きり丸としんべヱがなぞの男にさらわれた頃。
何も知らない山田伝蔵とその他よい子達はマラソンを続けていた。
「父上!」
「山田先生!」
「うおっ!」
後少しで下山しきるという所で、頭上の木から二人の忍者が降りてきた。
「利吉、それに。」
「利吉さん、こんにちは〜。綺麗なお姉さん、初めまして〜。」
「山田先生、このお姉さんだあれ〜?」
「ごめんね少年達、今は自己紹介する時間は無いの。」
緊張感の抜けるよい子達の言葉を軽くあしらう女性は――利吉の仕事仲間で、双子の2つ上の従姉妹にあたる。
「今、三人の男が忍術学園の一年生二人をさらっていきました。おそらく、久洞藻城の者かと。」
「何っ!!」
――きり丸としんべヱだ。忍たま達全員が気付き、一気に真剣な面持ちとなる。
「先生、助けに行きましょう!」
「いや。ここは私たちが行くから、お前達は一先ず父上と学園に帰りなさい。」
えーっ! と、不満の声が上がる。
「でも……。」
「大丈夫だ。二人は城まで連れていかれていない。」
「すぐそこの掘っ立て小屋に二人が連れ込まれるのを見たわ。私と利吉さんで助けに行くから。山田先生は学園に報告しておいて下さい。」
「うむ、任せたぞ二人とも。」
「ん〜……?」
きり丸が目を覚ました。頭がぼんやりするが眠る直前の事を思い出し、完全に覚醒した。
「……しんべヱ? しんべヱ、どこだ!」
「起きたか。」
一緒に捕まったはずのしんべヱの姿が見えず、きり丸は飛び起きた。
自分達が今いるのは小さな小屋のようだが、奥に死角となっているスペースがある。
「仲間ならそっちだ。」
入口から入ってきた男がその死角を指さした。きり丸はそこへ一目散に飛び込む。何かを思案するよりもまず、安否を確かめたかった。
「しんべ………!?」
あまりの光景に、言葉を失った。しんべヱは無事だ、無事だが。
「…ああ、もう一人のガキか。」
しんべヱの近くにいた大人が振り向く。声で分かった――さっき殴った奴だ。
「お前、しんべヱに何した!?」
しんべヱは鼻ちょうちんを膨らませながら呑気に寝ている。その真上の梁に太い縄が縛られており、端は垂らしてある。
目線を下に移すと、垂らされているその先には――斧。ちょうどしんべヱの頭の上にそれが吊られている。
「何だよコレは!! おい、しんべヱ! しんべヱ、起きろ!!」
「黙れ。お前が我々の質問に答えたら二人とも帰してやる。」
だが、逆らったら―――男の手には小刀。
「……、質問って……?」
「何、簡単だ。」
男は巻紙を差し出した。きり丸は無言で受け取るが、広げて中を見、驚愕する。
「これ――!」
「そうだ。忍術学園内部の見取り図だ。」
「お前、どこでこれを手に入れたんだ!?」
「口の聞き方を考えろ。それとお前からの質問は許さん。」
静かな、しかし鋭い口調で言われ、きり丸は黙って男の質問を待つ。
「ある筋から聞き出したものだが、情報が古い。お前はその見取り図が正しいのか、今と変わっていないかを教えろ。」
きり丸は渡された見取り図を端から見ていく。何年前のものかは分からないが、大きな変化は得に見当たらない。
保健室前の薬草畑が広くなっていることと、生物委員の小屋の数が増えている事くらい……――あ。
一つ大事な変化に気が付いた。忍たま長屋の広さだ。
この見取り図の頃は生徒数が少なかったのか、きり丸の知っている忍たま長屋よりも5〜6部屋分狭い。
この情報を奴に与えていいのか。もし、相手の目的が学園生徒の誘拐だったら――。
「どうだ。」
男は冷たい声をかけた。きり丸がためらっていることを見抜いたかのように。
「…い、今探してるんすよ。学園は広いんだから、すぐに全体を思い浮かべろって無茶でしょ。」
必死で紡いだ言い訳は辛くも聞き入れられたらしく、男は再び黙った。
――どうする、俺。
親友の命や学園の安全が、自分にかかっている。その両方を秤にかけるなど出来ない。
事の重大さに手が震える―――どうしよう、怖い。
その時だった。男がもたれている壁の穴からにゅっとクナイが出て来て、男の手を突き刺した。
「――!!!」
予期していなかった痛みに男の顔は歪み、小刀を落とす。
さらに反対側、小屋の出入口方面からは他の男の驚く声や何らかの攻撃を喰らった鈍い音。
突然のことにきり丸が面食らっていると。
「きり丸、伏せろ!!」
聞き覚えのある声と共に、何かが男へと投げられた。反射的にきり丸は床へ伏せる。
投げられたそれは何かえげつない草の塊だったらしい。
手の傷に気を取られていた男は顔でそれを受け止め、咳、涙、鼻水などの大混乱。
「間に合ったな……逃げるぞ、きり丸!」
「利吉さん……!」
未だ眠りこけるしんべヱを背負い、利吉は小屋の出口へ向かう。きり丸は例の見取り図を懐に入れ、急いで後を追った。
「なぁ、きり丸としんべヱが帰ってきたって!」
は保健室に行く傍ら廊下で仕入れた情報を、自室の友人達に聞かせた。
「本当!? どうだった!?」
真っ先に尋ねたのは雷蔵。
「気絶させられたり脅されたりはしたけど、落ち着いてるって。敵とずっと向き合ってたきり丸はさすがに疲れたらしくて、保健室で寝てたよ。」
「そうか……とりあえず良かった。」
「うん……二人を利吉さんと姉……うちの従姉が助けたらしくてさ。今先生達が話を聞いているところ。」
ちなみにその床下や天井には懲りない六年生達が潜んでいるのだが、今回はそこにと喜八郎も混ざっている。
そして敵の頭はやはりかつてを滅ぼそうとした城主の子孫であることを知った。
「ちと……面倒なことになりそうじゃのぉ。」
学園長の呟きは、天井に潜んでいるの耳にも届いた。
この事件は“何かの始まりに過ぎない”だろうと、学園長をはじめとする何人かは感じていた――。
久洞藻城=くどうもじょう、と読みます。めっちゃ強い毒キノコの名前とか調べようかとも思ったけど原作とかぶりそうなんで自分で考えました。
名前にこめられた意味を知りたい人は逆から読んでみよう!