「絶対、絶対、認めないんだからな!」
「もー、だから違うんだって!」
先日の作法委員会で綾部喜八郎が蒔いた騒動の種は、見事に芽を出してすくすく育っていた。
「もー…。何回言ったら分かってくれるの?綾部君はただの後輩で、昨日のあれは綾部君の冗談よ。」
「……本当に?」
ははっきりと頷く。
ほっとしたが「ならいいんだ。」と言おうとした瞬間。
「冗談じゃないですよ〜。」
「うわああああっ!!」
完全に油断していた二人の足元から喜八郎の頭が出て来た。
「あ、綾部君、なんでそんな所から!?」
「見ての通り、ターコちゃんです。」
確かに、よく見れば喜八郎は塹壕の中に入って、そこから頭を出している。
一連の事実に全く気付かなかった二人は自分たちの注意力のなさを反省した。
「先輩。」
「な、何?」
隣にいるが一気に不機嫌になったのがにはっきり分かった。
「このターコちゃんが当面の間私たち二人の愛の巣、ということで。」
「え、ちょっと待って何それ。」
「遠慮せずに入ってきてください。」
の不機嫌が、一気に怒りへと変わった。
「てめえなんざ一人で埋まってろバーカ!」
がそばにあったスコップを掴んで土を喜八郎にかけようとし、
「だ、駄目ー!さすがにそれは駄目ー!落ち着いてぇ!」
と、が必死に止める。
「、綾部を庇うなんてやっぱり……!」
「ちーがーうー!」
「……ちっ。今日の所は勘弁します。」
喜八郎は二人がぎゃーぎゃー騒いでいる間に塹壕から出て、長家へ帰っていった。
「……はあ、疲れた。」
がようやく落ち着き、二人はその場に座り込んだ。
肉体的な疲れよりもおそらく精神的な疲れで。
「まったくもう、綾部君は……。」
言いながらの顔が若干赤くなるが、は気付かない。
「とりあえず、これ埋めるわ。くそ、広いの掘りやがって。」
「手伝うよ、。」
もそばにあったスコップを手にとり、二人で作業を始めた。
「ったく、綾部の奴。」
「ねえ、そう言えばなんでは綾部君が嫌いなの?」
嫌っていることは知っているが、よく考えたらはその理由を聞いたことがない。
過去にもに告白した男子は何人かいたが、は別に彼らをここまで嫌ったりはしなかった。
「だって、あいつは何を考えているかよく分からないし、塹壕あっちゃこっちゃに掘るし。」
若干拗ねながらは答える。
「それに、にはもっといい男がいるって思うんだ。」
「……いい男?」
「ああ。例えば、そうだな……。」
がうーん、と考え始めたその時。
「おー、いたいた。」
の姿を見つけ二人の方へ歩いて来るのは、用具委員長の食満留三郎。
「留先輩。」
「食満先輩、こんにちは。」
作業を止め、二人は挨拶する。
「よう、も一緒か。二人で塹壕埋めなんて珍しいな。」
「ええ、まあ。」
「留先輩、私に何か用事ですか?」
が尋ねる。
「ああ、そうそう。今日の午後に用具倉庫の点検する予定だったが延期することにした。今朝早く、下級生が学園長の思い付きで遠征に行ったからな、二人だとちょっと。」
留三郎は苦笑する。
「はあ…学園長にも困ったものですね。」
「まあ、そういうことだ。……それにしてもやたら広いなこの塹壕。」
大分埋まっているが、まだまだ塹壕として十分に機能するであろうそれを見て、留三郎は呟く。
「これ埋めんの結構キツいだろ。、交代するか?本来俺たちの仕事だしなこれ。」
留三郎は言ったが、は首を横に振り、
「大丈夫ですよ。乗りかかった舟だし、やらせてください。」
と笑顔で言った。
「そうか。じゃあ二人に任せるな。」
「はい!」
留三郎が去り再び二人になった。
「なあ、。」
「何?。」
作業をしながら二人は話す。
「私思ったんだが、留先輩なんていいんじゃないか?」
「え………ええ!?」
は一瞬の言いたい事が分からなかったが、すぐに察した。
「留先輩ならしっかりしていて頼りになるし。喧嘩っ早いのは玉にきずだが、留先輩なら私は賛成するぞ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何で食満先輩が出てくるの?」
「、気付いてないのか?留先輩、たびたびの事じーっと見つめてるんだぞ。」
「……。」
いたずらっぽく笑うに対し、は真面目な顔になる。
「私、彼氏作ったり結婚したりするつもりは……だって、私だけそんな……むぐ。」
「はい、そこまで!」
はの口を手で押さえる。
「何度も言っただろ?が私の事気にする必要はないんだ。卒業して、立派なくの一になって、いずれ誰かと結婚する。そういう“普通の幸せ”を手に入れて欲しいんだ、私は。」
「でも……。」
「はい、おしまい!」
最後の土をかぶせ、はの持つスコップを「もらうね」と取り、
「じゃあ、私はこれ返してくるから。またな。」
と、倉庫へ向かった。
綾部があまりにも自重しなくてどうしよう。
とってもとっても分かりづらいと思うでしょうが、は食満ヒロインです。本当です。