第十一章
(1)
009達が廊下に出ると、他の仲間達が遠巻きにこちらを眺めていた。不安気な皆の顔が並んでいる。誰もが苦しみに満ちた目をしていた。
「009・・・・・」
003が躊躇いがちに近付こうとする。004は彼女にゆっくり首を振って見せた。
今にも飛び出して009に喰らい付きそうな002の体を、007が必死に自分の後ろに押し込もうとしている。
仲間達は皆009に声を掛け、慰めたかった。メンテナンス室で何があったのか問い詰めたかった。しかしそれは自分達が立ち入る事の出来る問題ではないらし
いと誰もが知っていた。
だから遠くから見つめるしかない。途方に暮れた彼らが示せる、精一杯の優しさだった。
「005・・・・・悪いがこいつを頼む」
部屋の前で、004は009の体を仲間の腕に預けた。
005は無言で頷き、体を優しく受け止めた。
それから004は踵を返し、躊躇うこと無く再びメンテナンス室を目指した。
005は009の肩を抱き、彼の部屋へと連れて入った。
彼を一先ずベッドに座らせる。 憔悴した様子で009はただされるがままに従った。彼の肩に毛布を着せ掛け、窓のシェードを降ろす。
ポケットから白いカプセルを取り出して水のボトルと 一緒に009に差し出した。博士から言い使った鎮静剤だった。
それをちらと見て、009はふるふると首を振った。
「飲め。楽になるから」
飲むまできっと引き下がらない、そう悟った009は、大きな手からそれらを受け取り、少し持て余してからゆっくり口に含んで飲み込んだ。
それを見届けると005は仲間の隣に静かに坐った。そうしてふたりはしばらく何も言わずにいた。
「005・・・・・」
掠れた声で009は呟いた。
「僕には、自分が助けた相手の幸せを望む事さえ許されないのだろうか・・・・・?」
「・・・・・・幸せになるかどうかは、結局は自分次第なのだ」
「自分次第・・・・・」
「幸せを作るのも自分、壊すのまたも自分だ。周りの者は何も出来ない。出来るのは、ただ見守り、その人のすべてを受け入れる事だ」
「・・・・・少なくとも、僕にその資格が無い事だけは確かだ」
上から見下ろす009の髪はスタンドの明かりだけの薄暗い室内で、柔らかい光を受けていた。この小さな頭をいつも自分はこうして見つめて来たのだ。
それは時には後ろ姿だった。自分の目に焼き付いているのは、いつもそんな少し離れた彼の姿だった。
「いや、それは違う。お前は悲しんでいる。リアの為に心から悲しんでいるのだろう。それで充分だ。
相手の為に喜び、また悲しむ、それは相手のすべてを受け入れているからだ。受け入れて、自身の一部としているからだ」
009はゆっくりとこちらを見上げた。こんな間近で彼の瞳を見る事は久しかった。うっすらと涙で濡れたその眼差しには、彼自身が背負うすべてが映ってい
た。その厳かな輝きは、流星さえも色褪せる、005はそう思った。
「相手の喜びも悲しみも受け入れて、自分の物とする・・・・・でも運命がそれを許さない時には・・・・?」
「幸せの数はあらかじめ決まっているのではない。さっきも言ったろう、自分で作るのだ。そこから自身の運命が生まれるのだ、009」
「・・・・でも、でも、僕らは最初からこんな生き方を望んだ訳じゃ無い・・・・・!こんな運命の為に僕らは生まれて来たのか・・・・・!?」
005は褐色の大きな手を彼の頭に載せ、自分の胸に引き寄せた。背後に映る大きな影と小さな影が溶け合って一つになった。
人種の違う二人は、元はまるで別の世界に生きていたのだ。 それが何とも数奇な巡り合わせで、今、共に居る。
「そうだ、俺達はその為に生まれて来たのだ。戦う事で、誰かの幸せを守り、悲しみを受け止める為にな」
「だって・・・・・だって・・・・・それが僕達の幸せなの・・・・・?」
009はすすり泣いた。温かな涙が005の胸を濡らした。
005は茶色い髪をそっと撫でた。
「例えばこの俺は、幸せだ。・・・・サイボーグになっても、あらゆる悲しい事がこの地上で起こってはいても、真に心を分かち合える仲間を神は与えてくれ
た。 一人の喜び悲しみは、同時に九人全員のものとなる。これ以上の幸せがあるだろうか。
この命尽きる時、もし遠く離れていても、必ず俺はお前達の笑顔を思い出す。 そして自分の人生に満足して、心から幸せだったと思うだろう」
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