『……郎、喜八郎。見つけた。』
『……秋由。』
『帰ろう、喜八郎。』
「……秋由。」
「滝。滝って自称優秀な生徒だよね。」
朝食を食べながら、喜八郎は目の前に座っている級友の滝夜叉丸に言った。
「どうした喜八郎、今更。やっとこの私の魅力が分かったのだな。」
“自称”の部分は聞こえなかったらしく、滝夜叉丸はすっかり気を良くしている。
「そんな滝を見込んで相談なんだけど。」
「なんだ、戦輪か?」
「うんにゃ。心を鍛える方法。」
「心? なんだ、何かあったのか? お前は強い方だと思うが……。」
飄々としている喜八郎だが、実習の時は別人のような冷静さや集中力を発揮する。
滝夜叉丸自身そんな彼には密かに一目置いているため、今本人から発せられた言葉は意外だった。
「とりあえず、懐かしい人が夢に出て来ない方法。もしくは完全に忘れられる方法。」
「懐かしい人って……お前、」
「……ごめん、分かんないよね。忘れて。」
「あっ、おい。」
喜八郎は無理やり会話を終わらせ、食器を下げて出て行った。
四年前――
「僕は山上秋由。よろしくね、滝夜叉丸に喜八郎。」
家庭の事情で4日ほど他の生徒より入学が遅れた秋由は、喜八郎と滝夜叉丸の二人と同室になった。
「私は平滝夜叉丸だ。分からない事があれば私に聞くように!」
「……綾部、喜八郎。“よろしく”……。」
滝夜叉丸とは対象的な自己紹介をした喜八郎は、そのまま部屋を出た。
「あ、あれ。喜八郎?」
「ああ、あいつはああいうヤツでな、よく分からん。未だに私とすら挨拶以外はロクに会話をしないんだ。」
「そうなんだ……。」
「ほら、もうすぐ鐘が鳴るぞ。私達も一年い組の教室へ行こう。」
「あ、待ってー。」
それが喜八郎と秋由の出会いだった。
「あれ、喜八郎来てないの?」
それから更に数日後、委員会決めの日。
自分より先に部屋を出た喜八郎が教室へ来ておらず、秋由は首を傾げる。
「まだ見てないよ。」
「どこかで穴掘ってんじゃない?」
「穴?」
「うん。何か知らないけど、綾部ってしょっちゅう学園内に落とし穴掘ってんだよ。」
変なヤツだよなー、とクラスメイト達は顔を見合わせ、言いあう。
「僕、探してくるよ。」
「えー、ほっとけばいいじゃん。」
「でも、委員会決めの時いなかったら困ると思うから。」
「お人好しだなぁ、秋由。」
「行ってくるね!」
――ふう。
校庭の隅、穴の中。
綾部喜八郎は空を見上げ、ぼうっと考えごとをしていた。
(どうすればいいんだろう、人と話すのって。)
喜八郎は田舎の出身で、今まで同年代の子供と接したことが無かった。
初めて出来たクラスメイトと、どう話したらいいのか分からない。
だが、別に一人でいることは苦手ではないのでそんなに気にはしていなかったりする。
(……何か忘れてるような気がするけど……何だっけ?)
ぼんやりと考えていると。
「喜八郎?」
頭上が暗くなり、自分を呼ぶ声がした。
誰かが穴の中を覗いているのは分かるが、逆光で顔が見えない。
「やっぱり喜八郎だ。落ちたの? 大丈夫?」
「……落ちてない。誰?」
「秋由だよ。もうすぐ委員会決めの話し合い始まるけど、上がってこれる? 先生呼ぼうか?」
(委員会決め……そっか。思い出した。)
「……大丈夫、上がれる。」
言葉通り、喜八郎はすっと立ち上がってひょい、と穴から出た。
「行こう。早くしないと始まっちゃうよ!」
喜八郎は秋由の友好的な態度に戸惑いつつ、それをイヤだとは感じない。
「……あの、……秋由。」
「ん?」
「呼びに来て……くれたんだよね。私のこと。ありがとう。」
それは、初めて喜八郎がクラスメイトに対して発した、返事以外の言葉。
「気にしないで。友達だもん、当然だよ!」
「……とも……だち?」
「そう、友達。」
(友達……はじめての、私の友達……。)
胸がほんわりと暖かくなる感覚に、喜八郎の表情は自然と緩む。
――ありがとう、秋由。
その日以来、喜八郎と秋由はいつも一緒に過ごした。
最初はそんな二人を不思議がっていた滝夜叉丸をはじめとするクラスメイト達も段々と喜八郎のマイペースさに慣れ、
普通に話したり時には遊んだりと、どんどん仲良くなっていった。
「ねえ秋由。」
「何?」
ある日喜八郎が秋由に尋ねた。
「秋由ってさ、どうして自分から保健委員会に入ったの?」
そういえば、と滝夜叉丸も会話に加わる。
「体育委員会の先輩が言っていたが、何でも不運な生徒が集まる“不運委員会”と言われているそうじゃないか。」
「そうそう。」
「あー……まあね。でも僕、ずっと決めてたんだ。保健委員会に入るって。」
なんで? と尋ねようと、喜八郎と滝夜叉丸が再び口を開けかけたとき。
「おや、秋由。こんにちは。」
「あ、新野のおじちゃ……じゃなくて新野先生。こんにちは!」
――“おじちゃん”?
喜八郎と滝夜叉丸は顔を見合わせるが、当の新野先生は苦笑し、「早く慣れなさいね。」と言って去った。
「秋由、おじちゃんって?」
「新野先生と僕、同じ村の出身なんだ。ちっさい時からそう呼んでたからつい……。」
「へえ、そうなのか。」
「うん。新野先生は優しくて頼りになるから、みんなに慕われてたんだよ。僕、新野先生みたいなお医者になりたいんだ。保健委員もその修行ってとこかな。」
きらきらの笑顔で語る秋由は、喜八郎には眩しかった。
ヒロインが誰も出ていない………。