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  第十二章   



(1)






 右目の包帯だけを残して、自己治癒能力のみでの回復が可能になったリアは、翌日その身柄をメンテナンス室から最奥の独房へと移された。
本人が今だ敵の立場を明確にしている以上、捕虜としての扱いは仕方の無い事だった。
 両手を拘束され、レイガンを手にした005、007、008に周りを囲まれて独房へと歩いて行く。
 それを他の仲間達は廊下の隅から息を殺して見守った。
 その中には009も居た。彼は彼で00ナンバーとしての自分の立場をわきまえたのだろうか?
表情を崩さず、淡々と一連の流れに従い、皆の後ろで黙って捕虜となった相手の姿を見つめていた。
拘束されたリアがゆっくりと目の前を通り過ぎてもふたりは視線を合わせる事は無かった。




 同時にドルフィン号に於いて新たなミッションの為の準備が静かに開始された。
 リアを日本へ搬送する。爆破スイッチの作動の危険を最大限まで想定しつつ成し遂げるのは、容易な事ではなさそうだった。
 更に本人自身の了承が取れていず、敵の立場を崩していない事が更に事態を複雑にしていた。
 この事については00ナンバーの間でも意見が割れた。特に002が感情的な意見でしょっちゅう議論をかき乱す為、結論は中々出なかった。どっちにしろ、 物事がどう動くか、流れに任せるとしか言えない。搬送の為の準備に要する時間に全てが掛っていた。
 皆は敢えて009の意見は聞かなかった。彼にこの件を判断させる事は穏当では無かった。
 加えて009は、リアとの単独での面会禁止を004から申し渡された。非情な様でも、00ナンバーの統率の為にはやむを得ない措置だった。

009は取り乱すまでも無く、黙ってじっと皆の議論を聞き、004の命令を聞いていた。
無言で全てを受け入れようとするその様子は厳粛ですらあった。

 
  
 009は淡々と任務をこなした。メンテナンス室に通う必要が無くなった為、その姿はコックピットでも多く見られる様になった。仲間と普段通り会話を交わ し、相手の為に微笑む事を忘れなかった。
すべてが元通りになった様に見えた。

だがしばらくしてが皆は、嫌でも気付かざるを得なかった。
 
優しく微笑む目の奥の虚ろな色。一人ふらりと窓の傍に佇んで、ガラスの向こうを見つめる、何も映し出されていない無表情の瞳。
さざ波揺れているであろう彼の心は、今その流れ着く場所を求めて彷徨っているのだろうか。
 
 
 






 
 さっきから姿の見えない002を探して、009はドルフィン号の廊下を歩いていた。
 
 恐らくここだろうと目星を付けた場所、普段休憩室と呼ばれている空き部屋だったのだが、そのドアを潜ると、部屋の真ん中にある長いシートの端から、黒い ブーツの足が二本、組んだ形でにょっきり突き出ているのがすぐに目に入った。
 
