「碧の巫女様は、代々この碧の宮を統べる役目を担ってこられました。初代の巫女様は世界を造った神の娘であったと言い伝えられております。」
村長は椎香達に語りはじめた。夢路のこと――碧の巫女のことを。
「碧の巫女様は代々世襲で、先代は夢路様の母上でした。若くしてお亡くなりになったため、夢路様は3年前、13歳で即位されたのです。」
「13歳!?」
その場のほぼ全員が驚いた。驚かなかったのは自身も10歳で王の座についた神冥くらいだ。
「……ああ、外も落ち着いたようですね。少しついて来て頂けますか。」
窓から村人達の様子を確認した村長は、椎香達を裏口へ案内した。
扉を開けると山の中に村から続く小道が見える。
村長の案内で一行が数分ほどその小道を登っていくと、小さな小屋のようなものへたどり着いた。
「これは初代巫女様の時に建てられたもので……千年くらい経っておりますね。」
椎香の世界にある電話ボックスくらいの大きさで、丁寧な扱いをされてきたらしく古さを感じさせない。
むしろ、千年という長い間ずっとこの場に存在したという事実が、神聖さを生んでいるように思える。
「これ……お社なのね。碧の巫女と王宮にある神殿と……碧の宮の人達のための。」
椎香が呟いた。それも疑問ではなく、前から知っていたような口調で。
「このお社から碧の巫女の力が出てきているみたい。」
「……ええ、その通りです。ここの他にも碧の宮全土に5つあって、巫女様の祈りを地方まで行き渡らせるものです。」
「椎香、そんなのよく思い付いたな。」
「本当。話の流れ的に、碧の巫女とかと関係するのかなーとは思ったけどねぇ。」
緋凪と彪砂が感心したように言う。椎香は何と答えればいいかわからず、「ん、まあ……。」と言葉を濁した。
――そう言えば、なんでこんなにあっさり分かったんだろう?
実際、思い付いたというよりも知っていたことを確認したときに近い気がする。
歴史の授業で習った出来事を大河ドラマで見て、話の流れがすぐに分かるような感覚。
以前雪路に言われた“一心同体のようなもの”という言葉を再び思い返す。
一心同体という言葉の意味するところは分からないが、きっと椎香と夢路には何らかの繋がりがあるのだろう。
この世界に呼ばれたり、村のお社のことがすぐに分かったりしたのも、きっとそのため。
偶然そうなったのか、それとも意図的に繋がりを作ったのかは分からないが。
――意図的だとしたら、相当な人選ミスよね。
性格が良い訳でも特技がある訳でもないのに、と自嘲気味に考えた。
「私達この村の者は皆、先祖代々このお社を守り、共に生きてきました。ですから――」
村長の言葉は、突然村中に鳴り響いた大きな音によって途中で切られた。
「え、何この音!」
村長以外の全員が思わず耳を塞ぐ。音の出所は村の入り口付近にある高い建物だ。
「ウイルス汚染された動物達が村の側まで来た警報音です!」
椎香達に言いながら村長は家に戻っていき、またすぐに引き返してきた。手には鍬を持って。
「村長さん? その鍬何に……まさか。」
まさかウイルスと戦うのでは、と言いかけた十和の言葉は、村人達の声で途切れた。
「おい、今日の奴らは猫耳鳥のデカイ奴だ!」
「よいなお主ら、何としてでもお社だけは守るんじゃぞ!」
鍬やら鋤やらスコップやら、思い思いの武器――になりそうなもの――を手にした村人達がお社の前に集まり、人垣を作った。
「待ってよ、じーさん達。ウイルスって攻撃とか出来ないんじゃないの?」
「そうよ、無茶よ。動物を汚染している状態ならともかく、その後ウイルス本体が出てきたらどうにもならないんじゃないの?」
神詠と彪砂が、近くにいた初老の男性に訴える。
男性は二人に、そして後ろにいる椎香達に穏やかな、だが意志の強い笑顔を見せた。
「ええ、ええ。ですが私達の役目はこのお社をお守りすること。年寄りでも無茶でも、やらなければいけないんですよ。」
「そんな……。」
話している間にも猫耳鳥達は姿を現し始めている。大型のものが5、6羽。
――お願い、彼らとお社を守ってください!
椎香の耳に誰かの叫びが聞こえた。
「あーもう、とりあえず俺達で追っ払うからじーさん達はじっとしてて! みんな、行くぞ!」
ほぼ同時に緋凪が腰の剣を構え、村に降りた猫耳鳥へと向かっていった。続いて神詠と神冥、彪砂も駆け出す。
猫耳鳥なら何度か戦ったことがあるため、ウイルスを追い出すのは造作ない。
ただ、その後。一気に5、6匹のウイルスを相手取ることは初めてで、苦戦を強いられる。
主に戦える四人と魔法で補佐する羅歌(今日は調子が良かった)が肩で息をしだした頃、ようやく最後の一匹を消滅させた。
「ありがとうございます、お陰で助かりました。」
怪我の治療と休息のため、一行は一晩村長宅に泊まることとなった。
「いつもは大体お社まで行かずに畑や家を気まぐれに壊していく位なので、皆さんがいてくれて良かった。」
「おい、“いつもは”という事は、このような事はよく起こるのか?」
「そうですねぇ……一日に一・二回は何か来てますね。」
「えーっ!」
そう言えば、と椎香は思い出した。この村に来るまでのウイルス動物の多さと、他に集落が無いこと。
老人ばかりの古い村は恰好の暴れ場ではないのか。もし肉食の動物をウイルスが汚染していたら――。
最悪の想像に、思わず身震いする。
「…ねえ、村長さん。村の人達連れて引っ越したら? この村山の奴らに目付けられてるんじゃないの? 危ないわよ。」
椎香の言葉に、村長は首を横に振った。
「ありがとうございます…ですがそれは出来ません。村人達の様子を見たでしょう。あのお社を守ることが私達の使命なのですよ、悠久の昔から。」
「そんな……だって、自分達の命よりもってこと……?」
村長は、何も言わずに微笑んだ。
「おーい、入るぞ。」
夜、女性陣にあてがわれた部屋に緋凪が来た。
「どしたの?」
「向こうの部屋でも話して、オッケー貰ったんだけどさ…この山にいるウイルス出来るだけたくさん倒していかないか? 雪路達の所になるべく早く行った方がいいのは分かってんだけどさ。」
椎香達は驚かなかった。このまま去るのは後味悪いと、誰もが思っていたからだ。
「村長さんにも明日話してみるけど、許されるならこの家を拠点にして数日間、ウイルス倒すことに使いたい。」
緋凪は戦いの最中とはまた違った種類の真剣な様子で椎香たちに訴える。
「俺、自分の命を犠牲にしてでも守りたいものがあるって気持ち、分かるんだ。頼む。」
「…アタシは賛成よ。あーいう人たちってなんか助けたくなるわよねぇ。巫女のためのお社を守り続けるって素敵だし。」
「わ、私もです。魔法が上手に出せるかは分かりませんが……。」
「あたしも! 村の人たち、このままだとかわいそうだもん。」
「……うん、私も賛成。っつっても、戦えるわけじゃないからたぶん偉そうなことはいえないけど。」
それに、椎香はもうひとつの理由もひそかに持っていた。
“碧の巫女”のことがなぜだか、すごく気になる。その話をもう少し聞いてみたかった。