタ ずんっ ぐりぐりぐりっ スタスタスタ…

「…てめぇら、何しやがる!?」

二度、腹を踏みつけられて床から飛び起きたゾロに、左右から同時に声がかけられた。

「「や〜っと起きたか」」



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(2003.8.9 文責/上緒 愛)