四天王ゴヨウの唯一の趣味は、読書。
ある日の休日、彼は行きつけの図書館に来ていた。
この図書館は大人向けの難しい本だけでなく、児童書や学問のための本も数多く置いてある。
今、ゴヨウの前には10歳くらいの少女が座っていて、「ポケモン用語の基礎知識」を必死に読んでいる。
(そういえば……。)
彼は知っていた。やはり10歳ぐらいの少女で、自分を倒す事に必死なのに、とても楽しそうにバトルをしていた……。
「彼女は今、どうしているのでしょう……。」
「え?」
「え?」
「何?」
「……どうかしましたか?」
「どうかしましたか?って、こっちのセリフですよ。」
ここはポケモンリーグ。
シンオウ地方の四天王とチャンピオンが、挑戦者を待ち受ける場所。
今日は定休日だったが、大掃除のため、熱を出して休んでいるキクノ以外のメンバーが集まっていた。
「こっちのセリフですよ…って、何かあったのですか、リョウ。」
四天王の1人、リョウは大きなため息をついた。
「だから、ゴヨウさん今さっき“彼女は今、どうしているのでしょう”って言ったじゃないですか。何のことですか?」
ゴヨウはその言葉を聞き、一瞬考えるような表情をし、
「ああ……私、声に出していたんですね。……私がまだ四天王の一員になって1年少しの頃ですけど、よその地方からの挑戦者がきたんですよ。」
「へえ、珍しい。俺とリョウは……まだ一般人ですね、その頃。」
オーバも会話に加わる。
「ええ……。」
ゴヨウはゆっくりと語り始めた。
5年前―――
1人の元気な少女が、四天王とチャンピオンへの挑戦権を手にやってきた。
「ねえ、みんな。今日の挑戦者はホウエンの出身らしいわ。ホウエンのポケモンで挑んでくるのかしら?」
当時既にチャンピオンの座についていたシロナや、他の四天王達は珍しくうきうきと挑戦者を待っていた。
「ほら、あそこにいるわ。うわぁ、結構若そうね。ねえ、ゴヨウも。」
「……興味ありません。」
誰が来たって同じこと。このゴヨウに勝てる挑戦者などいないのですから。
挑戦者は全員、この女性―――チャンピオンに勝つための修行の相手です。
ゴヨウはそんな事を考えながら、今日も自分の番が来るまでの間本を読んでいた。
当時はキクノが四天王の3番目だった。
「あら、キクノさん負けたわ。ゴヨウ、いってらっしゃい。」
「はい。」
「ねえゴヨウ、たまには負けてよ。貴方が四天王の座についてから、私ヒマなのよ。」
「……嫌です。」
ちょうど読み終えた本をテーブルに置き、ゴヨウはバトルの部屋へと行った。
ゴヨウが所定の位置につくのとほぼ同時に、挑戦者の少女が部屋へやってきた。
「始めまして!」
少女は元気よくあいさつをした。
「四天王は、お姉さんで最後だね。よおし、頑張ろう!」
いかにもやんちゃなトレーナーといった感じの、10歳かそこらの少女。
「………私は男です。」
「え、そうなんだ。ごめんなさい!お兄さん、髪の毛が長いからてっきり。」
そしてその少女はゴヨウに負けた。勝敗がついたとき、ゴヨウの手持ちは半分残っていた。
「えー。うっそ。お兄さん、強いなぁ。」
少女は自分が負けたのが信じられないといった様子だったが、ゴヨウはむしろ少女のそんな様子が信じられなかった。
「当たり前です。私は四天王ですよ?」
「むー、そっかぁ。でも、次は私が勝つかもしれないよね。」
そういって、少女は去っていった。
3日後、また現れた。
7日後にもやってきた。
しかし、キクノまでは難なく倒せても、ゴヨウにはどうしても勝つことができなかった。
「何で何でなんでー?」
何度負けても懲りる様子のない少女。実際、再挑戦のたびに彼女のポケモンは強くなっていたのだが。
「お兄さん、私決めたよ!」
「…なんですか?」
てっきりまた「次は私が勝つ」と言い残して帰ると思ったのに。
「1回、家に帰るよ。お父さんやお母さん、お姉ちゃん達と妹にも1年以上会ってないし、ホウエンでもう一回修行して出直して来るんだ!」
そして、「次は私が勝つ」を付け加えた。
「まあ、頑張ってください?」
「うん!!」
少女が去った後、ゴヨウは「あれ?」と思った。
(”頑張ってください”なんて、今まで口にした事なかったのに。)
「………ですが、それきり彼女が来る事はありませんでした。」
「……なんか不思議ですねぇ。その子がそれきり来なかったってのもですけど、ゴヨウさんがその子をずっと忘れなかった…ってのも。」
オーバが言うと、続いてリョウとシロナも、
「確かにそうですね。いつもは負かした挑戦者のことなんて戦いの翌日には忘れてるのに。」
「本当ね。でも、私も彼女のことは覚えているけど、あれからどうしちゃったのかしら?」
「何ていう名前なんですか?ホウエンの知り合いに聞けば分かるかもしれませんよ。」
「名前……。」
「名前、名前……。」
ゴヨウとシロナはしばらく考え込み、2人ほぼ同時に“あ”という顔をした。
「思い出したわ。」
「彼女の名前は、」
――――――