彼女が花の芽にやってきた!

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第四章 1年目冬の月

1 冬のはじまり

「わー、すっごい。見事に真っ白!」

冬の月がやってきた。ユーリアが外に出ると、辺りは一面真っ白、文字通りの雪景色。

「すごいね、こんなに積もるんだー。」

ユーリアの実家がある都でも雪は降るが少しだけ。たまに積もる年もあるが、都会特有の熱気ですぐに溶ける。

「んー、みんなをうかつに外に出せないのが残念!」

出来れば動物たちと雪の中ではしゃぎたいのだが、あいにくそれが可能なのは牧場のメンバーでは犬のたろおと馬のブラウンだけ。

きれいな雪に足跡をつけるのを何かもったいないと感じながら、ユーリアは牛小屋へ向かった。


冬場は動物の世話を終えると特に仕事がない。

「よし、この冬に家の増築を目指すぞ!まずは薪割り、薪割り。」

月山の切り株を見つけてはカツーン、カツーンとたたいて割っていく。

「よう、ユーリア!せいが出てるな!」

「おはよう、源さん!へへ、まあね。」

「頑張れよ、おめえの家、豪華にしてやっからな。」

「わあ、楽しみ!」

1人暮らしとはいえ、いつまでも一部屋しかない家で暮らすのはさすがに厳しい。

貯金も溜まってきたしあとは資材を集めるだけだ、とユーリアは張り切っていた。

「……どうしよう。」

…………若干、張り切りすぎた。ユーリアの目の前には資材の山、山。

「いくらあたしでも、一気に全部は持って帰れないなあ…。小分けするしかないか。」

仕方がないので資材の三分の一ぐらいを抱えた。すると。

「あ!」

そのうち1つがきちんと持てていなかったのか、するっとこぼれた。運悪く坂道の方に転がり、円柱形なのでそのまま転がってしまった。

「あー、待って待って!」

慌ててユーリアは追いかける。

ユーリアが追いつく前に資材は別の人物の足にこつんと当たった。その人物は振り向き、資材を拾う。

「……木?」

「あ、クリフ君!」

追いついたユーリアは資材を拾った人物――クリフに声をかけた。彼もユーリアの姿を見、微笑みかける。ただし、口元だけ。


2  離れたい

「……クリフ君、何かあったの?」

クリフの様子に漠然と違和感を感じたユーリアは、恐る恐る尋ねた。

「何かって、何?」

クリフの表情は変わらない。

「えーと、何て言うか……。」

“漠然とした違和感”を置き換えられる言葉を探す。

「なんか、元気ないみたいだから。」

「そんな事ないさ、元気だぜ。」

やはりクリフの表情は変わらない。

「……そう?」

違う、何か違う。“漠然とした違和感”が、“漠然とした不安”になっていく。恐怖や恐れなどではない、とにかく“漠然とした不安”だった。

「……ねえ、」

「あのさ。」

クリフが口を開く。

「お前、ここを離れたいって思った事、あるか?」

「え……?」

「いや、何でもない。」

クリフは自嘲気味に笑うと、ユーリアが次の言葉を言う前にその場を去った。

「……っ、待って!」



『――友達を裏切ったりしないよ。』

『私はクリフを信じてる。』

――信じていたのに。

『俺じゃない。あいつが、クリフがやったんだ。』

『クリフなんて、もう知らない!』

――俺が何をした? 何故信じてくれなかった? ――何故、信じさせてくれなかった?

「クリフ君!」

自分を呼ぶ声に、クリフは我に返った。振り向くとユーリアがそこにいる。

(追いかけて来たのか……。)

