「またか、喜八郎は。」
作法委員長立花仙蔵は、作法室に入るなりそう呟いた。
「すいません、あの、朝食堂で綾部先輩に会ったとき、時間通りに来てくださいって伝えたんですけど……。」
浦風藤内が言う。
「塹壕掘ってて夢中になって、時間を忘れている……いつものパターンだな。」
「おーい、今日の“当番”、誰だー?」
副委員長のが言う“当番”とは、時間になってもこない綾部喜八郎を探しに行く当番の事。
1年生二人を除いた四人で順番交代にしている。
「あ、私だ。行ってきますね、立花先輩。」
が立ち上がったその時。
「……なんか聞こえないか?仙。」
「ああ。」
6年生二人が真面目な顔で耳をすませる。
後輩たちもつられて、作法室全体がしんとした。
そして、音の正体がすごい勢いで近づいてくるのが分かった。
「おいっ、作法委員!」
ガラッという音をたて襖を開けたのは用具委員の。
そしてその隣にはが探しに行こうとしていた綾部喜八郎の姿。
「やっぱりお前か、。」
「あちゃー、綾部くん……。」
「すまないな、。」
「そう思うのなら後輩指導を徹底して下さい、立花先輩。いくら競合地域だからって、あの塹壕の数は用具委員泣かせにもほどがある!」
「おやまあ、私そんなに掘ってましたっけ?」
怒っているを尻目に、当の喜八郎はけろっとして言う。
「……綾部、お前さっきからの私の話聞いてたか?」
「……要所要所をおさえて。」
「ほー。」
すでにの目は座っている。
(予定していた活動は無理だな、これは。)
仙蔵は観念し、状況を楽しむ事にした。
「じゃあテストしてやろう、綾部。お前の掘った塹壕を埋めてやってるのは誰だ?」
喜八郎はんー、と考え、言った。
「小人さん。」
「………は?」
彼以外の全員が同じ反応を見せた。
「小人さんてなんだ?綾。」
が尋ねる。
「小人さんは小人さんですよ。人間が寝ている間、人間の仕事をやっておいてくれるんです。」
「って、そんな訳ないだろうが!」
ばしっとは喜八郎の頭をはたく。
「痛いですよー。」
「痛いようにやったんだよ、あほ。」
「お前、留に似てきたんじゃないか?。」
「、綾部くんには私たちからも言っておくから…。それぐらいにしておいてあげられないかな?」
見かねたが言った。
「んー……、がそう言うなら…。」
「そうそう。」
「お前が言・う・な、綾部!」
「もー、先輩。そんなに怒っちゃダメですよ。」
「よくそんなセリフを吐けるな。誰がさっきから私を怒らせているんだ?」
あくまでも喜八郎はマイペースを貫き、のイライラが募っていく。
や藤内が止めようとしたが、6年二人が目で“止めても無駄だし、面白いから放っておけ”と言った。
「私はもっと先輩と友好な関係を築きたいのに。」
「冗談は塹壕の名前だけにしてもらおうか。」
「だって、先輩は近い将来、私のお義兄さんになるんですから。」
作法室の時が止まった。
部屋にいたメンバーは彼の言葉の意味を理解できずにいる。
そんなメンバーに、喜八郎は追い討ちをかける。
「ね、先輩。」
「へ?」
「はあ!?」
「えええ!?」
喜八郎はいつのまにかちゃっかりの隣に来ていた。
「あ、綾部くん、変な冗談やめてよ!」
「そうか、それは知らなかったな。」
「立花先輩!」
「おめでとー。」
「兄!」
「私は認めないぞ、!綾部が義弟になってたまるか!」
「…だからっ、違うんだってばー!」
その日の作法室は終始騒がしかった。
その原因であるはずの綾部喜八郎は、いつの間にか再び塹壕を掘りにどこかへ消えていた。
綾部が意外とよく動いてくれた。食満出てこない……。塹壕埋めって、用具の仕事だったよね?確か。