――つまらない現実よりも、楽しそうな別世界に行きたい。
その願いが叶ったと思えないこともないが、実際来たら混乱するだけなのだと椎香は知ることとなった。
突然止まった世界、自分が落ちた“碧の宮”という場所、同じように落ちてきた人々、現れた二人の少女。
これだけたくさんの事がほぼ一度に起こって混乱しない人間がいないわけはなく、椎香ももちろん例外ではない。
「世界を救うって、一体何なんだよ。」
「ええ、順を追って説明します、緋凪。」
「えっ…俺の名前。」
「椎香、緋凪、瑠々、露々、神冥、神詠、彪砂、羅歌、十和。」
自らを雪路と名乗る椎香に似た少女は、なぜか彼女の名前を知っている。
その他の名前は残り八人のそれだったらしく、全員が彼女と同じ驚きと疑問を感じていた。
「まず、此処と貴方方それぞれの世界の事からご説明致します。」
そう言い、雪路と紫杏は説明を始めた。
まず、椎香達9人はそれぞれ違う世界(ただし瑠々と露々、神冥と神詠はそれぞれ同じ世界)からここへ集められた。
そして違う世界と言っても、出身が“日本”なのはみんな同じらしい。
「みんな日本から来た……というのは?」
「平行世界……と言えばいいのでしょうか。一つの地球にいくつもの別世界が存在しているのです。」
「つまり、俺がいた日本以外に、色んな日本――世界が存在するって訳か。」
そして、この碧の宮はいくつもの世界の中で唯一、他の世界の存在を知っていて、必要に応じて何らかの干渉をする事が出来る。
「“必要に応じた干渉”が、アタシ達をここに連れてきた事?」
彪砂が尋ねて、紫杏が頷いた。
「碧の宮は現在、窮地に立たされています。正体不明のウイルスが何処からか発生し、猛威を振るっているのです。」
そしてそのウイルスの猛威というのが、碧の宮に生息する人間以外の生き物に取り付いて凶暴的になる、ウイルス同士くっついて変な生き物になるなどして人間を襲い、碧の宮の人や町にに甚大な被害が出てるらしい。
他にも奇病がはやった町や人々の心がすさみきって治安が乱れた町など、ウイルスの影響と疑われる事例も合わせて数えたら碧の宮全域にウイルスが何らかの形で潜んでいることになるという。
「このままでは碧の宮が滅びてしまいます。世界は全て繋がっているので、それは貴方方の世界の終わりをも意味するのです。」
真剣な雪路の表情と重い言葉に、九人の顔も固くなる。
「ウイルスは抗体か何かがあるのか、私達が退治や除去をしようとしてもびくともしません。私が占ったところ、碧の宮以外の世界に住んでいる人なら、ウイルスに打ち勝てると出ました。」
「……それで私達をここへ呼んだんですか?」
「はい。」
雪路が頷き、椎香達九人に頭を下げた。紫杏もそれに続く。
「お願いします、世界を救ってください!」
「ウイルス退治はきっと一筋縄ではいきません。危険もあるかもしれません。貴方方からしたら勝手な頼みでしょう。」
「それでも、どうしても貴方方でないといけないのです……!」
真剣な二人の様子に椎香達は文句も反論も出来ず、誰かが「分かった」と蚊の鳴くような声で呟いた。
「……なーんか、厄介なコトになったわよねぇ〜。」
「本当だよな。俺なんてまだ半信半疑だぜ。」
あの後すぐ、雪路と紫杏は姿を消した。
彼女達は遠く離れた王宮からテレパシーのようなもので椎香達と会話をしていたらしい。
長い時間話は出来ないから、詳しい話を聞くためと具体的な作戦を練るために王宮のある王宮都市まで来てほしい、とのことだった。
「まあ、とりあえず自己紹介でもしない? このメンバーでしばらく一緒にウイルス退治の旅なんでしょ?」
彪砂がメンバーを見回し、言った。
「そだな、じゃあ俺から。えーと、緋凪。16歳。特技は剣術……と、こんなモンか? とにかくよろしくな!」
椎香より前に碧の宮に来ていた緋凪。ショートカットに動きやすそうな服、腰には剣。
加えて素直そうな顔立ちをしていて、やはり椎香の印象は“RPGの主人公風”。
「じゃあアタシね。彪砂よ。16歳で、特技は舞踊。元いた世界じゃ人気の踊り子だったんだから。」
緋凪の隣に座っている彪砂はメッシュのように一部だけ髪の色が違っていて肩や腕や足を露出していて、椎香はギャルっぽいと感じた。
話し方はハキハキしていて、きりっとした顔立ちから気の強そうな印象を受ける。
「次、あんたよ。」
彪砂が反対側の隣に座っている椎香に言った。
「……椎香です。私も16歳。特技……は何だろう、歌かな?」
椎香は中学時代、三年間合唱部に所属していた。高校に入ってからは友達と毎週のようにカラオケへ行っていたが、引越し後はそれも出来なくなっている。
