リンディアを出た一行は、とりあえずこの近くにあるという別の町を目指すことになった。

だがイリアの話によるとその町は高めの山の中にあるという。


第7話  神冥と神詠


「あーもう、また出たわ! ウイルス汚染された動物!」

「さっきウイルスを取り除いた猫耳鳥の言っていた通りですね……。」

そして、彼らが町を目指し登っている山の中はウイルス地獄。

多種多様な山の動物達が短期間で次から次へとウイルスに汚染されていったと、瑠々と露々が先ほどの戦闘後正気に戻った猫耳鳥から聞き出した。

「コイツ、まだ戦ったことないよな? 瑠々に露々、頑張ってコイツの声聞いてくれ!」

「うん!」

緋凪、彪砂、神冥、神詠の四人が最前線でいつでも攻撃出来る体制に入った。

瑠々と露々は意識をウイルスの向こうにある動物そのものの声に集中させる。

十和も羅歌も、すぐに動けるよう準備をした。リンディアで決めた戦闘時の役割分担は、回を重ねて少しずつ板についてきているようだ。

そんな中、椎香の役目は――荷物番兼道具係、ようするに“非戦闘員”。

一番敵から遠い位置にいるこの状況を、彼女は他の仲間に悪いと思いつつも楽だと感じていた。

「わかったー!」

「このコ、耳が小さくてあんまり聞こえないから目がすっごく大事なんだって。」

今目の前にいる汚染動物は、顔に対する目の範囲が大きく、その代わり耳は正面からだとまったく分からない。

二本足で立つそれはウイルスの影響なのか、今にも最前線にいる四人の誰かに襲いかかろうと大きな目を血走らせている。

「よし、じゃあ目を潰せば……」

「ストップ! 緋凪、あんたウイルス追い出した後の動物のことを考えなさいよね!」

「あ、そうか……。」

「羅歌、あれ出して! 小黒雲!」

「は、はい!」

目をつぶせば確かにウイルスはすぐに出てくるだろうが、この生き物に今後一生盲目で生きていかせるのは良心が痛む。

それに引き換え、リンディアで羅歌が椎香を守るときに使った小黒雲なら十分めくらましになる。

「えいっ!!」

………だが、音をたてて羅歌の手の平から吹き出たそれは黒くもなければ大量でもなくて、せいぜい“濁ったわたあめ”だった。

「羅歌、あんたそんな何度も失敗してんじゃないわよー!」

「ごめんなさいごめんなさい!」

魔法使いといえど見習いらしい羅歌は今みたいな失敗も少なくないことが、一緒に戦闘を重ねてきたメンバーにも分かってきた。

そうこうしている内に向こうが狙いを羅歌と彪砂の二人に合わせ、全体を見れる位置にいる椎香はいち早くそれに気が付いた。

「羅歌、彪砂! 後ろ気をつけて!」

だが、椎香がとっさに叫んで二人が後ろを振り向いた時には、神詠が地面の砂を相手の目にぶつけていた。

間髪入れず、目が見えにくくなった相手に神冥が強い蹴りを入れる。

「ギャウン!!」

すぐに動物の身体から出て来たウイルスを神冥が容赦なく蹴って殴って、あっという間に倒した。


「神冥ってば強いわねー。」

「本当だぜ、俺らの出る幕無かったよな。」

「お前達がもたもたとし過ぎておるのだ、もう少し手早く事を済ませられぬのか。」

「ご、ごめんなさい。」

責めるような神冥の口調に、羅歌が泣きそうな表情になる。

「ちょっと神冥、言い方考えなよ。羅歌もまだ戦い慣れてないんだからさ。」

椎香は羅歌を庇い、神冥をたしなめる。

神冥が元の世界で王であるが故の偉そうな態度に、椎香は嫌気がさしていた。

実際偉いのだろうが、何しろみんなと協力しよう、助け合おうという意思が全く見られない。

自分に少しでも意見されるのが嫌なのか、今も椎香の一言で一気に不機嫌になった。

――なんかムカつく。もう少しだけ言ってやれ。

そんな考えが芽生えた椎香はわざと大きくため息をついて、言った。

「あーあ、神詠はあんたみたいに偉ぶってなくて素直なのに。息子を少しは見習ったら…」

「何を言うか!!」

椎香が言い終わるか終わらないかの内に神冥は怒鳴って、神詠を指差して強い口調で言った。

「それは出来損ないのモノだ! 処分して新しく作らねばと思っていたものを……よもや私より優れておるなどと……!」

――は?

