『お兄ちゃん、どこに行きたいの?』
『忍術学園ってところなんだ。お前、知ってる?』
大きな荷物を持った少年が、たまたま通りがかった少女に尋ねている。
『知ってるよ! だって私の兄様や姉様が通ってるもん。こっちだよ……』
少女の後を追いかけようとした瞬間、留三郎は目を覚ました。
「うわ……懐かしい夢見たな。」
五年前、忍術学園に行く道が分からず山の中で迷った時、助けてくれた少女。
彼女の兄弟も学園の生徒で、彼女自身も来年から通う予定だと言っていた。
予定通りで中退していなかったら、今彼女は五年生に在学中のはず。
(何で今になって夢に出てきたんだ?)
彼女が入学したかもしれない四年前、くの一教室に彼女に似ている少女を見つけた。
ただ、すでにうろ覚えだったため確信は持てず、今でも聞けないまま。
「あ〜……なんか急に恥ずかしくなってきた。」
夢のせいで、彼女への淡い恋心までも思い出してしまった。
「……本人に聞いてみるか? あれはお前かって。」
一度気になりだしたら確かめないと気が済まない。
休日でよかった、と留三郎は思った。
「……おい、。」
「あれ? 食満先輩。」
は池の鯉に餌を与えていた。周りに人はいない。
「を探してるんですか? 私も朝から見てないんで分かんないですけど……。」
「あ、いや。そうじゃなくてだな。」
確かに自分がに話しかけるのは大半が関係だが、今日は違う。
「その……お前に聞きたい事があるんだ。ずっと気になっていて。」
「私に……ですか?」
は首を傾げる。
「ああ。お前、さ。学園に入る一年前、男に道案内した覚え無いか? 忍術学園に行く道。」
気恥ずかしさからか、“俺に”とは言わなかった。
「道案内……?」
は記憶力がよく大抵の出来事は忘れないが、道案内した記憶は全く無い。
「男って、食満先輩の事ですか?」
「う……まあ、そうだ。あ、いや、人違いならいいんだ。」
(道案内……五年前……人違い………)
―――あ。
思い当たる事があった。ただし、自分では無いが。
「そうですね……残念ながら、私では無いですよ。よく似た誰か、です。」
「え?」
「じゃっ、私行きますね。」
「あっ、おい……。」
思わず引き止めようとしたが、は既にくの一教室への塀を越えてしまった。
「何だ? あの言い方……。思わせぶりというか、何か知ってそうな…。」
“よく似た誰か”ですぐに思い浮かぶのは、やはり。
だがは男で、道案内の少女は確かに少女だった。
「他のの誰かって事か? でも五年生にはあいつら以外在籍していないはず……。」
どうしてこんなにも気になるのか。
何かとても重要な事がどこかに隠されているような気がしてならない。
「せめてあの時の会話がもうちょい思い出せたらな…。」
二夜連続で夢に出て来ないだろうか……と留三郎は半ば真剣に考えた。
翌日の朝。
「本当に出て来た……。」
物語のような展開に、留三郎はただただ呆然とした。
もっとも今日の夢も肝心な場面は上手いこと抜かして、“じゃあね”と別れただけだったが。
「う〜ん……。」
もうここまで来てしまっては、本気で思い出すしかない。
――思い出してほしいと、彼女が言っている気がした。
「確か、兄弟が通ってて、自分も来年から通うって……。」
『私の兄様は六年生で、上の姉様は…年生。それと下の姉様が………だよ。』
『へえ、みんな忍術学園の生徒なんてすごいな!』
(あ……なんか思い出してきた……?)
『でしょう? ほかにも従兄弟がいっぱいいるし、それに、私も来年からくの一教室に通うんだよ。』
(やっぱり、女の子だった。それは間違い無いな。)
『そうなのか?』
『うん、………と一緒に!』
(誰と一緒って言ったんだ?)
多分、の誰かであることは間違い無い。
――よく似た誰かです――
(に似てて、五年生で、で……)
性別抜きにしたら、そんな人物は一人しかいない。
(だが、男だぞ。男……。)
――女みたいな顔だな、と最初は思った。
……そういえば、どんなに夏暑くても、忍装束の上着を脱いでいなかった。風呂で会った事もない。
『私も来年から通うんだよ。双子の妹と一緒に!』
難解な算術の問題が急に解けたかのように、留三郎は全て思い出した。
「双子の……妹……。」
――あの子は、“彼女”は、か?