こどものじかん



− 第2話 なつのおもいで −


act 4

夕食は、キャンプの定番・カレ−だった。
厨房で使うズンドウのような大鍋(ロロノア家で普段使っているものだ)に
果てしも無く大量のジャガイモ・ニンジン・タマネギ・肉を入れて炒め、
あとは特売で買った市販のル−を入れて煮込むだけ。
隠し味はキレイな空気と、疲れたカラダが訴える空腹感である。
それに、飯盒で炊かれた飯には香ばしくキツネ色になったオコゲが付いてくる。

「うめ−!!うめ−!!!
 おかわり―!!!」

「おお、うめぇ〜。
 あ、俺、そのコゲたとこのメシが良いな」

「はいはいはい。
 ゾロ、追加はまだ炊けないの〜!?」

「こっちもカラだぜ」

ナミとサンジが米粒一つ残さず空になった飯盒を、しゃもじで叩く。

「焦らすんじゃねぇ。
 “赤子泣いても蓋とるな”つってな……あちちっ」

カマドの前で二度目の飯炊きをしていたゾロが、爆ぜた火で腕に小さな火傷を負った。
ナミが慌てて駆け寄る。

「ちょっと、大丈夫?」

「あ〜大したことねぇ。舐めときゃ直る」

「また、そんなこと言って…。薬塗らなきゃダメよ」

二人に背を向けたまま、サンジはオアズケ状態のルフィに向かって言った。

「わりィな。飯切れなんで、ちょいとの間カレ−シチュ−で我慢してくれ」

「おお、それも美味そうだな!!」

「同じだよっ!!(びしっ)」

すかさず突っ込んだウソップは、ビビがサンジを見て、サンジの背後の二人を見て
それからカヤの髪を撫でるのに気づいた。
色素の薄いカヤの髪は、明るい金褐色だ。

サンジからカレ−シチュ−を受け取ったルフィが、こそっとカヤの皿を伺うが
珍しく、一人で全部食べられたようだ。
にしししっ と嬉しそうに笑うルフィに、頭に白い手を乗せられたままで
カヤも嬉しそうな笑顔を返した。


   * * *


夕食が終わると、湖畔の砂地でキャンプファイア−だ。
ボリュ−ムを上げたカ−ラジオから流れる音楽にのって、ルフィとウソップと
チョッパ−が炎の周りで踊る。
笑いながらソレを見ていたビビがルフィに引き摺られるように踊りの輪に加えられ、
やがてはにかむカヤを促して、サンジも踊りに加わった。

レジャ−シ−トの上で、ク−ラ−ボックスの冷えた缶ビ−ルを開けながら
ナミはポツリと言った。

「サンジ君、しっかり“お父さん”してるじゃない」

「………だな」

ゾロが気の無い応えを返すが、ナミは気にしない。
夫は、ほとんど唯一といっていい友人のことには、いつもこんな調子だ。

「色々あって、心配したけれどね。でも今は、娘さんも元気だし」

「チョッパ−の奴、いっちょ前に照れてやがるぜ」

チョッパ−とカヤの踊りは、どうやら幼稚園のおゆうぎのようだが、
腰から下がやたらにクネクネとするのは彼のオリジナルだろう。

「ねぇ、どぉする〜?チョッパ−が将来、カヤちゃんと結婚する、なぁ〜んて言ったら。
 ウチとサンジ君ち、親戚よ〜♪」

「ぶはっ…!!何年先のハナシしてんだよッ!?」

ビ−ルに派手にむせたゾロが睨みつけると、ナミは魔女笑いを返してくる。

「あ〜ら、あっという間よ。
 ちなみにあたしは大賛成。カヤちゃん、可愛いもんv
 ああいう娘がお嫁に来てくれると喜んじゃうvv
 いいなぁ〜〜、女の子」

「いってろ」

やがて、ラジオから懐かしい音楽が流れ始めた。

「え−、何これ。
 フォ−クダンスじゃない」

「ああ、聞いたことあんな。
 “オクラ”……?」

「“オクラハマミキサ−”よ。
 わ〜、懐っつかしい。高校の時だっけ?最後に踊ったの」

「ああ、“オクラ”は鰹節と醤油で和えるのがうめぇよな」

「…誰が食べ物の話してんのよ?」

やはり、彼はルフィの父だった。

「ナッミさ〜ん、踊りません?」

踊りの輪の中から、サンジが呼びかける。
彼はビビの手を取ってステップを思い出そうとしているようだ。

「え〜、でも覚えてるかなぁ」

「てきと−、てきと−」

俯き加減のビビの頬が紅いのは、サンジの脚と自分の脚がもつれ合いそうで必死だから
…というワケだけでもないだろう。
一方、ウソップはと言えば、大いに不満そうに。

「てきと−って、なんで俺がルフィと組むんだよ。
 しかも女役…ってて、ルフィ、振り回すなぁ〜〜」

「楽しいぞぉ〜。父ちゃんも母ちゃんも、踊ろうぜ〜」

「んじゃ、ゾロ。行きましょ」

「なんで俺が…」

顔を顰めるゾロの太い腕を、ナミは強引に引っ張った。

「いいじゃない。
 学生時代は一緒に踊るなんてこと、一度もなかったんだから」


曲が変わっても踊りは終わらず、夜が更けるまでオレンジ色の炎は
湖面を明るく照らし続けていた。


   * * *


一日目の夜は、ナミがチョッパ−と、ビビがカヤとで一室づつ寝室を使い、
虫嫌いのサンジが(レディ−の安全のタメに!)リビングのソファ−で寝ると主張して、
ゾロがソレに付き合うことになった。

