第十五章(1)へモドル | 第十五章(3)へススム | 009



(2)





 005が先頭に立ち、壁を次々と打ち壊して行く。海中からはまだ爆発音が響いている。爆発が終わらない内に出来るだけ 先を進みたい。地面が揺れて壁や天井がバラバラと崩れ始める中を、皆は懸命に走った。
 やがてすぐ近くでサイレンが鳴り響き始める。向こうから大勢の足音がこちらに向かってやって来る音がして、皆は
レイガンを構えた。

 005が蹴散らし、004のマシンガンが唸りを上げ、次々と襲って来る兵士達を排除しながら00ナンバーは走る。残りの
メンバーは援護射撃に徹した。埃と煙がもうもうと立ち込める中、彼らはそれを盾にして進む。
多くの人が囚われている牢へは、一足先に008が向かっているだろう。そこへ少しでも早く近付くべく、彼らはひたすら自分の 役目に徹した。
 やがて離れた場所から巨大な爆発音がした。ズシンズシンと巨人が足を踏みしめる様な地響き。ガラガラと一斉に崩れる 天井と壁、敵兵士達の陣形が乱れた。002と006による空からの攻撃だった。


004が009に向かって叫んだ。

「今だ。行け。早くあいつを探すんだ!!」


「今・・・・!?」

009は迷った。牢はもう目の前。今自分だけが飛び出して別行動を?

「そうだ。敵の陣形が乱れている今がチャンスだ。人々の解放は最初に008が采配してくれているから、何とかなるだろう。 だから、此処は俺達に任せて行け。お前の使命だ!!」


「あーちょい待ち、009、吾輩にもちょいっと出番をくれてもいいんじゃないの〜〜〜!」

 飄々とした声がしたと思うと、巨大なタイヤに早変わりした007が、煙を上げ猛烈な勢いで回転しながら目の前の
兵士やロボットを次々と蹴散らし、そのまま奥の壁に派手に激突した。もうもうと立ち込める埃の中、衝撃で変身が解けた 007は白眼を剥き、ふらふらと酔っ払いの様になって、

「ワガハイ、ちょっとくらいお役に立てたかな〜〜?」

とか何とか言いながらぐにゃりと地面に沈み込んだ。

009はぐっと胸が詰まった。


「ありがとう、007、みんな・・・・・!!」


007が命懸けで作った道を、009は走り出した。もう振り向かなかった。








 地下道から非常階段を駆け上がり、009はひとまず上の階へと辿り着いた。指令室からはかなり距離のあるその部分は爆発 の衝撃で所々天井が崩れ落ちている他は、特におかしな点は無かった。
 曲がりかけた角の向こうからバタバタと大勢の兵士達が走って行く。慌てて身を潜めると、彼らは角を素通りして
慌ただしく去って行った。そのほかに兵士達が来る気配は無かった。配備が行き届いていないのか、それとも・・・・・
取り残された基地の死角、眼前の明るく無機質な廊下が延々続くだけのその光景に、009は一つの既視感を感じていた。
 すうっと背筋が冷える。音のしない方に向けて、破裂しそうな心臓を抱えて009は走った。 

 一つの曲がり角に飛び込んだ所で009は立ち尽くした。折り重なった兵士達の死体の数々、床から天井まで跳び散った 大量の血、それが恐らく基地の中心に向けて点々と続いている。耳に聞こえる爆音は自分の体の中で鳴ったのかもしれない。
 もはや悲鳴も呻き声も無い死の風景に、009は両手で強く目を覆うしかなかった。
 だがもう祈る時間すら無い。分かっていた。禍々しい血の道は、リアの元へと通じる道だった。




 走るにつれて焦げた匂いが鼻に突き始めた。向こうから嫌な熱気を感じる。突き当りの出口の向こうから、バチッバチッと 電気がショートする様な音がする。駆け寄ると油臭い熱風がさあっと顔に吹き付けた。そこは吹き抜けの広い空間、
壁から壁を繋ぐ何本もの鉄橋が、目の前でまるで焼け爛れた骨の様に崩れ落ちていた。
 眼下は一面の火の海、炎に見え隠れする黒い山々は、やはり死体の数々。壁の穴からザアッと水が吹き出し、滝の様に下へ降り 注いでいた。
 その時何か大きな物が目の前を斜めに横切った。
 火の粉と煙に霞む目を凝らす。揺らめく熱気の向こう、天井に近い鉄橋の上に佇むそれは、


