碧の宮、王宮都市の中心にある王宮、そのさらに中央にあるのが碧の神殿。

真の主である碧の巫女が不在の今は双子の妹である雪路が代理を努めている。


第10話 「夢路様」


「ほら、雪路様。神冥様と神詠様のことは彼らだけで何とかなさったようですよ。」

碧の神殿に出入り出来るのは巫女と雪路、そして二人の側近で占い師である紫杏だけ。

椎香達の様子を見るための水晶に手をかざした彼女は、隣にいる雪路にその映像を見せた。

「紫杏……あなたこうなる事が分かっていたのですか?」

「いいえ、全く。」

「えっ……なら何故、彼らの元へ行かせてくれなかったのですか。」

一行を碧の宮に連れてきた時や椎香と二人で話をしたときのように、彼らの側へ意識を飛ばして手助けしたかった。

だが、紫杏は雪路を行かせなかった。彼らから呼ばれない限り、行ってはならないと。

「雪路様。椎香様達は単なる“魂の入れ物”ではありません、ウイルス除去のために必要不可欠な存在です。ですが、今のあの方々にはまだそれだけの強さはない……ですから、ここへ来るまでに強さを手に入れ成長していただかなければ。」

「その話は何回も聞きました。占いにそう出たのでしょう? でも手助けくらいは……。」

「それも必要最小限に抑えなければ。現に今回は必要ありませんでした。」

「……私が行っていたら、成長の機会を一つ無くしていたかもしれないという事ですか。」

一応は納得した様子で呟く雪路に、紫杏は無言で頷いた。

「それに、今一番やるせない気持ちなのは…近くで見ていながら何も出来ない“夢路様”達でしょう。」

「そうですね……。」



「疲れたー!」

所変わって、椎香達一行。

先日からずっと例の山にいるが、目指している次の村までようやくあと少し。

「なんなのこの山マジありえない。村まで遠すぎじゃない!」

「この坂登りきったら着くんだから頑張りなさい!」

世界は違えど夏の暑さは変わらない。長い山道に椎香はすでに音を上げ続けている。

「暑いんだけど!」

「みんな同じでしょうが!」

椎香と歩調を合わせながらなだめ続ける彪砂もキレかけ、見兼ねた十和が先頭を歩く緋凪に休憩を提案した。


「まったく、椎香はワガママなんだから。」

「何よ、しょうがないでしょ。都会育ちなのよこっちは。」

ぶつぶつ言いながらも椎香と一緒にいる辺り、彪砂の面倒見の良さは相当なものだ。

「ねーねーしんえー。この実おいしいよー。」

「マジ? 俺も食べたい!」

「あっちだよー。」

「…ほら、神詠達を見てみなさいよ。走ってるのよ。」

「子供の元気さと比べないでよ。」

彪砂はため息をつきつつ、つい昨日の騒ぎを思い出していた。

神冥と神詠がそれぞれ合流した後は何があったのかよく知らないが、神詠はいつもの元気を取り戻しているし神冥の仏頂面はいつもよりマシに思える。

「せっかく少し見直したのに。」

「え?」

「ほら、昨日神冥に怒鳴ったじゃない。あんたが親なんでしょ! って。意外と仲間思いなのねーって思ったんだけど。」

――違う……。

彪砂は何気なく言ったのだが、椎香は何故か適当な返事もせずに固まってしまった。


――違うの、別に神詠のために怒ったわけじゃない。ただ神冥がムカついた。

親のくせに自分の事しか考えていないあの姿は、嫌でも“あの人達”を思い出す――

『椎香、どっちについていくの? 早く決めなさいって言ったでしょ。』

『おい、俺は無理だっつったろ!』

――どっちかにしなさいなんて言われても、どっちも嫌。

だって私聞いたもの、あの夜。私の事なんてどっちも―――


「…香、椎香!」

彪砂に大きな声で名を呼ばれ、いきなり現実に戻された。

「どうしたのよ、急にぼーっとしちゃって。」

「あー…ごめん、何でもない。」

「おーい、そろそろ行くぞーっ。」

緋凪の声で、完全に戻ってきた。もう終わった事、どうでもいい事。そう言い聞かす。

「ちょっとぉ、大丈夫? まだ休憩するなら付き合うわよ?」

「平気平気。」


「あ、あそこだよ!」

緋凪と共に先頭を歩いていた露々が前方を指差した。緑の中に古風な家が10数軒。

「やっと着いた〜。」

「遠かったですね……。」

後ろを歩く神詠や羅歌、椎歌と彪砂も続々と到着した。

全員揃って村に入ると、まず老人の多さに気付く。そして次に感じるのは――

「……椎香、お前何かしたのか?」

「何もしてないわよっ。一体なんなのコレ?」

村人は最初一行に対し“ああ、旅の人かな”くらいの軽い視線を向けている。

だが椎香に焦点を合わせた途端それが驚きの眼差しに変わり、ざわめきが加わる。

「夢路様……夢路様が来られたのじゃ!」

一人の老婆がそう言ったのをきっかけに、周りの村人が「夢路様、夢路様。」と有り難そうに拝み出した。

「はあ!?」

「な、なんだこの村。」

一行が混乱していると、奥の家から中年男性が慌てて飛び出してきた。

「ちょっとちょっと皆さん! この人は夢路様ではありませんよ、私の客です!」

村人達の間を掻き分け椎香達の所まで来ると、手近にいた緋凪の腕を掴んだ。

「さあ皆さん、お疲れでしょう。我が家で休憩してください。」

そのままズルズルと緋凪が引っ張られていったため、残りのメンバーもとりあえずその男性に着いて行った。


「私はここの村長です。村人達がご迷惑をおかけしまして……。」

言っているそばから村長宅の周りには先程の村人達が集まっている。

村長が窓を開け、「夢路様ではないと言ったでしょうが!」と言って追い払った。

「あの……先程から話題になっている“夢路様”とは……?」

十和が恐る恐る尋ねる。村人達の様子から察するに、よほど崇められている存在だろう。

「夢路様は……この世界、碧の宮を治めておられる碧の巫女様の事でございます。」

「碧の巫女……。」

その存在だけは全員聞き覚えがある。この世界へ来てすぐに、雪路が言っていた。

そして、椎香だけは村長から聞く前にそのことを予想していた。

――『椎香こそが私の姉様に守られた“碧の宮の人間と一心同体の状態にある”人間だからです。』――

二人で話をしたときの、雪路の言葉を思い出す。

雪路の姉に守られている、一心同体にある自分、雪路とその姉は顔が瓜二つ、自分とそっくりな「夢路様」。

「村長さん。碧の巫女…夢路のこと教えてください。私に……私たちに、関係はあるの?」

村長はゆっくり縦に頷くと家の周りに人がいないかを再度確認してから、話を始めた。


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