「クリフ君……クリフ君は、ここを離れたいって思ってるの?」

不安げに尋ねるユーリア。

「まあな。」

ユーリアの方を見ずにクリフは答える。

「…どうして?」

「疲れたんだ、ここにいるのに。……みんなが優しいから。」

「……え?」

「……ごめんな、ちょっと一人で考えたい。」

クリフはそう言って、自分がさっき来た方へ走っていった。


「……どういうこと?」

後に残されたユーリアは戸惑うばかり。“みんなが優しいから、ここを離れたい”というクリフの言い分が彼女は理解出来ない。

「やばいわね…。」

「うん……ん?」

突然後ろから聞こえた声に振り向くと。

「のわ!め、女神様、なんで!?」

「この泉は私の居所よ、忘れたの?」

「だって、お供え物入れてないのに!」

「私は私が出たいときに出ますぅ。…そんなことより。」

女神は急に真面目な顔になった。

「やばいのよ。クリフを止めないと、本当に出て行ってしまうわ。」

ユーリアは頷く。

「でも、なんで出ていきたいんだろう……。」

「慎重に探っていくしかないわね……。出来るわよね?」

「……頑張ります。」


3 ケイン

「どうしようね。」

『難しいね。』

あれから数日経ったが、全くいい考えが思い浮かばないユーリア。動物たちに相談したりもしたが、結果は同じ。

クリフはというと、まだ町を出ていってはいないものの、いつ出て行ってしまうか分からない。

「とりあえず、月山に行ってみるね。」

クリフと話を出来るのか、そもそも会えるのか分からないが、何もせず思い悩むのは性に合わない。ユーリアは鶏の餌をやり終えると外に出た。

「……寒い、ね。」

冬の月中旬。それは、かつてユーリアの母シンシアが病気になり、ゆっくり確実に弱っていった時期でもある。

――お母さん……。

彼女が普段心の奥深くに隠している感情が出て来そうになる。

「……行こっと。」

それを振り払うように首をぶんぶんと横に振り、ユーリアは山へ向かった。


ヒュツと風を切る音がした。それに気が付いたクリフは空を見上げる。と、次の瞬間、右肩にずしっと重みを感じた。

「……ケイン。」

肩にとまった自分の相棒の名を呼ぶ。少し前に釣った魚を食べさせ、クリフはケインをじっと見る。

「なあ、ケイン。」

ケインの名前を呼びはしたが、クリフの口調はほとんど独り言。

「そろそろ、この町を出ようと思うんだ。ちょっと、ここの奴らと仲良くなりすぎたもんな。」

『…………。』

ケインから見たクリフの表情はとても寂しげで。ケインは急に空を見上げ、飛び立った。ある人物を探しに。


同時刻、月山のふもと。ちょうどユーリアが到着したところだ。

「クリフ君、いるよね……?」

きょろきょろと辺りを見回し、普段彼がいることが多い、洞窟付近へと向かう。そんなユーリアの遥か上空で、ケインは彼女の姿を見つけた。

「?」

風を切るようなかすかな音にユーリアが顔をあげると、一羽の鷹が自分目掛けて飛んでくる。

それに気付いた次の瞬間、ユーリアは肩にずしりと重みを感じた。

「ケイン……だよね?」

ユーリアの問いに、ケインはこくんと頷く。

「どうしたの?珍しいね。」

ケインがこんな風に、クリフ以外の人間の肩にとまることはまず無い。まさか別れの挨拶じゃ、とユーリアはどきっとする。

『……お前を、探してたんだ。』

「あたしを?」

『ああ。お前は、俺の言葉が分かるんだろう?』

ケインの瞳は真剣だ。

『……お前ならクリフを救える。俺の言葉、あいつは分からないから。だけど、お前なら俺の言葉、あいつに伝えられるだろう?』

それは、つまり。

「クリフ君のこと、私に話してくれるってこと?」

それをクリフはけして望みはしない。ユーリアもケインも、それはわかっている。

だが、ケインは話し始めた。今を逃せば、クリフは救われない気がしたから。


4 過去と今と未来

『俺とクリフはここに来るまで、色々な場所を転々としていた。都会にも行ったし、ここみたいな田舎にも行った。』

ユーリアは黙ってケインの話を聞いている。

『だけど、15歳まではある町に定住していた。ここから遠く離れた大きめの町だ。俺と出会ったのもその町だ。』

以前、クリフは子供の頃少しだけ花の芽で暮らしていたと聞いた。

(きっとその後、その町に行ったんだ…。)

『楽しかった。クリフの両親は死んでしまっていたから施設で暮らしていたが、大事な友人たちと、毎日過ごしていた。俺はまだ小鳥だったけど、よく覚えてる。でも―――』


ある日、事件が起こった。

「きゃーっ、誰か!!」

町の有力者が何者かに刃物で刺され、亡くなった。その者は子供嫌いでクリフの暮らしていた施設を快く思っていなかったため、施設職員や子供たちとの折り合いは悪く、特に一人の少年――クリフの親友とは仲が悪かった。

