(2)
再びメンテナンス室のドアを潜ると、互いの目がまともにぶつかった。
乱れたシーツもそのままに横になっていたリアは、004の顔を見、更にその左腕に目を移して、ニヤッと笑った。
「よお・・・・・アンタとこんな所でまた会う事になるとはな・・・・・!」
そう言いながら のろのろと起き上がる。
「運命の皮肉ってやつか?しかもわざわざ一人で俺の顔を見に来たのは、どういう風の吹き回しなんだ?」
「黙れ」
ふたりはしばらく静かに睨み合っていた。
頭の中で、004はどう話を切り出そうかと逡巡していた。元々言いたい事、聞き出したい事が多すぎた上での急な面会だった。
それに今のこのリアの様子はどうだ。
009を連れ出した時に見た彼は、顔は心なしか青ざめ、前髪の間から透けて見えた片目は確かに苦しみ悶えていた。戦場で対峙した時とは想像もつかない程や
つれて見えていた。
ところが今は
相手を小馬鹿にしたような笑みを湛え、傲慢さが言葉の端々に見え隠れする。先程の009の様子はまるで自分には関係無いとばかりにまるで居直っている様に
見えた。
「長居するつもりは無い。お前さんは俺の問いに答えるだけでいい。率直に聞こう・・・・・なぜリンクの事を黙っていた?」
「・・・・・爆破リンクの作動は裏切り者の抹殺目的だけでは無い。それ位は分かるだろう」
「微妙に話を外らすな。俺の言いたい事は分かっている筈だ。・・・・・お前は009を攫い、B.Gの戦艦に連れ帰って監禁し、そのまま基地に連れ帰る計画
だった。しかし俺達が来た時点でなぜか009を縛っていた鎖を切り、そのままお前は姿を消した」
「言っとくがあいつを攫ったのは俺の意志じゃないぜ。お前と対峙していた時脳内通信で命令が下ったんだよ。俺の行動に何ら
かの意味付けをしたいならそれは残念ながら無駄なこった」
「・・・・・お前は味方を殺し、戦艦内部を爆破。そして自害までしようとした。しかもあのタイミングでだ。短時間でこれだけの事をやってのけた事から察す
るに、これは前もって計画されていたものと思われる。我々00ナンバーの崩壊を目論んで009に近付いたとは思わんが、ここに来てお前のそのリンクの発覚
だ。」
ちらっと上目遣いで004の顔を一瞥し、リアは投げ遣りな溜息を吐いた。
「リンクの内容がバレれば、お前達・・・・・009が余計な事を始めるのは目に見えていたからな。自分の生死をこれ以上他人にコントロールされるのは、も
う俺はごめんだ・・・・発覚前にさっさとここをサヨナラするつもりでいたが、・・・何てこった、この忌々しい体が・・・・・!」
彼はシーツの上で拳を握り、吐き捨てた。
「つまりお前には死ぬか、B.Gに残るかの選択肢しか無かった訳だ。そこでお前は死ぬ事を選んだ・・・・・」
004自身話しながら、その言葉が本当に聞き出したい事からどんどん掛け離れて行くのを感じた。
「・・・・・全くもってその通りだ、004。あの時あいつが居てくれたおかげで俺の計画はすいすいはかどったよ。009という捕虜がいれあのば、周りの注
意は当然そっちに行き安いからな。だが・・・その当の009によって最後が台無しになる
とはな・・・・・!」
004はじっと目を据えて相手の顔から体までをひたと眺め、相手の言葉が本気なのかどうか判別しようとした。言葉以外から彼の心中を知る手掛かりをあれ
これ探していた。本当ははっきり聞きたかった。なぜあのタイミングで命を断とうとしたのかを。なぜ自分の手柄の種になるかもしれない009を解放したのか
を。
だが言葉を並べるにつれて、意志とは裏腹に勝手に一つのある結論に導かれてしまいそうな、そんな予感が自分自身を臆病にしていた。
「あいつは・・・・・009はお前が死を望む理由を知っているのか」
この質問には勇気が要った。彼らの心の絡み度合いによって答えは違って来る。
「・・・・・どうだか。まあ、あいつは知りたくもないだろうよ。自分の行動を正当化するする為にはな」
ここでさらに押すべきかはたまた引くべきなのか、004は迷った。自分にとってリアは不気味なパンドラの箱だった。
「お前が聞きたい事はそれだけか」
こちらの心を見透かした様な言葉に004は眉尻を上げた。
「お前が本当に知りたい事はそうじゃ無い、004・・・・・」
「・・・・・何が言いたい」
「お前の左手、」
そう言って顎で示して見せた。
「・・・・・それが今度こそ俺の喉元を捌き切ろうとして疼いているのが、俺にははっきり見えるんだよ」
「詰まらん挑発に乗る気は無い」
「挑発とは違う。ただ事実を述べているのだ。お前はその一度失った左手に、自身の無念が燻った儘だとは思わないのか」
「・・・・・だから?一たび体から離れれば、鉄屑だ」
「その役立たずの鉄屑の為に、あいつは敵に身を任せる事になったのだろう」
004の目元がぴくりと動いた。
「目の前で弄ばれ、拉致され、尚且つ知らぬ所で味わされたかも知れないあいつの苦悩を、お前はその鉄屑と一緒に闇に葬り去るつもりか」
「黙れ」
「失った左手がお前から奪い去ろうとしている何かから、なぜお前は目を背ける・・・」
「黙れ!!」
リアの氷の様な片方の瞳が鋭く光り、じわじわと不敵な笑みが浮かびあがった。
「俺はただ不思議なのだ。004。お前が目を背けて、あいつを自分から闇に近付こうとさせている事が」
左手は自然とギリギリと音を立て、右手は今にも勝手に弾が飛び出しそうに、不気味に蠢いた。
004は無意識に半歩踏み出して左手を突き出した。
「・・・・・この左手が本当にお前の喉元に喰らい付く前に、口を閉ざせ」
「・・・・・そうだ、怒れ、罵れ、004。憎しみを俺にぶつけろ。俺を暴いて、自分が見て見ぬ振りをする全てを思い知るがいい。あの時の決着を此処で着け
ろ。そうすれば自分の愚かさがわかるだろう。もう一度その左手が地に落ちて、今度こそ永遠にあいつを奪い去る前に・・・・・」
リアの笑みは益々凄みを増し、彼が操っていたサーベル刃の煌めきを一つの瞳に湛えた。
────── 今度こそ永遠にあいつを奪い去る前に・・・・・
────── ・・・・・・・殺せ・・・・・・・!!!!!
目には見えないサーベルとレーザーナイフが互いの鼻先に突きつけられた。黒煙に覆い付くされた空が二人の脳裏に広がる。どす黒い夕陽が焦土の果てに掛っ
ている。マフラーとマントが火の粉混じりの風に吹かれて、悪魔の翼の如く大きく禍々しく翻った。
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