「喜八郎、喜八郎ー!」

すっかり馴染んだ自分を呼ぶ声に、喜八郎はひょこっと顔を出した。


第9話 喜八郎の誓い


「やっほー、秋由。」

秋由は喜八郎を見つけ、いつも通りのマイペースっぷりに苦笑した。

「やっと見つけた。もう…みんな待ってるよ、一緒に帰ろう。」

「うん。」

喜八郎がどこで穴を掘っていても、秋由は必ず彼を見つけ出した。


楽しかった。

初めて友達という存在を教えてくれた秋由。

慣れたらうるさい位絡んできた滝夜叉丸。

滝夜叉丸を通じて知り合ったろ組の田村三木エ門やくの一教室の二人組とも意気投合し、流れるように日々は過ぎた。


喜八郎が秋由の様子に違和感を感じ始めたのは、一年生が終わりに近づいた頃。

「秋由、何かあったの?」

「え? 何かって?」

「最近元気なくない? さっきだってため息ついてたし。」

「やだな、そんな事ないよ。」

「そう?」

「そうそう、それよりさ、この計算……。」

本人の口から否定されても、喜八郎が感じた違和感は消えない。

だが、話題を変えられたことでそれ以上は聞きづらくなった。


時は流れ、二年生が始まったが――

「あれ? ねー滝。」

「なんだ?」

「秋由の布団がないんだけど。」

荷物をしまおうと押し入れを開けた喜八郎が言った。

「は?」

「ほら。」

「……本当だ。」

「なんで?」

「私に聞かれてもな……。先生に聞きにいくか?」

「行こ行こ。」


「え………?」

担任教師は一言、秋由は学園をやめた、と告げた。

「なんで? ねえ先生、なんでこんないきなり……。」

「秋由には秋由なりの事情があるんだよ、喜八郎に滝夜叉丸。」

「だって……だって、休みの前、またねって言った。」

「喜八郎……。」

突然、喜八郎が体の向きを変え、だっとどこかへ行こうとした。

「おい、喜八郎?」

「新野先生のところへ行く。新野先生に秋由のことを聞いてくる!」

「わ、私も行く!」

滝夜叉丸も言い、一緒に行こうとしたが――

「駄目だ!」

「なんで!?」

普段の彼からは想像つかないような勢いで、喜八郎は先生にくってかかる。

「言っただろう、事情があると。そんなに騒ぐものではない。よくある事なのだから。」

「よくあることって?」

「学園には授業について行けないとか家庭の事情とかで、中退する生徒が少なからずいる。秋由もその一人だった、それだけだ。」

「………。」


「喜八郎、最近ずっと元気ないな。」

「山上がいなくなったからよね、やっぱり。」

「あーやん、大好きだったもんね。あっきーのこと。」

同級生の心配する声も耳に届かない。

喜八郎は趣味兼特技の塹壕掘りもせず、授業時間以外は部屋でぐったりとしている。

「喜八郎! 気持ちは分かるが……いつまでもそんな調子じゃ病気になるぞ。」

「ねえ、おいしいものでも食べに行かない?」

「ユリコの散歩に付き合ってくれないか?」

友人達はあの手この手で喜八郎を励まそうとしたが、一向に効果は出なかった。


春が過ぎ、季節は夏に入ろうとしていた。

「あ。」

ズボッという音とともに、体を襲う衝撃。

喜八郎は委員会へ向かう途中で塹壕に落ちた。

上級生が掘ったものらしく、かなり深い。

(……おやまあ。)

――塹壕の中からの景色、久しぶり……。

今までは自分が掘った塹壕から空を見上げていたら、秋由が見つけてくれた。だけど、もう秋由はいない。

“見つけた” “一緒に帰ろう”

「……見つけて。秋由……。」

「――いた!」

その声は明らかに塹壕の上から喜八郎に向かって発せられた。

ぱっと顔を上げる。“あの日のように”逆光で相手の顔は見えない。

「あ……」

“秋由”そう続けそうになったが、その瞬間、次の声が聞こえた。

「委員会の時間だよ! 上がって来られる?」

「……先輩……。」

奇しくもちょうど日が陰り、相手――作法委員の三年生、の顔がはっきりと見えた。

「………はい、大丈夫………」

突然、ぽろっと涙がこぼれた。

秋由じゃない人が来た事で、秋由は二度と来ないと言われた気がした。

「あ…綾部君?」

言葉が途中で途切れたのを不振に思い、は呼びかける。

「どうしたの? 怪我した? 痛い?」

喜八郎からの返事は無い。耳を澄ませると、ほんのかすかな嗚咽が聞こえた。

最初は怪我かと思い保健委員を呼びに行こうと考えただが、この後輩は怪我で泣くような性格じゃない、と思い直した。

「……何か、あったの?」

――優しい声。優しい声音。優しい人。

自分と年が近く委員会の活動中以外でもたびたび話しかけてくれたこの先輩に、喜八郎はすがりたくなった。

「……いなく、なったんです。秋由……仲良しの友達。さよならも何も言わないで、突然……。」

(中退……。)

それ自体は珍しくないことを、くの一教室のはよく分かっている。

だが、“何も言わないで、突然”という部分に、はかつて姉だった双子の“兄”を重ねた。

「……それは、寂しいね。辛いね。」

当たり前だった大好きな存在が当たり前でなくなる。

「寂しい……。」

その寂しさは経験した者しか、おそらく分からない。

「寂しいです……私。」

「うん、分かる。分かるよ………。」

ぽた……と、喜八郎の手の甲に雫が落ちた。

温かいそれは、の涙。

「……先輩、ありがとうございます。少しだけ、落ち着きました。」

“寂しいね”と言ってくれた。気持ちを分かってもらえた事が、喜八郎の救いになった。

目の端に残っていた涙をぬぐい、喜八郎は塹壕から這い上がった。

「……ありがとうございました。」

「……うん。」

元から気にはなっていたが、喜八郎がはっきりと彼女に恋をしたのはおそらくこの時だった。


(……そういえば……。)

喜八郎はふと思い出した。一年生の終わり頃の秋由の様子。

(元気無かった……あの頃色々考えたり悩んだりしてたのかな……。)

今更悔やんでも遅いが、あの時それに気付けば、離れ離れにならなかったのかもしれない。

(だったら、今度は。)

今度誰かがそんな素振りを見せたら、絶対気が付いて助ける。

大事な人と、二度と離れ離れにならないように。


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どシリアス(ry)その2。

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