「何の用だ、綾部。」
は自分の部屋の天井を見上げ、言った。
すぐに板の隙間から綾部喜八郎が顔をのぞかせる。
「おやまあ、ばれてましたか。」
「私、先輩と二人っきりでお話したいと思って。」
「ちょうど手元に八方手裏剣がある。切れ味試されなくなかったら四年長屋に帰れ。」
「ひょー、おっかない。」
言葉と裏腹に喜八郎はあくまでも自分のペースを貫く。
「よっこいしょ。」
「帰れって言ったくせに何で降りて来るんだ、お前…。」
「お話お話ー。」
まじめに相手をしても本当に攻撃を仕掛けたとしても、喜八郎はきっとのらりくらりとかわしながらも居座るだろう。
は観念して、さっさと話を聞いてとっとと帰ってもらおうと決めた。
「いったい話ってのは何だ。」
呆れ顔ではたずねる。
「それよりもお茶は出ないんですか?」
「おめーに出す茶っ葉があるか!」
―――駄目だ、こいつのペースに引きずられる。クールになれ、。
「まあ、冗談はさておいて。」
「おう。」
「先輩のことなんですけど。」
「やっぱり帰れ。」
「まあ冷たい。まじめな話なんですってば。」
「“妹さんをください”的な話なら顔に漆喰塗るからな。」
「今日は違います。この間先輩とお話しする機会があったんですけどね。」
喜八郎の態度が幾分まじめになったのを感じ、も話を最後まで聞くことにした。
「先輩、気になることを言っていて。なんでも先輩が昔自分のために“ある幸せ”を捨てたって。」
の眉が一瞬ぴくり、と動いたのを喜八郎は見逃さなかった。
「先輩が身代わりになってくれたから、先輩は自分だけ幸せになるわけにはいかないって。心当たりありますか?」
「ないな。」
「あるでしょ。」
「ない。」
「本当に心当たり無かった場合“何かあったっけ〜”って考えてからじゃないと断言できないんじゃないですか?」
「………仮にお前の言っていることが全部正しいとしても、私たちの問題だろ。お前に関係あるのか?」
「あります。」
「ないだろ。」
「ありますって。」
「いい加減にしろよ、綾部。」
「ではいたちごっこを止めて本音を申しますね。」
の強い睨む目線にも喜八郎は怯まず、むしろ睨み返すぐらいの“本気”をみせる。
「先輩には誰よりも幸せになってほしいし、できればそれを与えるのが私だったらいいなと思っています。この気持ちは先輩にも負けない位だと自負していますよ。」
「…とんだ自惚れだな。」
「自惚れ? でも実際先輩は身代わりになってくれた先輩への罪の意識でいっぱいですよ。こう言っちゃあ何ですけど、身代わりになった意味あるんですか? 先輩自ら“私だけ幸せになれない”って言ってるのに?」
喜八郎が言い終わるのとどっちが早かったのか。の拳が振り上げられた。そのまま喜八郎に命中し、鈍い音が鳴る。
「………お前に、何が分かる! 私にはあの時、他に方法が無かったんだ!」
「ええ、分かりませんよ。“身代わり”がどういったものなのか“あの時”が何なのか、私は聞いていませんから。」
頬を押さえながらも喜八郎は責めるような口調をやめない。
「だったら私たちの問題なんだから、関わらなければ良いだろ!」
「それはいやです。さっきも言ったでしょう、先輩を幸せにしたい。そのためだったらあなたとも戦えますよ。」
「……………。」
「でもまあ、少し言い過ぎました。戦う相手はあなたじゃない、多分。」
「…綾部?」
「さすが双子ですね。先輩の幸せがあって先輩の幸せもあるわけですか。」
怪訝な顔で呆然とするに喜八郎は一瞬、ほんの一瞬微笑んだ。
「言ったでしょう、先輩の幸せのためならなんだってする。みんなで幸せになれる道を探しませんか? ってことですよ。」
「……ないよ、そんな道……。」
「おやまあ、ずいぶんしおらしい上に消極的な答え。まあとりあえず今日はここら辺にしといてあげます。失言は頬のこれでプラマイ0ってことで。」
どやどやと廊下が騒がしくなってきたのを聞きつけ、喜八郎は再び天井裏へ上り、帰っていった。
「おい、!? なんか言い争うような声が聞こえてきたけど、大丈夫か!?」
「喧嘩か喧嘩ー。相手は誰だー?」
「三郎は何で笑顔なの! 自重しろ、自重!」
「入るぞー。あれ、一人じゃねーか。」
「? 何かあったのか?」
忍たま五年、いつものメンバーが騒ぎを聞きつけ心配して様子を見に来たらしい。
「…おーい、? 生きてるか?」
最初は面白半分だった三郎もが何の反応も示さず呆然としているのを変に思い、目の前で手のひらをぱたぱたとさせながら声をかける。
「……みんな。」
「おー、生きてた。」
「なんか知らないけど、だいぶショック受けてるな、こりゃ。」
「やっぱり喧嘩か? 元気出せよ、話なら聞くぞ。」
「何があったか知らないけど、落ち込むな! 団子でも食べに行こうぜ!」
「あ、それいいな。も誘おー。」
「……。」
の名前をつぶやいたとともに、の瞳から涙が一筋こぼれた。
「!?」
「おい、マジでおかしいぞお前!」
「何があったんだよぉ〜!」
心配のあまり慌てふためく友人たちに向けた言葉か、それとも独り言なのか、はたまた無意識に出た言葉か。
「わかんない………何も、わかんないんだ。」
「……?」
―――もう、何も分からない―――