時は1910年。

本田家は菊、、湾の三人家族。

そして今日からもうひとり増え、四人になる――


あの日あのときの私達。


「菊にぃに、この本はどこに片せば……あれ?」

小一時間前までは菊がいたはずの茶の間には心なしか機嫌の悪い湾がいるだけ。

「日本のにーにならもう行ったよ。」

「ずいぶん早くに出たのですね……全然気付きませんでした。」

実は菊はちゃんとにも行ってきますを言い、も返事をしたがどうやら本に夢中になっていたため生返事だったらしい。

「気合い入ってるんでしょー。面倒見るため清のにーにともロシアさんとも喧嘩したし上司も犠牲になったし。」

「そうですね……ここまで本当大変でした。」

国際社会の合意の下、生活に苦労しているヨンスを菊が面倒見ることになった。

の言葉と表情がそれに至るまでの紆余曲折っぷりを思わせる。

そしてと話しながらも湾の機嫌は中々直らず、むくれたまま。

「私の方が先に日本のにーにと暮らしてたのに、韓ちゃんの方を贔屓する気満々なんて納得いかない。」

「うーん……またお金飛んじゃいますね〜。」

はヨンスの家の様子を思い浮かべ、力なく笑う。

「インフラ整備や教育改革するなとは言わないわよ。だけど“一等国民”“二等国民”ってどういうコト!?」

湾の怒りももっともで、菊の家において湾の家の国民よりもヨンスの家の国民が優遇されることは、面倒を見るという行為を表す二種類の単語から見ても明らかだ。

「気持ちはわかりますが……ヨン君と会うの久しぶりじゃないですか、機嫌直してください。折を見て私からも菊にぃにや上司にお願いしてみますし。」

「まあ、がそう言うなら……。」

「ただいまなんだぜー!!」

湾の言葉は玄関から聞こえた声によって遮られた。

「ただいま帰りました。」

「思ったより早かったですね。」

「韓ちゃん声デカ……。」

二人が玄関へ出迎えに行くよりも早く、茶の間のふすまが勢いよく開かれた。

「湾、! 久しぶりなんだぜー!!」

「はい、お久しぶりです! 元気そうでほっとしましたー。」

湾は未だ複雑そうだが、は素直に幼なじみとの再会を喜ぶ。

「これで俺も近代国家になれたんだぜ! 日本とと湾と四人で仲良く暮らすんだぜ!」

ヨンスのまるで子供のように素直な言葉や屈託のない笑顔に、湾の表情も穏やかになる。

(まあ、頑張るよ……。)

「よろしく韓ちゃん。でも覚悟するのよ、日本のにーにはかなりスパルタよ?」

「えーっ! 厳しいのは嫌なんだぜー!」

「甘いよっ!」

「あはは、とりあえず今日はゆっくりしましょ。菊にぃに、お夕飯どうします?」

「そうですね……韓国君は何か食べたいものありますか?」


国と妖怪とはいえ、その雰囲気は仲のいい人間の家族そのもの。

菊の指導と教育のもとヨンスも湾もぐんぐん近代化していき、二人のところの国民もいつしか日本人と同化していった。

厳しくても平和で、忙しくも楽しい日々。そんな暮らしがこれからも続いていくと思っていた。


思っていた。



そして時は流れ、時代は昭和――。

「何故! 何故アメリカさんは分かって下さらないのですか……!」

「大陸に住む日本人の安全の為の出兵なのに“侵略”など……。」

「首都まで頑張れば終わると思っていたのに全然終わらないし……。」

耀の家の内戦や、耀を自分の家に入れたいイヴァンの暗躍の巻き添えと言えないこともない二度目の喧嘩。

菊も上司達も毎日朝から晩までこの喧嘩を終わらせるため、そしてアルフレッドの家との喧嘩を防ぐために絶え間ぬ努力をしていた。


「お帰りなさい、菊にぃに。」

「ただいま帰りました……一人ですか? 台湾さんと韓国君は?」

「二人とも今日は自分の家の帝大を視察に行きましたよ。」

「ああ、そうでしたね。」

家に帰っても菊の表情は暗く、顔色もあまりよくない。

「………菊にぃに。」

――耀にぃにとは仲直り出来ますか。アルさんは分かってくれそうですか。これ以上の喧嘩は避けられますか。

――菊にぃには、大丈夫ですか。

聞きたいことは山ほどある。だが、どの言葉も口から出てこようとしない。

たとえ純粋な心配でもそれらを口に出すことで、菊の疲労に追い撃ちをかけてしまいそうで言えない。

もうどうしようもないくらい世界という船は嵐へ向かっていると、にも分かっている。

「あの、ご飯は……。」

「すみませんが、食欲がないんです。先に休みますね。」

「……はい。」

あんなに大きかった背中が小さく見えるのは、が成長したせいではない。


「じゃあ、行って来ますね。留守を頼みます。」

「はい、行ってらっしゃい。」

今日は何か進展するのだろうか、それとも何も起こらないのか。

下手に船が進んでしまうよりはむしろ何も起こらない方がいいという気にさえなってくる。

「……。」

行こうとした菊が振り返り、笑顔を“作って”の頭を優しくなでた。

「大丈夫ですよ。」

「…………!」

からから、ぴしゃんと戸が閉まり菊の姿が見えなくなって、はへなへなと座り込んだ。

「菊にぃに…菊にぃにっ…!」

悲しい。切ない。――自分が情けない。

それら負の感情がぐちゃぐちゃに混ざって、涙になって後から後からあふれてくる。

菊はきっと全て分かっている。

の心配事、聞きたいこと、菊を心底心配していることも口に出さずとも全て分かっていて。

それでいてわざわざ“大丈夫”と言ったということは。

――これ以上不安にさせるわけにいかないと、“心配しているのことを”心配している。

「ただいまなんだぜー!」

「ただいま、思ったより遅くなったよー。日本のにーに、もう行っちゃったー?」

ヨンスと湾が元気よく戸を開けた瞬間、泣いているに気が付いた。

「…!?」

「湾ちゃん、ヨン君………!!」

不安でたまらないが現時点で唯一泣きつくことの出来る目の前の親友二人を見て、とうとう彼女は声を上げて泣き出した。


後半へ⇒



湾ちゃんの口調をドラマCDに合わせようとしてみた。でもにーに呼びは変わらんw

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