「元いた世界では高校生……えっと、学校教育受けてた。はい、次どーぞ。」
椎香は隣に座る男性に順番をまわした。
「神冥だ。齢は19だが、元の世界では王をしている。」
ロングヘアに胴着のような格好が少しアンバランスな神冥はため息をつき、淡々と言った。
男前ではあるが怒ったようなその表情に、近づきがたい印象を受ける。
そして隣に座る少年――表情と雰囲気以外は神冥をそのまま小さくしたような彼は、神冥とは対照的に元気よく自己紹介をした。
「俺は神詠、9歳! 神冥の子供で、次の王様だ!」
「……へ?」
神冥と神詠以外の全員がほぼ同じ反応をした。19歳の男性の息子が9歳など有り得ない現象だというのは、どの世界でも共通なのだろう。
「しんめーがしんえーのパパなの?」
双子の1人が尋ね、神詠が「おう!」とはっきり答えた。一方、隣の神冥は難しい顔をしている。
「ほら、次はあんただよ。」
なにか訳ありの親子なのだろうと椎香は考える。
他所の家の事情には首を突っ込まないでおくのが波風立てないコツだと、椎香は自己紹介の順番を双子達に回した。
「あ、うん。僕は露々、7歳。瑠々の弟!」
「あたしは瑠々、7歳。露々のお姉ちゃん!」
瑠々と露々は男女の双子なのに、顔も声も瓜二つ。違っているのは髪が長いか短いか、はいているのがズボンかスカートかぐらいだ。
「あ……羅歌、です。13歳で……家は代々続く魔法使いで、私は……まだ、見習いです。」
魔法使いというファンタジーな職業が現実に存在する世界もあることに、内心椎香は関心を抱く。
美人だがおどおどした話し方で声も小さい羅歌は、気が弱く大人しい少女なのだと楽に想像できた。
「十和と申します。年は18歳、医者になるため学んでいます。」
眼鏡をかけ、チェックのワイシャツをさらっと着ている十和は真面目そうで、実際落ち着いていて言葉遣いも丁寧。
「さて、と……全員自己紹介したよな。じっとしててもしょうがねえし、行こうぜ。」
「行こうって……どこに?」
「あそこになんか集落っぽいのあるじゃん。」
緋凪が指差した方を全員が見る。どこまでも広がる草原の向こうに、確かに建物の集まりが見える。
「とりあえずあそこ行って、王宮への行き方とか聞こうぜ。」
「うむ。」
「えー、ちょっと休憩してからにしない? 疲れたしさ〜。」
緋凪の意見に神冥が同意したが、彪砂は反対意見を唱える。
「でもさ、さっさと行ってさっさとウイルスの事片付ける方がよくないか?」
「俺も行きたいー!」
「え〜、ちょっと…緋凪も神詠も疲れてないわけ!? 椎香と羅歌はどうなのよ。」
「え、私?」
傍観していた(というより、話に入る隙がなかった)椎香と羅歌は急に話を振られ、驚く。
「あ、あの……私は………どちらでも………。」
「なによ、はっきり言えないの?」
気が弱い羅歌と気が強い彪砂という椎香の読みは間違ってはいなかった。
「…私、彪砂に賛成。頭も混乱してるしさ、整理させてよ。」
「私も少し休息をとってからの方がいいと思いますね。」
“休憩派”が一人増えた。十和だ。
「無理は良くありません。小さい子や女性もいますし、休憩してからにしましょう。」
医者なだけあって、十和の言葉には説得力がある。空が赤くなってきたことと双子が眠そうにしていたのもあって、結局朝までここで休んでいくことになった。
「……それで、俺はその大会で優勝したんだぜ!」
「へーん、アタシなんか遠い町からファンがいっぱい来てくれたんだから。」
「へえ、2人とも若いのに凄いですねえ。」
――みんな、順応しすぎじゃないの?
緋凪と彪砂、十和の三人がそれぞれが元々いた世界の話で盛り上がっている。
双子と神詠は隅でぐっすり眠り、神冥は火に薪をくべている。
そんな“旅の仲間”達についていけず彼らの様子をぼうっと眺める椎香に、羅歌が遠慮がちに近寄ってきた。
「……みなさん、すごいですね。あっという間になじんでいるというか、状況を受け入れられるのが早いです……。」
「本当よね。」
どうやら羅歌も椎香と同じ心境らしい。他にすることのない椎香は、適当に相づちを打つ。
「……ウイルス退治って、どれぐらい期間がかかるんでしょう……。」
「さあねえ、見当もつかないわ。」
「………元の生活に、戻れます、よね。」
ぽつりと呟かれた羅歌のその言葉に、椎香はここへ来て初めて元いた世界のことを思い出した。
東京のマンション…学校、友達……たまり場にしていた公園、カラオケボックス………そして、引越し先の田舎町、アパート……。
現実感がなさ過ぎるからか、それとも“別世界に行きたい”なんて考えていたからか。
戻りたい、という気持ちは彼女の中に沸いてこなかった。