『……これが私から出来た赤ん坊か。かわいいな。』

“出来た”ばかりの神詠をそうっと抱き上げ、幼い神冥が微笑む。

『本当に私と同じ顔をしておるのだな!』

『ほほ、当然でございます。あなたさまの遺伝子を全くコピーして作られた世継ぎ様ですから。』

『ああ、私はこの子を立派な未来の王に育ててみせるぞ!』


第8話  苦しい親と悲しい子


出来損ない、と目の前ではっきり言われた。

城にいる父親の側近達の聞こえよがしな陰口や使用人の噂話でしか聞いたことのなかったその言葉は、時間が経つほど神詠の心に重くのしかかる。

父親が自分を嫌っていることは態度で分かっていたとは言え、ショックじゃなかったと言えば嘘になる。

――ねえ、俺はどうすればいい?

心の中での問いかけに答えるものは何もない。だが、その代わり。

「しんえーだ。」

「見いつけた。」

突然後ろから幼い声で名前を呼ばれた。予期していなかったため、驚いて振り向く。

「……何だよ、お前らか。」

「あはは、しんえーってばびっくりしすぎだよー。」

「露々笑いすぎ! ごめんね、しんえー。」

驚いた神詠の様子が可笑しかったらしく露々がけらけらと笑い、瑠々は露々を注意して軽く謝った。

「露々、お前なぁ! 後ろからいきなり呼ばれりゃびっくりしてもしょうがねえだろ!」

「だって、しんえーが心配だったから。」

露々の言葉に、神詠が真顔になる。

「ねえしんえー、しんめーと仲直りしようよ。」

神冥と神詠の親子仲が悪いことは幼い二人にも理解出来た。

だが、なぜ神冥は神詠を嫌うのか、なぜ神詠はそれを甘んじているのか。

「しんめーはしんえーのお父さんでしょ? 仲良しじゃないなんてさみしいよ。」

素直な感想を口にする自分より小さな二人が羨ましく、今はその存在が少し疎ましい。

瑠々と露々の場合は両親が二人にとってほぼ唯一安心出来る存在であるから尚更――

「ガキには分かんねえよ。」

「しんえーだってガキじゃん。」

「とわが言ってたでしょ、“分かんないことは教え合った方が旅をしやすい”って。」

「……それとこれとは別だって。」

神詠は口ではそう言うが、その表情は今にも泣き出しそうに見える。

「しんえー、しゃべっていいよ。ここはしんめーやしんえーのいた世界じゃないよ。」

「しんめーは今いないよ。だから何をしゃべっても、今は怒られないよ。ナイショにしとくから。」

自分の抱えている気持ちを言っていい。

都合が悪いならここだけの話にする。だから話してほしい。

言葉足らずでも、双子の心配する気持ちはまっすぐ神詠に届いた。

「……どうすればいいのかな。俺はどうすれば嫌われないのかな。」

我慢し続けていた気持ちが言葉となって、やはり我慢していた涙と共に少しずつ溢れ出す。

「言葉遣い直そうとしても、武道や勉強頑張っても、父さんは俺のこと好きになってくれない……。」

最後の方は、涙声になっていた。



――奴はいつもそうだ。私の苦労も何も知らずに……。

本当に“作り直せば”、この苦しみから私は逃れられるのだろうか。

「神冥ー! 神冥、どこー?」

静まり返っていた空間に、突然自分の名を呼ぶ声が入ってきた。

それが椎香の声だと気付いた神冥は、今見つかったら説教してきそうで面倒だと声から離れた…が。

「あら、いた。椎香ー、神冥見つけたわよー!」

「なっ……。」

椎香から離れようと立ち上がって一歩進んだ瞬間、木によって出来ていた死角から彪砂が現れあっさり見つかった。


「一体何をしに来た。」

「あんたを探しに来たに決まってるでしょうが。」

不機嫌な様子で二人と目を合わそうとしない神冥、そんな神冥をまっすぐ見上げる彪砂。

「ねえ神冥、神詠にさっきのこと謝ったら? 事情は知らないけど、あそこまでいうことないじゃない。」

「お前達に関係ないだろう。」

彪砂が説得を試みるが、神冥は聞く耳を持たない。

――確かに、関係ないっちゃあないのよね。

椎香はここまで来たものの、神冥を説得する必要があるのか―ふと思った。

成り行きで一緒に旅をすることになったとはいえ、所詮は他人。

他人のプライバシーにあれこれ関わっても良いことはないと知っているし、第一面倒くさい。

人に何か言われたらすぐ不機嫌になる神冥を説得なんて無理――と思っていても、それを彪砂に言うのも憚られるため、成り行きを見守る役に徹することにした。

「関係なくないわよ。一緒に旅をする仲間が親子喧嘩しているなんて居心地悪いんだから。第一、神詠が可哀相よ。」

彪砂の言葉で、九歳にして何かを諦めたような神詠の寂しそうな表情をふと思い出す。

「あれが出来損ないに育ったのは私のせいだと言うのか!」

「そんな事言ってないでしょ! ていうか、出来損ないって言い方もやめなさいよ!」

「出来損ないは出来損ないだろう、奴は私とは違うモノになってしまったのだから!」

神冥のその言葉に、彪砂は怒りのあまりつかみ掛かろうとした――が。

「……あんた、さっきから何言ってんの?」

パン、と鳴った小さな音は椎香の手が神冥の頬を叩いたもの。

言い合いに今まで参加していなかった椎香の突然の行動に、神冥も彪砂も思わず怯んだ。

「黙って聞いてりゃ随分と自分勝手よね。神詠が全部悪いみたいじゃない。あんたが全部悪いとも言わないけど、神詠にもどうしようも無いことだってあるでしょうが!」

「椎香……。」

椎香はまっすぐ神冥を睨みつけ、声を震わせ訴える。

「あんた親なんでしょ? 歳が近くたって親になった経緯がどうあれ、あんたが神詠の親なんでしょ? 親が子供を否定したら子供がどう思うかぐらい分かってよ!」

一番愛してくれる存在であるはずの親に、否定される。

心はボロボロに傷つき、それでも親を恨むことはせず、“親を怒らせてしまう自分が悪い”と言い聞かす。

本当は優しい人なのだから、自分がいい子になれば親は笑いかけてくれると信じる。今の神詠のように。

だけど、そうやって自分自身をおとしめていても何も解決しない。

親にも自分にも愛されない状態が続く……その苦しみは想像を絶する。

神詠も気丈に振る舞ってはいたが、心はどれほど蝕まれているのだろうか。

「私を……お前達も、私を責めるのか。私を責めて……王に相応しく無いと……?」

「……え、ちょっと神冥?」

王に相応しいかなど、そんな話は今はしていない。

明らかに先ほどまでと様子が変わった神冥に恐る恐る彪砂が声をかけたが、その声も届いていないらしい。何かをブツブツ呟いている。

「私だって……愛そうとした。」

――いや。最初は純粋に愛していたのだ、我が息子を。


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