――大事なものを守りたかった。
命よりも大事なものが、俺にもあったんだ。
緋凪が元いた世界の日本は、幾つかの勢力に分かれ争うという混乱状態にある。
一番大きな勢力“天月”が他の地域を武力で屈服させ文化や慣習を自分達のそれに合わせていく中、緋凪達の住む地域“火月”は抵抗を続けていた。
「わしらの住む火月地区は、昔から色々な文化を形成し、奴ら天月地区に負けぬよう強くなってきた。」
長老の言葉に、これから天月との戦いに挑む男達は真剣な顔で頷く。その中には今より少し若い緋凪もいた。
「天月に負ければ火月に住む皆の生命が危うい。それに火月独自の文化も慣習も奴らに否定され踏みにじられ、わしらの火月が――故郷が消えるじゃろう。」
それはそのまま、今まで天月によって滅ぼされた他の地域の末路でもある。
「わしらの目的はただ一つ、先祖が守った火月を守り通すこと! その為には命を賭けてでも天月の侵略を阻止する!」
拳を突き上げ叫んだ長老の言葉に、集まった男達も同じように拳を突き上げ叫ぶことで答えた。
故郷・火月には家族、友人、恋人……誰にでも大切な、守りたい存在がいる。
生まれ育った土地がある。生きてきた証が、思い出がある。先祖から受け継がれ発展してきた独自の文化がある。
男達の戦う意志は火月への郷土愛から来る自然な感情。それはまだ若い緋凪や彼の友人らも変わらない。
「俺達の力で火月を守ろうぜ!」
「ああ、このために剣の修業もしてきたしな。」
「天月には負けねえぞ! デカいからって調子乗ってんな!」
「そうだそうだ!」
天月がいつ攻め入ってくるか分からない中彼らは皆家族から離れ、天月との境界地点で迎え討つ為の準備をしていた。
そして、それから数日後に天月の軍が火月を襲った。
10代の若者から50代、60代の者まで戦える男達は死力を尽くした。火月の未来に命を賭けた。
――だが、兵の数、武器の質、兵站……闘志以外のあらゆるところで圧倒的な差を見せつけられた。
直接剣を交えた期間は短かったが、対立していた年月は長かった。
最後に長老が天月の兵士に首をはねられ、その対立に無理矢理終止符が打たれ――火月の歴史は幕を閉じさせられた。
「我こそはこの国を統べる覇者、天月一族の長である! この日をもって火月は他の一族同様天月が統治する!」
高らかと言われた天月の勝利宣言は、緋凪達にとって屈辱以外の何物でもない筈だった。
全力を尽くしたが敗れた。守りたかった故郷の地を踏み荒らされた。
天月のものと違うという理由だけで、大切にしてきた文化や慣習を否定された。
長年慕い、頼りにしてきた長老を目の前で殺された。
だが、天月はそれら一連の動きを“野蛮で遅れた火月からの民の解放”と理屈づけた。
そして、まるでその証拠か何かのように天月や他の一族の民が幸せそうに暮らしている様子を見せた。
火月に無いもの、見たら欲しくなりそうな魅力あるものを次々と見せた。
自分達天月はなるべくしてなった覇者だ、天月の一部となることは幸せだ――そう思わせる作戦だ。
悲しいことに、火月の民の負けたことによる虚無感、喪失感にはその甘い罠がよく効いた。
渇いた土は水をよく吸い込む。たとえそれが濁っていようとも。
人々が次々と天月に同化し、火月であったことを自ら忘れ去っていく中、緋凪や共に戦った何人かは戦いをやめなかった。
剣は奪われたからクーデターは企めない。だから火月を忘れさせないため、火月を失わないため人々に訴え続けた。
天月に嫌悪感を抱いていた人も少なくなかったため、味方はぽつぽつと集まっていった。
だが、天月の人間が大部分をを占める国の上層部がそんな彼らを快く思うはずがなく。
“天月に逆らった野蛮人”“国家転覆を企む危険団体”というレッテルを貼られても、火月を想えば我慢が出来た。
しかし、それを信じ緋凪達を強く否定して詰ったのは、誰よりも守りたかった火月の民達だった。
「自分達を解放してくれた天月の方々に逆らうな。」
「天月の方々に刃を向けた野蛮人、先の戦いで多くの人間が死んだのはお前らのせいだ。」
そんな声を何度聞き、何度嫌がらせを受けただろう。
耐えられなくなった仲間が一人、また一人と“改心”と称して抜けていった。
改心という屈辱を味わうくらいなら――と、自ら命を絶つ者もいた。緋凪の叔父もその一人だった。
確かに良いことばかりの戦いではなかった。天月の人間を何人も殺した。
だが、それは向こうも同じだ。むしろ、それは戦いという状態が作る責務だ。
それに根底にあった感情は故郷を守りたい、失いたくない、ただそれだけだった。
だが、守りたかった人々から烙印を押され忌み嫌われ――なんと悲しい終焉だろうか。
「――おし、一丁あがり。」
「数減ってきてる気がしない? ウイルスの感染力ってそこまで強くないのかしらね。」
村に来てから4日。戦いに慣れてきた彼らのウイルス退治は順調で、明日の朝には村を発つ予定だ。
村人達の“お社を守りたい”という純粋な気持ちに触れ、緋凪はかつての自分を思い出した。
「ありがとうございます、助かります。」
この村の人々は緋凪達の自主的な取り組みに対し素直に感謝の意を述べる。
今も以前も感謝されるため動いているわけではもちろんないが――
「ありがとうって言われるとうれしいね!」
「そうよね、アタシ達のやってることはみんなの役に立ててるって思えるもの。」
「……そう、だな。」
瑠々と彪砂の会話に相槌を打った。胸がずしりと重くなる。
自分達が間違っていたとは今でも思っていない。ただ――悔しい。