「えー、それではこれより。」
の部屋で、八左ヱ門はわざとらしく咳ばらいをし畏まる。
「第1回・双子問題の解決策を考える会を始めます!」
微妙に拍手が起こる中、はこっそり隣の兵助に囁いた。
「ねえ兵助、八のネーミングセンス……。」
「言ってやるな…。」
会議の参加者は9名。
当事者のと、親友の兵助・勘右衛門・八左ヱ門・雷蔵・三郎、そして喜八郎と留三郎。
「って、何で綾部が混じってんだよ。」
「私だってもうこの問題に首突っ込んでるんですよーだ。ね、先輩。」
「うん……。ごめんね、。綾部君に喋ったこと、まだ怒ってる?」
苦虫を噛み潰したような表情で喜八郎を睨むに、間に挟まったは恐る恐る尋ねる。
「……別に、が綾部を認めているならその件は構わないんだ。ただ、私が綾部のこと気に食わないのは変わってないから。」
「大丈夫だぞ、は単に妹を取られるのが寂しいんだろうよ。」
「煩いですよ、留先輩! ていうかそこまでは認めてませんから!」
ちなみに、こんなどうでもいい雑談も含めてここでの会話は全て矢羽音で行われている。
むろん、ほかの生徒たちに聞かれないため。まだの正体を学園全体に明かすには時期が早い。
「俺は食満先輩が加わっていることも少し意外でした。」
「何でだ、尾浜。は俺の大事な相棒だぞ。力が必要ならいつでも貸す。」
「おおー、男らしいッスね!」
――正直、こんなにあっさり受け入れてくれるとは。
留三郎に「女に戻りたい」と報告した時、彼はを見て言った。
『そうか。俺が手伝える事はあるか?』
『……え?』
『え? って。そんな変な事言ったか? 俺。』
目を白黒させたを見、留三郎は首を傾げる。
『いや……“何でだ。一度決めたなら貫き通せ。”とか言われるかと。』
『俺が説教する事じゃ無いだろ。お前の人生の根本に関わる問題だ。』
近くで手を差し延べたり遠くから見守ったり。この関係が丁度いい。
『……そうですね。じゃあ、どういった方法が一番安泰か考えるの、手伝ってくれますか?』
「はい、そろそろ本題戻りまーす。」
八左ヱ門がパンパンと手を叩く。
「テーマは、どうすればが一番安泰な形で女に戻れるかですが――。」
「はい、議長!」
八左ヱ門のセリフを遮り、三郎が素早く手を挙げる。
「はい、三郎!」
「そもそもこの厄介な家訓が出来た理由を知りたいでーす。」
「あ、確かに。」
ごもっともな意見にと以外の全員が頷いた。
「そういえば聞いたこと無かった。」
「おい、これかなり重要だぞ。」
「だって、あの時は混乱してそこまで頭回らなかったよ。それに家長である祖父様の言うことってやっぱ絶対だし……な、。」
双子のどちらかを男として育てるというのは、彼女達の祖父が決めた。
彼女達の親もまわりの親戚達も、疑問や意見を口にすることは憚られただろう。
「………私、聞いたことあるかも。」
「えっ?」
「兄様や姉様が昔話してるの、隠れて聞いてたの。兄様は祖父様に直で聞いたみたいよ。」
「兄様、勇気あるっつーか……流石だな。で、なんて?」
「えっとね………」
が聞いた内容はこうだ。
彼女達の祖父のそのまた祖父の代、の分家に女の双子が産まれた。
祖父の祖父にとって従姉妹に当たる彼女達は幼い頃より非常に忍術の才能に長けており、将来有望な一族の誉れだった。
同じ顔、同じ声、同じ雰囲気を持つ彼女達はそれを生かして敵を混乱させ任務を遂行することを得意としていた。
――優秀な双子のくノ一がいるらしい。放っておけばいずれ我の脅威となろう。
一体どこから漏れ聞いたのか、ある城の城主が彼女達の存在に気付いた。
双子排除へ向けて、まず城の関係者が身分を偽りそれぞれに遠方での任務を依頼した。
二人を遠く引き離せばただの女、楽に始末出来ると考えたのだろう。
まずはある戦場の調査に行かせた姉の方。
負けている方の大将が山に潜伏している為探して捕らえるという任務だが、戦はヤラセで大将はどちらも刺客。
