「先輩〜。」
「綾部くん……。」
――もう、終わりにしよう。のために……。
「先輩、今日五年忍たまは校外実習なんですよね。」
「うん。」
「なら安心。さ、デートしましょう。」
相変わらず本気で言ってるのか分からない。
にもかかわらず、は動揺してしまう。
自分の中でぐるぐると渦巻く色んな気持ちに蓋をして、は喜八郎を見た。
「……綾部君。いい加減、そういう冗談は止めてくれないかな。」
――はっきり言わないと、きっと終わりに出来ない。
は喜八郎の無表情が微かに動いたと感じたが、自分は表情を動かさない。
「冗談じゃないですよ。前も言ったじゃないですか。」
喜八郎も負けじとを見る。
「私は先輩が好きです。一人の女性として、ずっと前から。」
――!!
真っ直ぐ、きっぱりと告げられた事によって、は再び動揺する。
「わ、私は……。」
駄目だ、駄目だ駄目だ。
は自分の感情を押さえつけ、無表情を作る。
「……悪いけど、私が綾部くんの気持ちに応えることはないよ。」
「嘘ですよね、それは。」
「嘘じゃないよ。」
「嘘ですよ、私には分かります。」
お互いに一歩も譲らない。
「……なんでそんなに、私に拘るの? ………“あの時”たまたま私がそばにいたからってだけじゃないの?」
その言葉は残酷だと知っていて、は口にした。
こうでもしないと、彼は自分を想い続ける。
想いを断ってほしい。そうすれば、きっと自分も彼への想いを断ち切れる。
「見くびらないで下さい。」
喜八郎は怒ったような声で言った。
「確かに“あの時”先輩がそばにいてくれたのは嬉しかったし、それは大きなきっかけでした。でも、それが全てじゃない。たまたまでも、誰でもよかった訳じゃない。先輩が好きなんですよ。」
普段からは想像つかないほどの饒舌。
それは綾部喜八郎が本気であることの、何よりの証拠。
「……私は貴女を救いたいです。先輩、一昨年の夏休み明け頃から変わりましたよね。悩んでいるように見えます。」
(……そんな所まで、バレていたんだ。)
優秀な忍者一族が聞いて呆れる。は自分の迂闊さを悔やんだ。
「そろそろ教えて下さいません? 先輩は何故、私をそんなに拒むんですか? 私は聞く権利、ありますよね。」
――もう、言うしかない。
「私は、と一緒にいてあげたいだけ。」
喜八郎は怪訝な顔をする。
「……詳しくは話せないけど、は昔、私のためにある“幸せ”を捨てたの。身代わりに……なってくれた。私はそんなを置いて、自分だけ幸せを手にするなんて出来ないの。」
「……そうですか。でもごめんなさい、私はその理由で納得出来ません。」
今度はが怪訝な顔をする番だった。
「先輩がそれを望んだんですか? 自分だけ幸せになれないってのは凄く兄思いの先輩らしいです。ですが、そうしたら先輩が身代わりになった意味が無いじゃないですか。身代わり損ですよね。」
自分の放った言葉は彼女にとってかなり痛いだろうと、喜八郎には分かっている。
だが、あえて言った。
多少手荒でも、こうでもしないときっと彼女を救えない。
「私には先輩が必要です。だから、先輩にも私を必要としてほしいです。」
は何も言えず、ただ俯くことしか出来ない。
今までは、自分がとずっと一緒にいることが、への償いだと信じてた。
か細いその信念が、今にも倒れそうになっている。
「……すみません、たくさん言い過ぎました。」
喜八郎は踏鍬を持ち、長家へ帰ろうとしたが、もう一度を見、言った。
「可能性が一厘でもある限り、私は貴女を諦めません。」
「どうして……。」
喜八郎が去った後、は一人涙を流した。
「どうして、こんな私に愛想尽かさないの? 酷いこといっぱい言ったのに……。」
――好きになってしまう。もっといっぱい、好きになってしまう……。
一方喜八郎は、長家の自室でごろんと横になっていた。
――たくさん色々言ったけど、先輩ならきっと大丈夫。
今度は……今度こそは、大事な人を救う。そばにいて、助ける。
――“秋由”の時の二の舞にはしない、決して――
どシリアスを目指してみた。