「うわ、もうすぐ試験じゃねえか!! すっかり忘れてたー!」

忍術学園の昼下がり、五年長屋に竹谷八左ヱ門の絶叫が響き渡る。

「わー、見ろ。バカがいるぞー。」

三郎は友人のはずだが……否、友人だからか笑顔で容赦なくからかう。

「三郎お前マジムカつく!!」

「大丈夫だよ、八。追試験だってあるんだから。」

「そうそう。それに万一お前が留年しても私達は友達だからな!」

は八左ヱ門を励ます言葉をかけるが。

「お前ら、俺が試験落ちると決め付けんじゃねえー!!」


第17話 つかの間の平穏


「ただいまー。八ってば何騒いでんの?」

「廊下まで筒抜けだったぞ。」

「中在家先輩から団子のおすそ分けもらったよー。みんなで食べよう。」

食堂の当番だった勘右衛門と兵助、委員会へ行っていた雷蔵が続々と長屋へ帰ってきた。

「お帰り。お茶いれよっか。」

「まあ冗談抜きにそんな心配すること無いって。もうすぐっつってもあと五日はあるんだからさ。」

「五日“しか”無いんだぞ、試験まで!」

と八左ヱ門の五日間に対する捉え方の違いは、二人の普段の成績の差に比例する。

「忘れてた方が悪いんだろ。」

「なんだ、まさか試験の存在忘れてたのか?」

「あっ!!」

呆れたような兵助の言葉に続いて勘右衛門が発した声、そしてみるみる内に青ざめていく彼の表情が意味することは――

「お前もか!!!」


「ははっ。それで結局どうなったんだ?」

試験明けの休日、は留三郎と委員会の必要物資の買い出しに来ている。

「はあ。何とか全員合格したんですけど、私もも八の勉強や勘の特訓に付き合わされて。自分の勉強もあったのに、お陰で寝不足ですよ。」

その言葉を裏付けるかのように、ふわあと大きなあくびが出た。

「そうか……買い出しはこれで全部だし時間も丁度いいからたまには飯でも奢ろうかと思ったけど、早く学園に帰った方がいいか?」

「ご心配なく。今の有り難いお言葉で目が覚めましたよ。腹も準備万端です!」

その極端な変わりように、留三郎は吹き出した。

「おま、調子良すぎだろ! 人が奢るって言った瞬間それか!」

「私寿司が食いたいです!」

「調子のんな!!」



「ちょっと酷くないですか? 先輩。」

「いきなりどうしたの? 綾部くん。」

一方その頃、学園内。

本格的な暑さも梅雨も訪れていないこの時期、木陰は暖かさと心地よさの丁度いい休憩場所。

試験期間中ついついおろそかになっていた部屋の掃除を一気に終わらせたは、少し休憩するつもりがいつの間にかうとうとまどろんでいた。

ただし、上方に感じる綾部喜八郎の気配に気付くまでの短い間だったが。

何か用事があるのかとが尋ねると、喜八郎は何故か彼女にちょっと酷くないか、と言った――。

先輩の例の件ですよ。」

(ああ、それで……。)

ここは学園の中庭で、外部の人間が忍び込むには少しやりにくい場所であるため、学園に関する話でもちょっとした内容なら漏洩を気にする必要はない。

にもかかわらず喜八郎がこっそり話を切り出したのは、学園内部の者にこそ聞かれたらまずい内容だからだろう。

「私にだって関係ある問題なのに、全然近況が分からないんですよ。しかも先輩はいつの間にか元気になってるし。」

「そうだったね、ゴメンゴメン。」

上を見ずには答える。

――ああ、そうか。

「色々ありがとう。」

喜八郎は自分だけでなくにも直接話をしに来たと、あの後が言っていた。

どのような話だったかまでは聞いていないが、おそらくへの内容と近いだろう。

そしてと二人で幸せになりたいと決心する後押しとなったのは、他でもない喜八郎の言葉だった。

「私もも、今回は綾部くんにたくさん助けられたみたい。」

「そうですか……それは良かった。」

「…やっと、私達の気持ちが“一緒に幸せになろう”って一致したんだ。やらないといけないことはまだいっぱいあるけど…姉妹に戻る第一歩かな。」

「……“姉妹”?」

「うん。実はね、姉なんだ。本当は。」

主語を入れなくても、喜八郎には伝わったらしい。かすかな動揺が感じられた。

「綾部くんには話しておきたかったの。これからも甘えちゃうかもしれないし。」

「………ありがとうございます。」

これを伝えるということは、の喜八郎に対する信頼の強さを意味する。

そして“これからも甘える”ということは、この一連の問題にこれからも関わっていいということ。

秋吉の時に味わった悔しい思いをすることは、もう無いだろう。

「先輩。」

「ん?」

「好きです。」

「……うん、ありがとう。」

喜八郎があっさりと放った告白の言葉を、はもう否定も知らんぷりもしない。

!!」

中庭に面している廊下に、と同じくの一五年生の姿が見える。

「一人で何やってんのー? 私達今日食堂当番よ!」

「あ! ごめんね、すぐに行く! じゃあね。」

最後の一言は木の上の喜八郎に言い、そのままはその場を去った。

「………ありがとう、だって。」

一人になった後、喜八郎はぽそっとつぶやいた。その頬はわずかに赤い。


――綾部君の思いを、私はもう否定しない。否定しなくてもいいんだ。

今はまだきちんと答える段階までは来ていないけど、でもいつかは――。


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背景画像はと綾部の会話を書く前に「ちょっと穏やかで平和な感じだから、爽やかなやつ使おう」って感じで決めたのですが書き終わってみたらしっかり内容に合ってるじゃないですか。なにこれすごい。

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