負け側の大将は彼女を殺す事に失敗し捕らえられたが、予定通り勝っている側の大将が彼女に刀を抜き――
二人の侍から命からがら逃げ出した彼女はこれが罠だと気付き、妹を探し奔走した。
手がかりは家を出て西へ向かった、ただそれだけ。
そして家の近くまで戻って来たとき、姉妹はお互いの姿を確認した。
「お姉!」
「あんた、無事だったんだね!」
二人の考えは同じだった。思わずほっとした瞬間――
「成る程。この近くに家があるのだな。」
――迂闊だった。つけられていたなんて。それに気が付かないなんて。
逃げられることもあらかじめ予測していたのだろう。そしてその場合は後をつけて二人を一気に片付けるか、家族の居場所を知る、という手はずにしていたのだ。
戦慣れしていると思われる十余人の侍が一斉に刀を抜き、二人に襲い掛かった――。
逃げたら今度は家を突き止められ、一族もろとも殺される。
それに気付いた二人は戦うことを選び、相手を全員親玉の元へ帰れない状態にした。
だが無傷のはずはなく、全て終わったとき姉の方は呻くのがやっとだった。
「……あんた、このことを父様やみんなに知らせなさい……あいつら、全体を排除したいみたい、だった。」
妹も酷い怪我を負っていたが、“最初で最後の姉からの任務”をやり遂げるくらいは持つだろう。
「……お姉は。」
「聞かなくても……分かるでしょ。置いていきなさい。」
傷だらけで戻った妹は家族に事の顛末を伝え、そのまま息を引き取った。
全てを聞いた当主始め一族達は敵方に察知されないよう少しずつ遠い山奥への引っ越しを始めた。
最後まで残っていた当主と双子の父親が行商に行くふりをして家を出た後、元の家があった方角へ大勢の侍が向かうのを見たという。
「――そういう事があったから、女の双子は不吉なんだそうです。」
「なんだそりゃ。」
の説明が終わった後、留三郎はあっさりと言い放った。
「女も双子も実は大して関係無いだろそれ。“たまたまそうだった”だけで。」
「何故ですか?」
「考えてみろ、男の双子でも同じ事が起こるかもしれないし、ただの兄弟姉妹でも顔とか似てたら同じだ。逆に女の双子でも同じような危機に晒されるとは限らないだろ?」
「そうか、顔の似ていない双子もいますね。」
「それに達の先祖の悲劇は双子がお互いの心配を真っ先にしたから起こったとも言えますね。」
「だろ? 悲劇は様々な要因が悪い具合に重なって起こった。双子だったのはその要因の一つだ。」
とはお互い顔を見合わせ苦笑い。
自分達があれほど悩んだ問題の原因が、留三郎の紐解きで呆気なく“大したことない”扱いにされる。
そしてそれは悔しいとか悲しいとかではなく、何となく笑ってしまう気分にさせるのだ。
「あっ私閃いたかも! はい議長!」
「はい勘右衛門!」
「様々な要因が悪い具合に重なって悲劇が起こりそれが双子のせいにされたのなら、その過去の出来事の真逆を目指すのはどうでしょうか!」
「おお、つまり!?」
「つまり、とが忍者として何らかの実績をあげる。純粋に二人だけの実績じゃなくてもそういうことにしちゃって、女の双子は不吉じゃないとの人達にアピール!」
五年男子を中心に歓声と拍手が湧いた。
「でも待って、ご先祖も双子で優秀な実績があったからこそ狙われたんだよ。」
「じゃあいっそ、先輩達のご先祖を追い詰めた奴を潰しましょう。」
「綾部、思いつきで物言うなよ。昔の奴なんだしとっくに死んでるだろ。」
「えー、でもどっかの城主なんですよね。城の名前分からないんですか?」
喜八郎の問いに、は首を横に振る。
「兄様とかに聞けたら分かるかもしれない。今度機会見つけて聞いてみるね。」
以前兄は自分達姉妹の味方につくという意味合いのことを言っていた。
「そだね。頼むね、。その城について知るのは今後のこと考えると無駄じゃないし。」
「じゃ、今日のところはお開きにするか。時間も時間だしな。」
「では第1回、これにて終了!」
八左ヱ門が手をパンと叩き、この話と矢羽音タイムが終わった。