「えーと、心配かけてごめん…。」

椎香は合流後、緋凪や彪砂に一人で叫んで走っていって驚いたし心配したと怒られた。

また、その時空はすでに赤くなっていて、宿を提供すると言ってくれたイリアの厚意に甘えて一泊していくことになった。


第6話 それぞれの世界、私達の違い


各々夕食と風呂を終えた後、今後のことを改めて話し合おうと十和の提案で全員が集まった。

「いい機会ですから、一人一人それぞれが元いた世界の話をしておきませんか?」

まず口を開いたのは言いだしっぺの十和。

「それぞれの世界のこと?」

「ええ。」

十和は一人一人を見回して頷き、話を続ける。

「私達はみんな違う世界から集められました。当然価値観や文化の違いもあるでしょう。そういったことをあらかじめお互い分かっていたほうがこの先混乱も起きにくいと思います。」

「違いったって、具体的にはどんなんだ?」

真っ先に疑問を口にするのは緋凪。

「例えば、今日の椎香さん。突然逃げ出してしまった理由、よく分からなかった人と分かった人がいると思います。簡単にでいいのでいきなり逃げたくなった理由を教えていただけますか?」

急に自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう、椎香は少し驚いたが、後半の言葉を聞いて納得したようだ。ふう、と息を吐いてから話し出した。

「だからさ、怖くなったの。ラッシャに襲われそうになったことや……ウイルスに平気で攻撃する緋凪たちも。」

一瞬言っていいことなのか迷った。だが正直に言う。

どうせこのウイルス退治に参加せざるを得ないのだから、十和の言う通りなるべく今後は混乱が起こらないようにしたい。

そのためには自分の意見や気持ちを、面倒でも伝えなければいけない。

「なんでだよ、あれは攻撃しないといけない状況だっただろ!」

すかさず緋凪が反論する。

「そりゃ私だって今は理解してるけど……生き物攻撃するのを目の前で初めて見たんだから、怖くなってもしょうがないじゃない。」

「待って。全く初めてだったの? 椎香の世界では野生の動物に襲われたり、食べるために狩りしたりしなかったワケ?」

「なかったよ……彪砂の世界ではあったの?」

野生動物に襲われるなど、椎香の世界ではテレビで聞く程度…それも山奥の熊だとかアフリカの何とやらだとか、彼女の日常には存在しない。

ましてや狩りなど、“縄文時代の人々の暮らし”くらいしか連想出来ない。

「何言ってんの、アタシの周りじゃしょっちゅうよ。村では自給自足で生きてて、晩のおかずを狩りに山に入った人が反対に殺されたり。」

「うわ……。」

あっさり彪砂が言い放ったえげつない例えには椎香だけでなく神冥や羅歌も表情をゆがませる。

「戦争もあるしな。他の世界がどうかは知らねーけど、俺は駆り出されたこともあるぞ。殺さないとこっちが殺される状況だったな。」

またもやあっさり言ったのは緋凪。戦争も椎香には遠い昔や別の国の出来事でしかなく、イメージがわかない。

「ボクらは多分、しーかと一緒だよ。叩いたりやっつけたりするの、テレビとかでしか見たことないし。」

「だから、あたしたちもホントはさっきちょっと怖かったの。」

「そうなの……。」

それでも瑠々も露々も、椎香と違って取り乱すことも逃げ出すこともなかった。

……自分の行動を、初めて少し情けなく思った。

「ほらね、こんなに違いがあるのですから。今の会話で緋凪君や彪砂さんは戦い慣れていること、逆に椎香さんと瑠々ちゃん、露々君は苦手と分かったでしょう。ウイルス退治の戦闘の時に役割分担をしやすくなりますよ。」

