「おー! 景色すげえ!」
「綺麗ですね〜。」
一行は村を出て下山し始めた。行きとは逆で、延々と下り道。
景色を楽しむ余裕も生まれ、穏やかに歩みを進める。
「なあ、休憩しようぜ! 俺腹ぺこー!」
神詠の言葉に、隣を歩く瑠々と露々も「あたしも!」「ごはんごはん!」と同意し出した。
「では……あの辺りで休憩しましょうか。」
十和が指差した先は、白い花が咲いている大きな木の陰。すぐそこから下界の景色が見える。
「賛成!!」
村の人々がウイルス退治の礼も兼ねて用意してくれた弁当を食べ、そのまましばらくの間のんびりと過ごす。
「……あら? ねえ、椎香は?」
辺りを見回し、椎香の姿が見えないことに気づいた彪砂が尋ねる。
「そういや飯食ってから見てねえな。」
「アタシ探して来るわね。」
姿が見えないのは何となく気になる。万が一ウイルス動物が出て来たとき、椎香は戦えない。
やはり彪砂は面倒見が良い、と緋凪達は感じた。
「椎香ー?」
椎香の性格からして、あまり奥まった場所や遠くへは行っていないだろう。
彪砂は木の陰など、死角になっている場所を中心に見ていく。
「椎……」
声が聞こえた気がして、彪砂は呼ぶのをやめ耳を澄ませる。
(……音楽?)
よく聞いたら、その声は歌声だった。メロディーがある。
途切れ途切れに聞こえてくるその歌声が気になる。
何という歌だろう。もっと聴きたい。ちゃんと聴きたい。
夢中になるあまり早足になったが、躓いて転びかけて初めてそのことに気が付いた。
「きゃっ……セーフ。」
近くにあった枝を慌てて掴み、地面に倒れるのは免れた。
「……彪砂?」
そして歌声が止むのとほぼ同時に、同じ声が自分の名前を呼んだ。
「……椎香。」
「何やってんの?」
「こっちのセリフよ! あんた一人だと危ないってのに勝手にいなくなって!」
「ご、ごめん。」
「……まあ、ちゃんと近くにいたから良いけど。せめて一言言いなさいよね、心配するから。」
「……うん。」
「ところで、さっき歌ってたの椎香?」
言いたいことを言ったので、さっきから気になっていたことを尋ねる。
「え、聞いてたの?」
「聞こえたのよ。元の世界の歌?」
「……うん。なんかふと思い出して、気が付いたら口ずさんでたみたい。」
「そう……。戻りたいの?」
「……別に、そうでもない。」
椎香の雰囲気から彪砂はそう尋ねたが、返ってきた答えは少し意外なものだった。
その言葉の真意が気になったがそれ以上聞くのは何となくためらわれる。
椎香はいつもそうだ。
わがまま娘かと苛々するくらい自分の本音を言っているかと思えば、その一方で何も話さずひたすら物思いにふけっていたりする。
まあ、いきなり連れてこられた異世界でせいぜい一月程度の付き合いで自分をさらけ出せる人間の方が異端だが。
「…ところでさ、なんて歌なの? ちゃんと聴いてみたいんだけど、もっかい歌ってくんない?」
彪砂が言うと、椎香は少し意外な様子で彼女を見、それから遠慮がちに口を開いた。
最初こそ小さな歌声だったがだんだんと椎香がリラックスしていき、比例して声もよくなっていく。
耳に心地好い椎香の声。綺麗なメロディー。思わず身体を動かしたくなる軽快なテンポ。前向きな歌詞。
気が付けば、椎香の歌に合わせ自分も踊りだしていた。
椎香が驚いたのが目の端に見えたが、歌が止まらないので踊りも止めない。
椎香は最後まで歌い、彪砂はそれに合わせて踊りきった。
互いに目を見合わせ、それから拍手をした。
「…彪砂、すごいじゃん。」
「椎香こそ! 歌が好きって言ってたわよね、そういえば。」
「……覚えてたの?」
それはここへ来た最初の日、みんなで自己紹介をした時に椎香が言ったこと。
それ以来言ったこともなければ、誰かの前で歌ったのも今日が初めて。
「……この歌“平和な未来を本気で願ってる”っていうの。元の世界で、友達の間で流行ってたのよ。」
「へえ、素敵な曲名ね……」
言いながら、彪砂の表情が椎香を見たまま止まった。
「……どうしたの?」
当然椎香は訝しく思う。
「…あ、ごめん。椎香が笑ってるの初めて見たから。」
「え?」
「……てゆーか、アタシあんたを探しに来たんだった! そろそろ戻らないとみんなも心配してるわよ!」
「ほら行くわよ!」と、彪砂は椎香の手を引く。
「う、うん。」
――変なの。
無意識だった。笑おうと思ったわけではないのに笑っていた――らしい。
(……いつぶりだろう、普通に笑うの。)
それも、誰かといるときに笑っているなんて。