よって、外のテントはルフィとウソップという組み合わせだ。

「にしししっ、楽しいなぁ〜〜ウソップ。
 あ、そうだ明日な……ぐ――っ」

「話の途中で寝るなよっ!?
 …てか、やべえ。トイレ行っとかねぇと……」

ごそごそと置き出したウソップは、虫の音の弦楽奏が響く夜の中でぶるっと身震いをした。

「さっび〜な〜〜。
 コテ−ジにゃ、トイレはあるけれど鍵かかってっからな。
 しゃあねぇ。湖で…」

冷え込みと暗闇に震えながら、湖に近づく。
すると、ぼんやりとした明かりが目に入った。

……ま、まさかまさかゆ、ゆ、ゆ−れ−……な、ワケねェか。
   テラスに明かりが付いてんじゃん。
   誰かまだ起きてんのかな。

ちゃんとした場所で用を足したいと近づいたウソップは、テラスに居る人影が
誰かを判別した。

……なんだ、兄ちゃんとルフィの母ちゃんか。
   良かった……って、よくねぇんじゃね−のかよッ!?

唐突に、足音を潜めて茂みの影に身を隠す。
作り付けのテ−ブルの上には、キャンドルの火が灯り(そんなもの、わざわざ持って
きたのかよと思ったが、どうやら非常用らしい)、
アイスボックスと、酒の瓶、そしてグラス。
二人して酒を飲みながら話をしているらしい。
ドラマに良くある高級ラウンジかバ−のようだ。

……そりゃ、兄ちゃんは今は独りモンだから、恋人ぐらい居たっておかしくねぇけどよ…。
   人妻はまじ−だろ。
   しかも俺の親友の母ちゃんだなんて、やめてくれよぉ〜…って、ん?

「んが−、んご−」

湖でガマ蛙でも鳴いているのかと思ったら、ベンチに腰掛けた二人から
ちょうど均等の位置に置かれたサマ−ベッドで大イビキを掻く男がいる。
普通、夫が寝ているその隣で浮気する妻もいないだろう。
爆睡しているようで、やたら気配に敏感だということは、
子供の頃ルフィと一緒に仕掛けた悪戯で、骨身に染みて知っている。

……なんだ、ルフィの父ちゃん居るじゃん。
   あ〜、驚いて損した。寝よ寝よ。

「…でも、あのビビって娘さぁ」

その名前に、ウソップの足がピタリと止まった。

「ビビちゃんが何か?」

「サンジ君のお姉さん、そっくりじゃない。で、アレでしょ?
 あたし、マジ疑っちゃった。“若紫”狙ってんのかってね」

ブハッと音がして、派手に咳き込む声がした。

「ゲホゲホ……。“若紫”って、彼女、俺の姪っ子だぜ?」

「だって、ビビちゃんのお母さん、ゼフさんの再婚相手の連れ子だったんでしょ?
 別にモンダイないじゃない」

「そりゃ、戸籍的にはそうだけど。幾つ歳が離れてると思ってんだよ。
 ルフィと同い年だぜ。
 あのコから見たら、俺なんてオジサンでしょ?カナシ〜けどさ」

「そ〜でもないんじゃない?」

意味ありげに目を向けられ、思い当たる節があるのかサンジは言葉を濁す。

「ありゃ、思春期にありがちな“オトナ”への憧れみたいなモンでしょ?
 それに俺はロリコン趣味はね〜よ」

「あら、女の子は育つの早いわよ〜?
 あの娘、今十三?十四?
 ニ〜三年で結婚できる歳じゃない。“幼な妻”なんてね〜♪」

「カンベンしてよ、ナミさん…」

「…まあ、あの娘のコトは置いておくとしても、サンジ君、再婚する気ないの?
 もう二年……まだ、二年?話したくない?」

暫く、沈黙が落ちる。
ライタ−を擦る音がして、昼間のソレと変わらない口調で返してきた。

「気の毒でしょ−。子連れだし、ウチにはウソップも居るし。
 まあ、ナミさんがコイツと別れてってんなら、何時でも大歓迎だけどvv」

「ぐ−、ぐか−」

「ハイハイ、コイツの甲斐性があんまり無かったら考えてみるわ。
 やっぱり子連れ同士の再婚だけどね〜」

「イイんじゃねェ?
 カヤもルフィには懐いてるし、チョッパ−とは仲い−しさ」

「あたしが母親になったら、カヤちゃんビシバシしごくわよ〜?
 気持ちは判るけどサンジ君、ちょっと過保護すぎるもん」

煙を吐き出すサンジの声に苦笑が混じる。

「…そういうのって、女性共通の発想なのかなァ?
 ビビちゃんにも言われるよ。俺もジジイも過保護すぎるって」

「あったり前でしょ。女の子だからって、男に負けててイイ時代じゃないんだから。
 いくら見てくれが可愛くても、自己主張も出来ないようじゃ、この厳しい世の中、
 どうやって生きていけんのよ?」

「言い様は違うけれど、ホント、みんな同じコト言うねェ。
 やっぱ、女性は幾つからでも母性ってのを持ってんのかな〜」

ウソップには、判った。
“みんな”とは、ビビとナミ、そしてもう一人だ。

ウソップがあの家に引き取られたばかりの頃、カヤの母親もサンジとゼフに良く言っていた。
そんな会話を、あの頃あの場に居なかったビビが、知っている筈がないのに。

 ふわり

肩に置かれた感触に、ウソップは飛び上がりそうになった。
心臓が停まるとは、正にこういうことだろう。
驚きと恐怖で上げかけた悲鳴を辛うじて抑えて振り返ったウソップは、
あらためて上げかけた声を白い手で塞がれた。

……ビッ、ビビ…!?

上げかけた名前の主が、そこに立っていた。



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(2003.8.15 文責/上緒 愛)