十和はここまでの会話から既に戦略を立て始めたようだ。冷静で頭の良い印象に違わないのは医者という職業も関係しているのだろうか。

「十和の言う通りだよな! 次からは俺や彪砂と……あと神冥と神詠あたりが最前線で戦ってさ、残りの奴らは後方支援でいいんじゃね?」

「そういえば、ラッシャとの戦いでは神詠も頑張ってたっけ。」

「まあな! 王様には強さが必要だから、俺や父さんは元の世界で武道をやっているんだ!」

「ひょっとして、その服……。」

「…ああ、稽古中に私達はこの世界へ連れて来られた。」

神冥と神詠が着ている服は、椎香の世界にある柔道や空手の胴着に似ている。

王のわりに庶民的な服装をしているのにはそのような訳があったのか、と妙に納得する。

「ひなぎー、“こーほーしえん”って何?」

「ん? うーん、俺達が戦いやすいようにサポートしてくれたらいいんだよ。何か出来そうか…つっても色々あるからなー……。瑠々と露々さ、何か得意な事ってあるのか? ウイルス退治に役立ちそうなの。」

「とくいなこと?」

質問がざっくりしている上先ほど二人とも元の世界で戦う機会は無かったって言っていたのに、答えられるのだろうか。

瑠々と露々は同じ表情で考え込み、同時に口を開いた。

「……動物のきもちが分かるのは?」

「えっ?」

思ってもいなかった種類の答えが出てきて、全員が一斉に二人に注目する。

「あたしたち、小さいときからいろんな動物の思っていることが分かるの。痛いとか、楽しいとか。」

「へー。おもしろそうだな、それ。」

犬のように感情が素直に表に出る動物ばかりではないだろう。意外な特技に椎香たちは感心する。

「今日も…ね、露々。」

「うん。ラッシャのきもちも、ちょっとだけ分かった。痛い、でもウイルスいる方がいや、って聞こえてきたの。」

「だからね、がんばれーって言ったの。こっちの世界でも出来るって知って、ちょっとびっくりした。」

「あんた達の気持ちも伝えられるわけ!? 凄いじゃん!」

彪砂の率直な褒め言葉を聞いた二人は、何故だかすごくきょとんと…………というよりも“信じられない”と言いたげな顔になった。

「………すごいの?」

「凄いわよ、ねえ!」

「はい、動物にウイルスが寄生している間も動物そのものの意識はあることや、それと意志疎通が可能だと分かりました。ウイルスを追い払うため“本体”に弱点を教えてもらうなどの協力なども望めるかもしれませんね。」

「すっげー! 瑠々に露々、お前らめちゃくちゃ重要な役割だぞ!」

「……ホントに?」

「ホントだって! 戦闘もやりやすくなるし、その辺歩いている動物にもウイルスの情報とか聞けんじゃん!」

十和の分かりやすい解説や、彪砂と神詠の褒めっぷりを聞いた瑠々と露々は――いきなり泣き出した。

「って、ええ!? ちょっとどうしたの!?」

「瑠々、露々?」

いきなり目の前で泣かれた仲間たちは当然驚き、困惑する。

「ご、ごめんね。ボクたち、びっくりしたの。」

しゃくりあげて、鼻をすすって、それでも一生懸命二人は涙の理由を話す。

「前の世界では動物と話せるってともだちとかに言ったら、へ、へんって言われてて。おかしいって。」

「動物とはなしが出来る人、ほかにいないから。だから、あた、あたまがおかしいって、大人のひとも。」

7歳の子どもに、そんなことを言うなんて――。椎香の眉間にしわが寄る。

「だから、みんながへんって言わなくてほめてくれたの、びっくりして。」

「すごくうれしかったの。この力をほめてもらえたの、パパとママ以外ははじめてだったの。」

「……そうだったのですか。」


その後、双子が泣き疲れて眠ったのを合図にその日は解散、椎香たち女子は部屋に引き上げた。

「瑠々と露々、すごいわね。こんなに小さいのに周りの人の無理解に耐えてきたのかしらね。」

「本当、すごいですよね……。今日、役に立てることがわかって嬉しかったでしょうね。」

「どこの世界にも勝手な人っているのねー。この子達偉いわ、本当。」

瑠々をおぶった彪砂の言葉に、羅歌も椎香も同意する。

「しっかし、本当重要な力よね。後方支援組では羅歌は魔法よね?」

「あ、あの……あまりお役に立てないかもしれませんが……。」

「で、椎香は?」

「……私?」

双子は動物との意思疎通、羅歌は魔法、十和は怪我の治療などだろう。皆それぞれに出来そうなことがある。

―――私は・・―――?


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