「そういえばさ。」

一行が旅のスタート地点から一番近い集落まであと少しでたどり着きそうな昼下がり、ふいに緋凪が口を開いた。

「俺たちが異世界から来た…って、ここの世界の人に言っていいのかな。」


第3話 リンディアにて


「なんで? 別に言ってもいいんじゃない?」

「いろんな人に協力してもらえんじゃん。」

すかさず意見を言ったのは彪砂と神詠。

「でも、そんなの信じてもらえる?」

「そうですね、難しいかもしれません。」

椎香は当然のようにわいた疑問を投げかけ、十和も同意する。

「しあんに聞いたらわかるのにねー。」

はあはあ、と息を切らせ必死に歩きながら、瑠々が呟いた。

「本当ですね……。」

「……よんでみる?」

紫杏と雪路は二人とも、椎香たちの誰かがどちらかを呼べば必ず現れる、と言い残した。

最初のように力を使って遠方の仲間と会話をするのは一人だけならあまり力を消費しないから、少しの時間なら困った時に手助け出来る、と。

「でも……呼ぶったって、どうやって?」

「しあんー!!」

「って、そんなんでいいのかよ!」

声を揃え口の横に手をあて適当な方向に叫んだ双子に、すかさず神詠が突っ込みを入れる。

「はい、お呼びでしょうか。」

……だが、無事に紫杏を呼び出すことができた。


「申し訳ありません、お伝えするのを忘れておりました。あなた方が異世界から来たことは、なるべく内密でお願いします。」

「いいけど、何でだ?」

「ウイルスを撒き散らす存在が何なのか、私達には全く分かりません。異世界から人が来た、と広まったら、彼らの耳にも入るかもしれない。」

「なるほどね…。」

誰が、何がウイルスを使って碧の宮を混乱させているのかが分からない。紫杏の懸念は全員が納得できた。

「唯一、各集落の長達には私の方から事情を説明していますので、町や村に入ったらそこの長に必ず会ってください。」

「分かった。」

「ごめんなさい、そろそろ時間なので……また……。」

声が聞き取りづらくなり、同時にジジ……と紫杏の姿にノイズのようなものが入った。

うつりの悪いビデオテープのようだと椎香が思った瞬間、紫杏の姿は完全に消えた。

「じゃあ分かった事だし、いざあそこへ!」

あそこ――森に囲まれた小さな集落へ、九人は入っていった。


「どうもどうも、遠い世界からご苦労様です。ここはリンディア、私は村長のイリアといいます。」

「初めまして。よろしくお願い致します。」

紫杏の言ったとおり、一行はまず集落の長を探し、面会へとこぎつけた。十和がイリアに頭を下げ、椎香達五人もそれに倣う。

イリアの部屋はそんなに広くなく、また全員分の椅子もないため、瑠々と露々、神詠、羅歌の四人は同席していない。

「雪路様のおられます王宮都市までは徒歩で1ヶ月以上かかりますし、ウイルス汚染も進んでいます。うちの村は小さいですが宿もありますし食料や薬、狩りに使う武器もあります。必要なものは遠慮なく言ってくださいね。」

「ありがとうございます、助かります。」


「あんた達、見ない顔だよね…。どこから来たんだい?」

ひとしきりイリアから話を聞いた後九人は三人ずつの三組に分かれ、今度は村の人から話を聞くことにした。

一人からの情報よりも五人、十人からの情報の方がより多方面から考えることができ、様々なことが分かるという十和の発案で。

「あんた……だと? 貴様、この私に向かって――」

「ち、ちょっと神冥!!」

「すみません、彼今機嫌が悪くて。」

通りすがりの中年女性の何気ない一言に怒りをあらわにしそうになった神冥を、慌てて椎香と十和が誤魔化す。

椎香達に対してもそうだが、神冥は元の世界で王の座についているだけあって常に他者より自分が偉い、という前提の上から目線。

「ちょっと!」

十和が女性に説明し話を聞く間(椎香達は王宮都市の人間で、各地でウイルスの研究をしている、ということになっている)、小声で椎香は神冥に注意する。

「……何だ。」

(ああ、本当に不機嫌だ。もう嫌だ、この人。)

「さっきも言ったじゃない。あなたが王様なのは、あなたの世界での話でしょ!」

「……うむ。」

「ウイルス退治はこの世界の人に協力してもらわないといけないんだから、嫌な印象植え付けないでよ。“あいつ嫌な奴”って思われたら協力してもらいにくくなるでしょ?」

「全く、何故私がこのような事を……。」

“何故私が――。”それは、椎香もおそらく他のメンバーも、ずっと考えていること。

“小説みたいに異世界にトリップしたい”という、数日前の無責任な自分の意思をふと思い出した。

「仕方のない。早く片付けて戻るためだ、我慢してやろう。」

まだ不満は残っているようだが、とりあえず神冥も嫌々納得したらしい。


「どうもありがとうございました。」

「いえいえ。大変だろうけど頑張るんだよ。」

話が終わったらしく十和が礼をし、女性が手を振って去っていった。

「二人とも、ウイルスの事が少し分かりましたよ。」

「どんな?」

「リンディア周辺での被害は農作物を荒らす、力の弱い子供やお年寄りに怪我をさせる等ですね。この辺りしか生息していない“ラッシャ”という動物に感染しているそうです。」

「ラッシャとはどのような見た目なのだ?」

「白くて耳が長い、普通は温厚な動物だそうです。」

白くて耳が長い、温厚な動物――椎香はウサギを思い浮かべたが、人間に襲い掛かる姿まではどうも想像できない。

「あー、いた!」

「とわー、しいかー、しんめー!」

「緋凪と彪砂が、作戦会議するってよー!」

瑠々、露々、神詠という子供トリオの大きな声が聞こえた。

「みなさんもある程度情報を仕入れたようですね、行きましょうか。」


ひょっとしたらこれは全部夢かも、なんてことはこの世界に来てから何度も思ったが、そんな現実逃避はいよいよ許されなくなってきた。

「みんな逃げろ! ウイルス汚染されたラッシャが出たぞ!」

作戦会議をしようとした矢先、例のラッシャが現れたリンディアの中心部に現れた。


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