「またか、喜八郎は。」

作法委員長立花仙蔵は、作法室に入るなりそう呟いた。


第2話 混乱の日


「すいません、あの、朝食堂で綾部先輩に会ったとき、時間通りに来てくださいって伝えたんですけど……。」

浦風藤内が言う。

「塹壕掘ってて夢中になって、時間を忘れている……いつものパターンだな。」

「おーい、今日の“当番”、誰だー?」

副委員長のが言う“当番”とは、時間になってもこない綾部喜八郎を探しに行く当番の事。

1年生二人を除いた四人で順番交代にしている。

「あ、私だ。行ってきますね、立花先輩。」

が立ち上がったその時。

「……なんか聞こえないか?仙。」

「ああ。」

6年生二人が真面目な顔で耳をすませる。

後輩たちもつられて、作法室全体がしんとした。

そして、音の正体がすごい勢いで近づいてくるのが分かった。

「おいっ、作法委員!」

ガラッという音をたて襖を開けたのは用具委員の

そしてその隣にはが探しに行こうとしていた綾部喜八郎の姿。

「やっぱりお前か、。」

「あちゃー、綾部くん……。」

「すまないな、。」

「そう思うのなら後輩指導を徹底して下さい、立花先輩。いくら競合地域だからって、あの塹壕の数は用具委員泣かせにもほどがある!」

「おやまあ、私そんなに掘ってましたっけ?」

怒っているを尻目に、当の喜八郎はけろっとして言う。

「……綾部、お前さっきからの私の話聞いてたか?」

「……要所要所をおさえて。」

「ほー。」

すでにの目は座っている。

(予定していた活動は無理だな、これは。)

仙蔵は観念し、状況を楽しむ事にした。

「じゃあテストしてやろう、綾部。お前の掘った塹壕を埋めてやってるのは誰だ?」

喜八郎はんー、と考え、言った。

「小人さん。」

「………は?」

彼以外の全員が同じ反応を見せた。

「小人さんてなんだ?綾。」

が尋ねる。

「小人さんは小人さんですよ。人間が寝ている間、人間の仕事をやっておいてくれるんです。」

「って、そんな訳ないだろうが!」

ばしっとは喜八郎の頭をはたく。

「痛いですよー。」

「痛いようにやったんだよ、あほ。」

「お前、留に似てきたんじゃないか?。」

、綾部くんには私たちからも言っておくから…。それぐらいにしておいてあげられないかな?」

見かねたが言った。

「んー……、がそう言うなら…。」

「そうそう。」

「お前が言・う・な、綾部!」

「もー、先輩。そんなに怒っちゃダメですよ。」

「よくそんなセリフを吐けるな。誰がさっきから私を怒らせているんだ?」

あくまでも喜八郎はマイペースを貫き、のイライラが募っていく。

や藤内が止めようとしたが、6年二人が目で“止めても無駄だし、面白いから放っておけ”と言った。

「私はもっと先輩と友好な関係を築きたいのに。」

「冗談は塹壕の名前だけにしてもらおうか。」

「だって、先輩は近い将来、私のお義兄さんになるんですから。」

作法室の時が止まった。

部屋にいたメンバーは彼の言葉の意味を理解できずにいる。

そんなメンバーに、喜八郎は追い討ちをかける。

「ね、先輩。」

「へ?」

「はあ!?」

「えええ!?」

喜八郎はいつのまにかちゃっかりの隣に来ていた。

「あ、綾部くん、変な冗談やめてよ!」

「そうか、それは知らなかったな。」

「立花先輩!」

「おめでとー。」

兄!」

「私は認めないぞ、!綾部が義弟になってたまるか!」

「…だからっ、違うんだってばー!」

その日の作法室は終始騒がしかった。

その原因であるはずの綾部喜八郎は、いつの間にか再び塹壕を掘りにどこかへ消えていた。


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綾部が意外とよく動いてくれた。食満出てこない……。塹壕埋めって、用具の仕事だったよね?確か。

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