誘拐事件から一夜明けた今日。
それなりに休息をとり落ち着いたきり丸が、説明のため職員会議の場に呼ばれた。
「さて、きり丸。ゆっくりでいい。昨日さらわれた時に相手から言われた内容を教えなさい。」
「はい。」
相手の特徴や小屋内部の状況は、すでに利吉達が話していた。
「あの……。」
きり丸の隣には担任の土井半助が心配そうに座っている。彼はすでにきり丸から昨日の事を聞かされていた。
たった10歳の少年が、言うことを聞かなければ目の前で親友を殺すと脅迫されたのだ。
それだけでも十分卑劣だが、さらにきり丸は昔実際に両親を目の前で殺されている。
受けた心の傷を思うと、今すぐにでも犯人を探して――黒い感情が沸き起こる。
だが、きり丸はまっすぐ教師達を見、口を開いた。
「あいつら、学園内の見取り図を持っていたんです。何年か前のやつっぽかったスけど。」
「何っ!?」
教師達は騒然とするが、学園長が手で制した。再びしんとなったのを確かめ、きり丸は話を続ける。
「それ見せられて、変わっている箇所とかないか聞かれました……答えてません。」
一部の教師の疑うような目線に気付き、先手を打っておく。
「答えなかったけど……言わないと、一緒にさらわれたしんべヱを殺すって脅してきて……。」
「下劣ですな。」
「ええ、きり丸はよく耐えました。」
犯人への嫌悪感を隠さない野村雄三の一言に、半助も心の底から同意する。
「ご苦労だった。きり丸は部屋に戻って休みなさい。」
「はい。」
「さて――。」
職員会議は終わらない。これから対策を協議しなければならない。
「久洞藻城の目的は何だと思うか。」
「学園の情報を知りたがった。しかも最新のものを。」
「まさか……襲うつもりか。」
「しかし、何のために。」
「その件ですが。」
細い腕がまっすぐ上に上がった。現職の教師で唯一のの人間、双子にとっては一番年上の従姉妹だ。
「私の実家から仕入れた情報ですが。」
その前置きに、教師達は一斉に彼女を見た。
実家――家は、忍者が現れはじめた時代から代々一流の忍者一族であり続けていると言われている。情報の信頼性はかなり高い。
「久洞藻城は、昔から忍者嫌いで知られています。私達の先祖が久洞藻城の城主の命によって滅ぼされかけた事もございます。」
言わずもがな、が昔聞いて、留三郎が大したことはない扱いにしたあの話だ。
「それと……ここから先はまだ不確実なのですが、やはり昔から野心が強い家系で、国一帯を支配下に置きたがっているのではないかと…。実際数年に一度の割合で近隣の村を滅ぼすか服従させるかして、勢力を拡大しています。」
「――自らの野望に学園や家が邪魔だと……?」
「確かめる価値はありますね。」
「それで、久洞藻城内かその近辺に忍び込んで確かめようという話に今なってる。」
「盗み聞きご苦労、!」
「盗み聞きって……潜入調査とか他の言い方あんだろ。」
一方、の部屋でいつものメンバーも作戦会議。
「誰が行くの?」
「まだ決まってない。先生達の誰かとはなってるけど、ほら、向こうはこっちの情報持ってるっぽかっただろ? それに手強い相手だから、生半可な変装じゃバレるんじゃないのかっ……て……。」
話をしながら、は三郎と目が合った――彼は目を細め、にやりと笑った。
「先生達に話をつけに行くか、。」
「そうだな。」
三郎の意図はすぐに分かった。無意識に同じ笑い方をし、ともに立ち上がる。
優秀な双子の片方、という肩書きは伊達ではない。
三郎と比べると劣るとは言え、も変装にはそれなりに自信がある。
それに向こうが持っている学園の情報は古い。や三郎など生徒一人一人までは把握していないだろう。
教師たちを説得するための材料は持っている。善は急げとばかりに、二人は長屋を出て走っていった。
「失礼します。」
会議中の部屋に到着すると、ちょうど小休憩か何かなのか、張り詰めるような緊張感は無かった。
「なんじゃ、に鉢屋三郎。」
部屋中の視線が一斉に入口に注がれ、一番奥にいた学園長が二人に尋ねる。
「僭越ながら話を聞かせて頂きました。」
「久洞藻城へ忍び込む役目を、我等にお任せ頂きたく、お願いに参りました。」
「何っ!」
教師達が再び騒然となる。
「駄目だ! どのような危険があるか分からんぞ!」
「危険なら今までも死ぬほどかい潜らされました。」
「それとこれとは違うだろう!」
「私も鉢屋も変装の腕なら先生方にも劣りません、先生方もご存知でしょう。それに素顔が知られている可能性も低いです。」
「し、しかし……。」
「よろしい。」
の正論に一瞬部屋がしんとなり、そこを狙って――鶴の一声。
「学園長!?」
「お前達の実力ならワシも十分に分かっておるわ。のう、木下先生。」
彼らをよく知るろ組の担任教師である木下鉄丸は黙って頷く。
「それじゃあ……。」
「ただし、作戦を立てたら教師の誰かに知らせて指示を仰ぐこと。そして……無茶はするんじゃないぞ。」
普段はふざけている割合の方が多い学園長の、生徒を想う気持ちをかいま見て、二人は胸の辺りがこそばゆくなった。
「分かったか。」
「はい!」
部屋に戻ったと三郎は皆に許しを貰えた旨を伝え、作戦を立てはじめた。
変装する顔、なりきるためにその人物の設定、近隣の村と城内のどちらへ行くか――。
失敗は許されない。そのためには綿密な計画をたてなければならない。
失敗は――最悪の場合、死に直結する。
は話し合いの中でそのことを実感し――を見た。
――何が起こるか分からない危険な忍務で、私は待つしか出来ないの?
がまだ完全に男のフリをしていた時、実戦授業の話を聞く度感じていた、この想い。
の腕を信用していないわけはない、むしろ逆だ。
だけど――……。
「。」
いつの間にか、もを見ていた。
「あ、ごめん。何?」
「心配しなくても、次はも一緒だから。私この忍務だけで事件と関わるの終わりにするつもり無いし、久洞藻城潰すとかなら真っ先に志願しちゃうつもり。」
の表情には“ひょっとして、こう思ってるの?”などと尋ねている気配は微塵もない。分かっているのだ、の思っていることを。
「今は私と三郎に任せて。そして……次はを頼りにするから。だからも私を頼りにして。そうして、一緒に任された忍務をやり遂げようね。」
「……うん。」
女でありたいと強く思い、開き直ったからか。最近のは以前よりずっと強い。特に精神面で。
「私たち、最強だもんね?」
が笑顔でそう言うと、も笑顔で答えた。
「そのとーりっ!」
――だったら、私も強くならないと。