当事者親子以外の全員が耳を疑った。

――この人は何を言ったの? 自分の息子を何て言ったの?

呆然としている椎香達にも神詠にも目をくれず、神冥は顔を背けて歩き出した。

「神冥、どこ行くの!?」

「気分が悪い、散歩だ。」


「何なの、あの人………。」

全員の視線が無意識に残された神詠へと集まる。

泣くでも驚くでもショックを受けたようでもなく、ただ無表情で神冥が去った方を見る神詠。

そんな九歳児の姿に椎香は同情よりも違和感を感じた。

「しんえー、大丈夫?」

瑠々が神詠の側に寄っていって尋ねる。

「しんえー、“できそこない”って何?」

露々も瑠々の反対側に寄っていき、椎香達には聞きづらいようなことをあっさりと尋ねた。

「んーと……まあ、俺は出来の悪い子供だから。父さんは自分みたいに優秀で冷静な子供がほしかったんだってさ。」

「そんな、出来の悪いなんて……。」

「だからって、あの言い方は無いわよ! “処分”なんて、モノじゃあるまいし……。」

怒りながら彪砂は自分が神冥と同じ言葉を使ったことに気が付いた――“モノ”。

「なによ……神冥は神詠を…自分の息子を“モノ”だと思っているってこと?」

「彪砂さん! 神詠君の前でそんな……。」

「いいんだ。…俺は本当に失敗作なんだよ。王様は代々即位してすぐに、自分の遺伝子をコピーして自分と全く同じ能力や性格を持った赤ん坊を作るんだ。その赤ん坊が世継ぎになる。」

コピーされ人工的に作られた、コピー元と全く同じ――年齢だけが違う“いのち”。

椎香の世界で“クローン”と呼ばれている技術に近い。それが神詠――。

「おかあさんのおなかから赤ちゃんが生まれるんじゃないの?」

「そ。俺もそうやって作られたけど、五年経って九年経って、どうも父さんとは全然違った性格してる。九歳のときの父さんが出来たのに、俺には出来ないこともいっぱいある。だから失敗作ってわけ。」

「ですが、神詠君……。」

「いいんだよ。父さんは悪くない。」

神詠を気遣うような十和の言葉を、神詠本人が遮った。

「俺が父さんみたいになれないのが悪いんだ。だから父さんを責めないで。…俺も散歩!」

椎香達に言葉を挟む隙を与えないくらい一方的にまくし立てて、神詠は神冥が行った方と逆へ走っていった。

「あ、神詠……。」

そこは木が特に集中していて、器用に掻き分けていく神詠の姿はすぐに見えなくなった。

「……ねえ、露々。」

「うん、瑠々。」

「瑠々、露々?」

双子は互いに何かを呟き合い、ぎゅっと手を繋いだ。

隣にいた椎香がその行動に気が付いた瞬間。

「あたしたち、行ってくる!」

瑠々と露々はそのまま、神詠が消えた方へ走っていった。

「瑠々、露々!? 」


「ど、どうしましょう〜…。」

「瑠々と露々、神詠を追いかけて行ったんだな。待っていた方がいいのか…?」

「だけど、まだこの辺りはウイルスが残ってるでしょ? やっぱり子供だけだと心配よ。」

「そうだよな、神冥も戻ってこないし……。なあ、手分けして追いかけようぜ。」

緋凪の呼びかけに他のメンバーも頷く。

入れ違いになる可能性を考え十和をその場に残し、椎香と彪砂は神冥を、緋凪と羅歌は神詠達三人を探しに行った。


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