「ああ002、やっぱりここに居たんだね。さっき言ってたエンジンオイルの圧力だけど・・・」

 
ひょいとシートを覗き込むと、両腕を頭の後ろで枕にした002がゆるゆると目を開いた。

 
「起きてる?さっきのエンジンオイルの事だけど・・・」
 
 
002は眩しそうに二、三度瞬きをした。 009の差し出した紙を寝そべったまま片手だけ伸ばして受け取り、時折ぼんやりした返事を返しながら009の説明を聞いていた。
 
「・・・だから数値は問題無いみたいだよ。じゃあ、ごめんね、休憩の邪魔して」
 
一通りの説明を終えて009は部屋を出て行こうとした。
 
 
「・・・・009」
 
似つかわしくない沈んだ声に振り向くと、002はのっそりと身を起こし、寂寞とした瞳でこちらを見つめた。
 
「どうしたの?」
 
「こっち来て」
 
言われるが儘に009は再び近付き、隣に座った。002は背中を丸めてじっと床を見つめ、ややあって口を開いた。
 
「前は怒鳴ったりして悪かったよ」
 
突然の謝罪に009は小さく戸惑った。
 
「・・・・そんな、あれは僕が悪かったんだから・・・・」
 
002はちらと目だけ動かしてこちらを見た。同時に心の中で溜息を吐いた様に009は感じた。
 
「・・・・俺だってさ、相手が敵だろうと、その命を救えるなら出来るだけの事をしたいと思ってる。・・・・・そう、お前の言った通り、一人でもB.Gから 出られるなら、俺は・・・・」
 
002は言葉を探す様に言い淀み、こくりと唾を飲み込んだ。
 
「リアの事は、見捨てたいとかそんなんじゃ無いんだ・・・・。俺だって何とか救ってやりたい、でも何も出来ないのが悔しくてさ・・・・ だから・・・・いや、だから・・・・、分かってくれ、009」
 
言葉を切ると002は、身の置き所を探る様にもぞもぞと体を動かした。思いを手繰る様な彼の言葉に009の心は切なく震えた。
 
「・・・・分かってる。分かってるよ・・・・。君の言いたい事は・・・・。僕も君の言う様に、何も出来ない事に焦って戸惑って・・・・そんなだからみんな を不安にさせて、君が僕に腹を立てるのも、当然だ・・・・」
 
 今の自分の言葉は002の心に届いたのかどうか、009は丸で自信が無かった。002の思いは痛い程にこちらの心に響いたが、それを証明し、彼を安心さ せる位の言葉は今の自分には持ち得なかった。圧し掛かる現実の重さに、自分も002も、ただただ途方に暮れるだけだった。
 自分達は仲間としてすべてを分かち合って来たが、此処に来て、悲しみまでも分かち合う事は果たして正しい事なのだろうかと009はぼんやり考えた。
オレンジ色の光を振りまいて、002はいつもこの自分の心を明るく照らし、時には激しく揺さぶった。彼にはいつも笑っていて欲しかった。 彼の太陽の様な笑顔が好きだった。地上から見上げる自分を瞬く間に攫って青空と風の匂いを教えてくれる、いつもそんな彼でいて欲しかった。
  
 二人並んで坐りながら黙りこくっているのは、傍から見れば奇妙な光景だった。
 いい加減にコックピットに戻らなければならない。009は後ろ髪を引かれる思いで立ち上がった。
 
「僕、もう行かなきゃ・・・・・」
 
002はいきなりばっとこちらを向いた。
  
「なあ、009、俺は怖いんだよ・・・・!」

相手の突然の勢いに気圧される様にして009は立ち尽くした。
  
「怖い・・・・?何が・・・・」
  
  
002はシートから身を乗り出し、009の体に縋り付いた。
  
  
「お前が何処かに行ってしまうんじゃないかって・・・・俺達を残して行ってしまうんじゃないかって・・・・・リアがお前を連れて行ってしまうんじゃない かって・・・・・!」
 
 「な・・・・何を言うんだい・・・・?」
 
しがみ付いて来る体を、009は混乱する頭で抱き止めた。その力強さに思わずよろめき、一緒に倒れてしまわない様に必死で支えた。
 
胸に顔を埋め、002はくぐもった声で繰り返す。
 
 
「今にもお前が何処かに行ってしまいそうで・・・なあ、言ってくれ、009。何処にも行かないって、俺達を残して一人で行っちまわないって・・・・!」
 
 
002はぐっと強く009を抱き締めると、がばと胸から顔を上げた。射抜く様に見つめて来る二つの瞳は濡れていた。
彼の振り絞った声は009の体の隅々まで響き渡った。
 
 

「なあ、俺はどうしたらいい?・・・怖いんだよ、教えてくれよ、009、俺は・・・俺はどうしたらいい・・・・?」
 
 
 





 
 
 
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