「俺……俺…どうしよう、クリフ。」

殺すつもりは無かったと、少年は言った。施設の、自分たちの酷い悪口を言われ、カッとなって………。

「ちょっと脅かすつもりだったんだ。それ以上言うと承知しないぞって。……どうしよう、大変なことになったよ……。」

自分のしたことの大きさに震える親友に自首を勧めることは、当時のクリフには出来なかった。

「……黙ってれば、分かんないよ。……二人だけの、秘密だよ。」


だが、少しずつその少年が犯人では、という噂がたち始めた。

クリフは何度も何度も「自分は誰にも話していない」と言ったが、少年の疑心は募り、そして――

「俺じゃない、あいつが――クリフがやったんだ!」

施設職員も町の人も他の友人も皆、少年の方を信じた。全くの偶然なのだが、事件当時のクリフにはアリバイが無かった。

裏切られ、信用されず、人殺しのレッテルを貼られたクリフは、ある夜逃げるように町を出た。

「……お前、俺についてきてくれるの?」

唯一それに気付き追いかけたのが、ケインだった。

「……お前は、信じてくれるんだね。」


『それ以来ずっと一緒にいた。違う町で、クリフが心の傷を癒せたら。今度こそ、心から信頼し合える誰かに出会えたら。ずっとそう思ってた。』

だが、現実はケインが思うよりずっと厳しかった。余所者を忌み嫌う町。隣人なんか知りもしない、人間関係の希薄な町。

クリフが再出発出来るような町は無かった。

『だけど、ここは違う。ここなら、クリフはきっとやり直せる。』

「……うん。」

(ああ、分かった気がする。)

