話し合った結果、まずは久洞藻城の城下街に行商人として入り込むこととなった。


第22話 噂の真相


「眉毛を増やして、と。よし。」

「お、三郎。準備出来たか。」

「いやいや坊ちゃん、アッシは三郎じゃねえよ。市之助ってんだ。」

「おお、流石! すっかり気のいいオッサンだな。」

変装名人の技術と技能の集大成とばかりに、三郎は外見のみでなく年齢も性格も全くの別人になっていた。

三郎扮する“市之助”が父親でが扮する“”が娘、二人で各地を行商している設定だ。

「父ちゃん!」

と、こちらもすっかり役に成り切っているが部屋に来た。

「来たか、。」

「おおっ。完璧に女子だ!」

も三郎に負けじと髪型を変え、化粧を施し、高い声を意識し、更に仕種を“素に戻す”ことで完全にとなっている。

「どう? 私の女装。」

「いやいや変装だろ、お前の場合。」

冗談っぽく言うに、八左ヱ門がすかさず笑って突っ込んだ。

久洞藻城の場所はあらかじめ地図を見て覚えている。

教師陣と事情を知っている達以外には極秘の忍務となっているため、二人は夜更けにひっそりと学園を出発した。


「父ちゃん、ここだよ久洞藻城。」

「おう。じゃあいっちょ稼ぐか、!」

「待て、お主ら何者だ!」

朝、到着した二人が城下街に入ろうとするのを門に立つ兵士が止めた。

「あー、どうもご苦労様です。アッシらは見ての通り、ただの行商人ですよ。」

「何を売るのだ、見せい。」

「へいへい、よっこらしょ。」

三郎は背負っていた風呂敷包みを下ろし、中の野菜を見せる。

もそれに倣い風呂敷包みを広げて、反物を持っていることを示した。

「ふむ…行ってよし。」

「へい、どうも。行くぞ。」

「はーい、父ちゃん。」

他の行商人がちょっとした工芸品や薬などを並べている界隈に、二人も腰を下ろす。

「どうも、お早うさん。」

「ああ、どうも。お宅はこの街初めてかい? 見ない顔だね。」

隣にいたのはいかにも商人、という雰囲気の青年だ。ここに居着いているらしく、情報を得るにはもってこいだろう。

「ええ。私と父は南の方から行商の旅を続けているの。お兄さんはこの辺り詳しいの?」

が話に加わると、青年の表情がいくらか明るくなった。計算通りだ。何しろ変装していても美人なのだ。

「ああ、ここには一月ほど来ているが……もうそろそろ引き上げようかと思っててな。理由は言えねえが、この街のやつらは珍しいものが欲しいっつー気持ちとか金とかがねえんだ。」

「なんだ、本当かい?」

「ああ…。」

言葉尻を濁したが、青年は確かに久洞藻城の方を見た。関係があるのだろう。

「だからあんた方もあまり期待しねえ方がいいぜ……ああ、それかあれだな。」

二人の方に向き直った青年は、を見て何かを思い付いたようだ。

「城で短期間働く小間使いの女を募集しているらしいから、それならまとまった金が入るんじゃねえか?」

――久洞藻城内部の小間使い!

二人の思考が一瞬で一致し、そしてまた一瞬で市之助とに戻る。

「へえ、そうなの? 父ちゃん、私行ってみようかなぁ。」

「おお、いいんじゃねえか。住み込みなら宿代も一人分浮くしな。」

「ああ、住み込み賄い有りって書いてあったな。」

「本当? じゃあ父ちゃん、私早速面接受けてくる。お兄さんありがとうね。」

「何、良いってことよ!」


実際は面接も何も、働きたいと言った瞬間に採用が決まった。

です。父が街で商売をしている間の5日間ですがよろしくお願いしまーす。」

短期間採用の達の仕事は、どこかから採ってきた竹を長さ別で揃える、縄を編むなど至って単純。

「こんなにたくさんの竹や縄、一体何に使うのかしら?」

忍術学園五年生の彼女には答えは考えなくても分かる。だがより多くの情報が欲しい。

「大きな声じゃ言えないんだけどね……。」

隣で作業をしていた中年の女性がこそっと耳打ちしてくる。

「どうやら、戦いの準備のようなんだよ。」

「まあ、どこかの城と戦をするっていうこと?」

「今回は城じゃなくて学校らしいんだ。男共の話によるとね、忍者を養成する学校があるんだと。ほら、うちの殿様は忍者が嫌いじゃないか……ああ、ちゃんはこの辺りの子じゃないんだっけ。」

「ええ…何だか怖い話ね。いつ頃始まるのかしら。」

「さあ……でも早く済ませたいそうだよ。事前に学校を攻めるための情報を得ようとしたけど失敗したらしくて焦ってんじゃないかね。」

――やはりそうか。久洞藻城は必ず、学園を潰しにくる。



一方その頃、三郎。隣の青年は既に店を畳んでおり暇を持て余していたが。

「あら、いいお野菜。」

「へい、いらっしゃい。」

一人の女性が野菜を手にとり、一つ一つ眺めていく。

「いかがですかい? 昨日採れたばかりの新鮮野菜。」

「学園の畑で採れた野菜か?」

女性――声は男性のものだった――の声色と口調が変わった。思わぬ言葉に、三郎は表情を強張らせる。

「駄目だよ、そんなに表情を出しては。」

余裕たっぷりの相手に対し、三郎は明らかに動揺していた。何故分かった、何者だ、万事休すか――

「……まあ、いじめるのはこのくらいにしておく。お前の友達に双子の姉妹がいるだろう。私はその兄だ。」

「……証拠は?」

遠慮なく疑う眼差しを向ける三郎に、彼は微かに笑ってみせる。

「良かった。あっさり信じるような奴だったらどうしてくれようかと思ったが。」

「生憎、そこまでの馬鹿じゃないんでね。」

「ふむ…証拠か。妹達の恥ずかしいマル秘エピソードでどうだ?」

「面白そうだけど捏造出来るでしょう、んなもん。」

「じゃあの人間の名前を一人一人述べようか? ……」

「分かった、分かりました。そんなに自信満々に言うんだ、信用しますよ。」

「ありがとう。」

周りに人の気配が無いことは当然確認済だが、個人情報などだだ漏らさないに越したことはない。

「……で、どうしてこの街に?」

「おそらく君やと同じはずだ。」

「……じゃあ。」

「ああ。」

周りを見回し、声を最大限落とす。

「忍術学園もも、久洞藻城の敵と認定されているようだよ。」


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