「・・・・・リア・・・・!!!」



灰混じりの風の中、マントの影から覗いた驚愕に見開かれた目。


「0・・・・0・・・9・・・・」


 彼の唇が形作った。彼は凍りついていた。震える様な足取りで二、三歩後ずさろうとする。



「・・・・・なぜここにいる、お前はなぜ・・・・一人でここにいる!?」




「もう君の言葉なんて聞かない。僕は君を連れ戻しに来た。君は僕達と一緒に来なくちゃならない!!」



 声が掠れる。轟音と炎の破裂音の中で、どれだけ彼に伝わっているのか。



「最初からそうするべきだった、無理矢理にでも。君は・・・・君は、最初から僕のものだった・・・・・!!」



 リアは色を失っていた。身動きも出来ず息を飲む事すら儘ならない様に、ただ沈黙の中で数秒が凍りついた。


 「お前は・・・・・お前達は・・・・・」



 掠れた声。熱気に揺らめく体は、丸で震えている様に見える。



「・・・・・今すぐ此処から立ち去れ、009。俺の前から消えろ。お前を、俺が本当に切り裂いてこの火の海に攫わせてしま
う前に・・・・!!」




 絶叫と共に目の前の鉄橋がゆっくりと傾き、轟音と共に崩れ落ちた。

 渦巻いた熱風に思わず目を閉じた瞬間、リアの姿は消えていた。









 次々と囚われていた人々を解放する。最初の綿密な爆破計画のお陰で、外の森へと続くルートが比較的容易に確保出来、 既に自力で脱出していた者も多く、計画の第一段階としてはまずまずの所だった。
 だが火の手の進みが早かった。風向きが変わった為に基地全体を炎が帯の様にぐるりと取り巻こうとしていた。
 あまり時間が無い。
 通路の隅に飛び込み、004は手早くマシンガンの弾を充填しながら、脳内通信の回線を開いた。


『009、009!』

砂嵐の様なノイズ音がしばらく続いた後、ようやく声が聞こえて来た。


『今どこだ009。どんな状況だ!』

『004・・・・?今・・・今・・・・どこかはっきりとは分からない。大きな吹き抜けの部屋だ。周囲が燃えている。
周りには火と・・・・・死体だけしかない』

死体。004はぐっと息を飲み込んだ。


『あいつは・・・・・リアは!?』

 一瞬間があった。

『さっき見た。ほんの少しだ。・・・・・今すぐ此処から消えろと、それだけを言って、直ぐに居なくなった・・・・!』

語尾がザザッとノイズに乱れた。強い風がぶつかり合う様な音。まるで彼の心の音がそのまま聞こえて来る様な。
充填が完了した右手がガシャンと固い音を立てる。

『・・・・・お前はそのままあいつを追え。これ以上あいつに破壊行為をさせるな。俺も後から行く。お互い最善を尽くすんだ』


 届いたかどうか、回線は激しく縺れ、ぶつっとちぎれた音を立てて消えた。


 004は立ち上がった。一刻の猶予も無い。真っ直ぐに目指す場所は基地の中央。マザーコンピューターだ。

 後を仲間達に頼んだ。彼らはしっかりと頷いた。彼らには004の目的が分かっていたのだ。








 四方八方から建物が軋む低い唸り声が響いて来る。004の進む吹き抜けの壁の通路はあらゆる衝撃であちこちが
歪んでいる。と、足元が傾き、通路が行く手からゆっくりと下へ崩れ落ち始めた。004は弾みをつけて宙に飛び上がり、 崩れ行く瓦礫に順に飛び移りながら重力に任せて降下した。最後壁の大きな破片に飛び移った所で 爆風に吹き飛ばされ、004は空中で回転しながら何とか体勢を立て直し、ようやく固い地面へと降り立った。


 頭上から降り注ぐ火の玉を何度も手で振り払いながら004は辺りを窺った。此処には火と煙と瓦礫しか無い。
固い破片の混じった突風が吹きつけた。思わず腕で顔を覆った所で天井から巨大な柱が倒れ込んで来るのが 目に入った。それだけじゃない、彼の照準眼が捉えた瞬間空中を切る004の体、それに交差する様に黒い 影と白く輝く物体が斜めに横切り、互いの体を掠る様にして、地面に着地した。