クリフはあの日のような“裏切り”を恐がっている。優しいから。友好的だから。気を許してしまう。信じてしまう。

――そしてもし、また裏切られたら――

だけど、今逃げたらきっと、一生そうやって生きていくことになる。


「クリフ君。」

泉の近くにいたクリフを見つけ、ユーリアは声をかける。

「……ケインから聞いたよ、クリフ君のこと。」

クリフは驚いたように目を見開く。

「悲しかったね……頑張ったんだね、今まで。」

クリフは依然黙ったままで、顔をユーリアの方に向ける。

「すごく辛かったんだってこと、分かる。でも、過去の辛いことに足引っ張られて、今や、未来の幸せを逃したら、その方が辛いよ。」

慎重に言葉を選び、ゆっくりとユーリアは話す。

「私も、クリフ君に信用してもらえないのは悲しいよ。昔のクリフ君と一緒で。それに、私だけじゃなくて……。」

「あー、いたいた!」

ユーリアの言葉は、元気な声に遮られた。

「クリフ、やっと見つけた!ハリスさん、いたよー!」

「ランちゃんにハリスさん。」

声の主はラン、その後ろからハリスも現れた。二人とも、何かを多く抱え持っている。

「あ、こんにちはユーリアさん。ユーリアさんもよかったらどうぞ。」

ハリスはそう言い、持っていたものを一部ユーリアに差し出した。

「これ……お菓子?見たことないや。」

「実家から大量に送られてきたんです。はい、クリフさんもよかったらどうぞ。」

「え……。」

ハリスと、彼が差し出したお菓子をクリフは交互に見る。

「クリフさんにはいつもお世話になってますから。あ、もちろんユーリアさんにも。」

「ハリスさん、ずーっとクリフのこと探してたんだって。お礼言いなよ?」

「……あ、ありがとう。悪かったな、探させてしまって。」

いえいえそんな、とハリスは笑顔で手のひらを振る。

「最近クリフさん元気なかったみたいですけど…あまり思いつめたらだめですよ。僕、とりえとか無いけど愚痴聞く位ならできますし。」

「最近あんまりうちの牧場に動物見に来ないでしょ。……なんか、気になって。そしたらちょうどハリスさんがクリフ来てないかって聞きに来たから一緒に探してたんだけど。」

顔を赤らめながら、ランは続ける。

「また、来てよ。動物たちもクリフのこと、気に入ってきてるみたい。」

それはクリフにとって救いの言葉。

――今や、未来の幸せを逃したら、その方が辛いよ――

幸せは、ここで手に入れることができる。きっと。

「ハリス、ラン……それに、ユーリア。ありがとう。」

ランは照れたように、ハリスとユーリアは穏やかな表情で微笑んだ。


5 1年の終わり

「聖夜祭?」

冬の月も半ばを過ぎたとても寒い日、ユーリアは風邪を引いたリックの見舞いに来ていた。

「うん……何とかそれまでに風邪治さないと。」

「それってどんなお祭りなの?」

お粥の食器を洗いながらユーリアは尋ねる。

「ああ、そうか……えっとね、みんなで教会に集まって、楽器の演奏を聞くんだ。演奏者は町の女の子達。で、その後各自好きな場所で星を見たりするかな。」

「へえ、楽しそう。だったら早く治さないと…ほら、本なんて読んでないで!」

リックの手から本を奪う。

「またヘンな発明考えてるの?」

本のタイトルを見たユーリアは呆れる。

「失礼な。ヘンじゃなくて画期的な……ゲホゲホ。」

「ああもう、寝ててってば!」


……とまあこんな感じではあったが、リックの風邪は数日後に無事完治した。

「ユーリアちゃーん!」

「ポプリちゃんにエリィちゃん。おはよー。」

ユーリアが牧場の柵を整備しているところに2人が訪ねてきた。手には楽器を持っている。

「聖夜祭の練習?」

「うん、これから広場で。ねえ、ユーリアちゃんも一緒に演奏しない?」

そう言ったのはエリィ。

「前吹いてくれたオカリナ、素敵だったもん。一緒にやろう!」

ポプリも同意する。ユーリアは少し考えた後、「うん!」と頷いた。

「やったー!じゃあ一緒に広場に行こう。練習、練習!」

「あ、待って。部屋からオカリナ持ってくる!」

ユーリアは資材を片付け、部屋に入った。

「オカリナオカリナ…あった。」

みやげ屋で買った水色のオカリナを持って、ユーリアはポプリ、エリィと一緒に広場へ向かった。


そして、聖夜祭当日。

「ユーリア。」

「リック、風邪治ったんだ。よかった。」

教会には町の住民ほとんどが集まった。マリー曰わく、ここまで集まるのはかなり珍しいらしい。

「ユーリアちゃんが来てから、町の絆が前よりもっと深まったみたい。」

彼女はそう言って笑った。

「じゃあ、演奏を始めます。曲目は毎度お馴染み“月の下でおどろう”。」

ボーカル担当のカレンの言葉で、演奏が始まった。

月の下でおどろう

私たちの町の 大きい綺麗な月の下で

この町にうまれた喜び この町で生きる喜び この町がある喜び

全部抱きしめておどろう

あの日の過ち 悲しみ全部許せる日まで

月の下でおどろう

私たちの町の 真の平和を願って

何事にも何人にも侵されない みんなで力を合わせ 愛する全てを守ろう

そしてまた月の下で

平和を祝っておどろう

美しい音色と美しい歌声。その場にいた誰もが、歌詞の通り平和と幸せを感じていた。そして、ユーリアも。

「ユーリアちゃん、月山に星を見に行こう!」

自分を呼ぶランの声に振り向けば、夏の花火大会のメンバーがにっこり微笑んでいる。

「うん!」

その輪の中にはグレイとクリフもいた。


“みんなで笑っていられる幸せ”を感じながら楽しい時間を過ごしたユーリア。

しかし、楽しい気分は家に帰ってすぐにしぼんだ。

「……父さん……。」

ポストに入っていた父親からの手紙に書かれていた事は、ユーリアの気持ちを暗くするのには十分な内容だった。

「……負けない!」

ユーリアは手紙を捨てた。

「私は絶対、この町でみんなと幸せに暮らすんだから。」


3年以上(!!)かかって、やっと1年目が終了です。長い。長すぎる。

だらだら〜っとした小説を読んでくれている方、本当ありがとうございます!

今後は管理人すら忘れかけていた“おにいちゃん”やらユーリアの行く末やらガンガン書いていきます。

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