誰か罰して、罵って。

あの人を好きだと思ってしまう私を。

誰か私に気付かせて。

女に戻りたいと思うなんて、それだけで罪なのだと。


第10話 の思い出


「あの、すいません!」

「ん?」

明らかに自分へ向けられた声にが振り向けば、そこにいるのは小さな少女。

「あの、お兄さん“忍術学園”ってどこか分かりますか?」

「ん? ああ…。お前は学園の関係者なのかな?」

相手が幼子でも、敵に利用されてスパイとなっている場合が無いわけではない。

「あ、あたしは四年生の武庫靜の妹で、武庫遙といいます! お姉ちゃんが前家に帰ってきたときの忘れ物を届けたくて……。」

武庫靜とはも何度か話した事がある。

「そうか。なら一緒に行くか。私も学園に行くところなんだ。」

「はい!」

幼い遙を見ながら、はそういえば、と思い出した。

(昔、似たことがあったっけ……。)


まだが遙くらいの年の頃に出会った、一つ上の少年。

忍術学園に入学する日に道が分からなくなっていたのを、が途中まで一緒に行った。

(今、どうしているんだろう。)

学園を辞めていなければ六年生。

顔も思い出せないが、ひょっとしたら出会っているかもしれない。

――最も、その時はまだ女の子だったので、たとえ向こうが覚えていても気付かないだろうが。


「大丈夫か? 遙ちゃん。もう少しだからな。」

「はい!」

学園の門が見えたと同時に、靜がそこから出て来るのも見えた。

「お姉ちゃん!」

姉の姿を見つけ、遙はたっと駆け出した。

「あれ、遙!」

「はいこれ、忘れていたでしょ?」

「あ、やっぱり家にあったのね……ありがとう。よく一人で来れたわね。」

「あのね、あのお兄ちゃんが連れてきてくれたんだ。」

そこで初めて靜はの姿を見、ぽっと頬を赤らめた。

先輩……! あ、ありがとうございます!」

「いや、私は一緒に来ただけだから。じゃあな、武庫さんに遙ちゃん。」


、帰ったのか?」

「留先輩。ただいま帰りました、はい買ってきた釘。」

「おお、助かったよ。ありがとうな。」

留三郎はそう言っての頭を撫でた。今まで幾度も繰り返された行為。

「…もー、留先輩! 私は一年生じゃないんですから。」

子供扱いに怒ったふりをして、温かいその手から逃れた。

そうしないと、とっくに葬った筈の“女の自分”が、また蘇り、主張をする。

「はは、悪い悪い。」

「って、悪いと思ってねーでしょ!」

とう! と、留三郎の体を叩く真似をする。

自分は男だと、繰り返し言い聞かせながら。



「つまりは、は女に戻りたいと思っている……と?」

「ええ、兄様。」

所変わって、忍術学園から離れた小さな茶店。

小声で話しているのはと彼女に少し似ている美女……に変装している彼女の兄。

運良く仕事明けの彼を捕まえたは、昔からこの兄が自分とを一番可愛がってくれていることから、思い切って相談している。

「もちろんが言ったわけじゃ無いけど、私には分かるの。」

それは双子としての勘か、それとも忍者としてか、はたまた女の勘か。

とにかくに関して、の勘が外れた事は無い。

「で、はどうしたい?」

「私…私は、に今以上苦しんでほしくない。幸せになってほしいの。」

――似たもの姉妹だな、と兄は思った。

大きくなって、忍術を学んで強くなっても、根本的な部分は変わっていない。

だが彼は、それが悪いとは思わない。

「よく聞け、。世の中には変わらなくて良いものと、変わるべきものがある。忍であっても同じことだ。」

「……兄様。」

「お前の…お前達の好きにしたらいい。尻拭いは私がしてやる。」

「……兄様!」

の目元が潤む。

兄の言葉は、彼女を十分に勇気付けた。

「爺様共も……も、変わることを酷く恐れている。だから、お前はその壁をぶち壊せ。」

「はい。」


――私だけが幸せになることは出来ない。

だからといって、幸せを捨てることは間違いだと、綾部君が言ってくれた。

なら私は、一緒に幸せになれる方法を探す。たとえ、険しい道のりでも。

私は……私も、可能性が一厘でもある限り、諦めたくない。

“姉様”のを。


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