 重く沈んだ音を立てて倒れ崩れる焼け焦げた柱。


 離れた場所でゆっくりと立ち上がり向かい合う二つの影。


 互いの顔の前に翳され、赤い炎の影を鮮やかに映すサーベルとレーザーナイフ。


 しばらく瓦礫が燃え崩れ落ちる音だけが周囲を包んだ。




「・・・・・火の手が廻っている。基地が燃えて沈む前に、俺には行かなきゃならん場所がある。悪いがそこを退いてもらえるか」


 ナイフを構え、004は冷静に言葉を発した。



「残念だがそれはもう手遅れだ。お前が出来る事は、仲間を連れて此処から直ぐに去る事だ」


すっとサーベルを持ち上げ、低く答えるリア。黒いマントが流れる様に揺れた。


「お前が共に来てくれるなら、直ぐにでも此処を立ち去ろう。それ以外では、駄目だ」


「来ないと言ったら?」


「お前の破壊行為をこれ以上容認する訳にはいかない。お前がまだ無駄に殺戮を繰り返し、更に俺達自身をもその刃に掛けようと 言うのなら、俺にはそれを阻む義務がある」


「ではその義務とやらを、今すぐ遂行するんだな・・・・・!!!」


 叫ぶが早いか、サーベルが熱風を劈いた。004は後ろに回転しながら飛び退き、目に見えない速さで突っ込んで来る刃を 刃で受け止めた。
 凄まじい衝撃と火花。激しく打ち合う二つの鋼。二人は一つの巨大な火の玉になって地面を駆け、灰と瓦礫の破片を撒き散らす。
相手の衣服を皮膚を細かく傷付け点々と血が体に飛ぶ。激しく舞うマントとマフラーが絡み合い弧を描き、まるで蛇の舌の様に 互いに巻き付き、息の根を止めようとする。


「お前はなぜ命を無駄にする?人のも、自分のも。なぜ、お前は共に生きる事を選ばない?可能かもしれないのに?」

打ち合いの中で004は叫んだ。と、サーベルが004の肩先を擦った。ぐっと呻いて004は大きく後ろへ飛び退り、 ざざっと地面に転がった。
じわりと防護服から赤い血が滲んでいる。


「お前の刃は甘い。004。誰の命でも俺には関係ない。生身の記憶を奪われB.Gサイボーグとして新しく生まれた瞬間から、 俺には命なんて概念は無いのだ」

リアは赤く濡れたサーベルを見せつける様にぐるりと回転させた。


「・・・・・ではこれから作って行けばいい。お前の中にはもうその概念が生まれ出ている筈だ。なぜそれを認めようとしない!」

息を喘がせ、肩を押さえてゆらりと立ち上がる004を、リアは冷えた目で見つめた。


「お前の刃は甘い。お前は本当の意味で俺を倒そうとはしていない。この期に及んで、お前は009を落とし所として利用しようと している」

 静かな声と共に二歩三歩、ゆっくりと歩みを進める。黒い瞳がじわじわと氷の熱さで004を射抜く。マイナスのエネルギーが 彼の体の中で沸点に達しようとしている。


 「・・・・お前は009を止めるべきだった。あいつがこれ以上闇に近付かない様に、俺を早い内に始末しておくのがお前の 義務だった。・・・・なぜあいつを俺に近付けた・・・・!!なぜあいつをしっかりと受け止めておかなかった・・・・・!!!」


 最後は狂気の叫びだった。黒い翼を背負って大きく飛び上がり、宙で振り被られる刃。
後方に飛び退く004。刃が振り下ろされ、固く鈍い音を立てて大きくひび割れる床。コンクリート片が派手に飛び散った。

汗と血が流れる頬を004はぐっと拭った。リアの額からも細い血がたらりと流れたが、彼はそれを拭いもしなかった。
血走った瞳はただ004に向けて憎悪に燃えていた。
 再び打ち合いが始まる。二人の起こす突風に煽られて、周囲の火が大きく踊り、ザアッ潮の満ち引きの様な音をさせて更に燃え広がる。


「前にも言った筈だ。お前の命はもうお前だけのものでは無いと・・・・!!あいつは、009はお前を求めている。 そしてお前もだ、リア!!!」


 リアは答えなかった。宙に舞い、炎の色を受けて赤く輝くサーベルが004を襲った。受け止めた衝撃で縺れ倒れる二人の体。

 起き上り同時に刃を突き付けたその時、澄んだ大きな声が二人の間を貫いた。





「やめろ!!!」




 両手でレイガンを構え、009が真っ直ぐな瞳で佇んでいた。







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