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  第十章  





(1)




 004と009のふたりは、メンテナンス室の外廊下の壁にもたれて佇んでいた。

 何か話したいことがある筈だった。それが何だったか、言い出せないのかただ忘れてしまったのか、ふたりは長いこと黙ったままだった。
そう多くはないふたりきりの時間。だが今のふたりにそれを楽しむことが出来なかった。

おそらくそれは自分のせいなのだ。
009には分かっていた。
004の表情も沈黙も、メンテナンス室に入って来ない訳も。
そして自分が彼の優しさに甘えていることも。

そんな自分の身勝手さが嫌であったけれども、それよりほかに手立てが見当たらないのだった。

今少しだけ時間が欲しい。

004に仲間達に、そうして正体の分からない何かに向かって、009は幾度となく心の中で繰り返していた。



 ギルモア博士が急ぎ足で向こうからやって来る 。
日頃の博士らしくない切羽詰まった顔をしていた。

「004、ここに居たのかね…ああ009も…済まないが直ぐコックピットに来てくれんかね」

博士は何か言いたげに004を見る。

004の瞳が光った。






 仲間全員が緊急招集されたコックピット。
 壁のモニターに映し出された複雑なデータの解析図。

 静かにざわめく仲間達の声の合間を縫って、沈んだ博士の声が聞こえる。
 途切れ途切れに、嫌でも耳に流れ込んで来る言葉、言葉、言葉。




「…リンクを切断することは出来無いんですか?」

003が悲痛な声を漏らす。

博士は沈痛な面持ちで髭を捻った。

「…うむ…『出来ない』とは今は言いきれない。ただ…深層部までくい込んでいる組織を取り除くにはかなりの時間がかかる。取り除こうとしている間にスイッ チが作動してしまう可能性がかなり高いんじゃ…こればっかりはわしの力では…」

「でも…彼がここに来て幾分日数が起っている。B.Gは彼が戻って来ないと判断して、とっくにスイッチを作動させていてもおかしくないと思いますが…?」

008の言葉に博士は頷いた。

「恐らく、体のダメージで一時的にリンクが切れてしまっていたのかもしれん。回復と共にリンクが復活するのも時間の問題じゃろう…」

「だったら一旦仮死状態にしておくという手は…!」

思いつきに目を輝かせて008は喰らい付いた。

それにも博士は首を振った。

「わしもそれは考えた。仮死状態とは言っても根本的に生体組織に致命傷は無いからの。役には立たんのじゃよ」

「それじゃあ…結局彼は死ぬかB.Gに戻るかしか無いってことか…」

007がつるりとした頭を抱えた。
皆は黙り込んだ。
広い筈のコックピットは、暗澹たる空気のせいで狭く、息苦しい空間へと変わり果てた。


 リアの脳内データの中の不自然なリンク。
・・・・所属基地より一定期間無断で離脱した儘でいると、基地のマザーシステムとリンクした脳内自爆スイッチのキーが作動する・・・ これは一時期、戦闘用サイボーグ限定で試験的に導入されたシステムの一つで、00ナンバー第一世代の開発と同時期に研究が始まった。その後脳神経への負荷 から来る身体的影響が問題視され、また誤爆が相次いだ事から、第二世代開発直前にその研究は一時凍結されていた筈だった。だが009とほぼ同時期にサイ ボーグ化されたと思われるリアの脳内にこのリンクが設定されている、00ナンバーの逃亡事件でB.Gが再びこの研究を推し進め始めたのは想像に難くな い・・・。


皆から少し奥まった場所で、さっきから009は立ち尽くしていた。


・・・自爆・・・自爆・・・


・・・自爆・・・


009の頭の中で、こびりついた記憶の波が凄まじい勢いで渦巻き、ぶつかり、砕け散った。

戦場と化した村。瓦礫が積み重なった乾いた大地。

闇の中の熱いライト。

狭いコンクリートの床。

炎に包まれた戦艦。血に塗れた死体の数々。

白い太陽を背負って舞い降りた黒い豹。鋭く、濡れた目と鉤。

血と砂埃を浴びて冷たくなっていく体。


夜…暗い森と水の音・・・

浮かんだ月・・・

影・・・

影・・・



「はっ…!だから言わんこっちゃねえっての!」

沈黙を破って響いたぶっきらぼうな言葉に、009は我に返った。
皆がギクリとした顔で一斉に002の方を見た。彼は脚でガンッと椅子を蹴った。

「命懸けで助けたってのに、結局のところ全くの無駄だったってことさ。さんざん面倒見させて良くなったらはいサヨウナラってな! しかもそのおかげでこちとらの命までもが持って行かれるかもしれねえなんてな!…ったくB.Gも手の込んだ策略をやってくれたもんだぜ!」

「策略?お前は策略だと思うのか?」

「ああそうさ。あいつは009の人の良さに付け込んだんだ。どうすれば俺達をバラバラに出来るか…いいか、俺達はB.Gに ハ・メ・ら・れ・た・んだよ!!」

ヒステリックに002は怒鳴った。暗い怒りに燃えている彼の目はかつてB.Gに捕われていた時と同じ色を取り戻していた。

「まさかそんな…B.Gだって大きな犠牲があったのよ。戦艦も多くの兵士も…」

003は弱々しく、だが必死に反論した。

「さんざん手こずらされている00ナンバーの壊滅の為には、B.Gにとってあれぐらいの犠牲はやむを得なしだろうが…な」

004が冷めた声で言った。

006が祈るような素振りで天を仰いだ。

「アイヤー…何たる事ネ・・・ちょっ・・・009!009!」

すぐ側に佇んでいた009の顔が赤くなったり青くなったりして尋常では無い様子になっているのを見つけて、006は叫んだ。
体がグラリと揺れる。仲間達が駆け寄ろうとした時、009は背を向け、駆け出した。

自分の名を叫ぶ声が、何かが床に落ちる音が聞こえる。それでもかまわずドアを突き抜け、長い廊下を走った。

 なんでもない距離に009は息切れした。
 ドルフィン号の端の部屋を目指して、なぜ走っているのか分からないままに・・・。





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