月は夜ごと海に還り

第五章(1)へモド ル | 第五章 (3)へススム | 009


(2)



 ギルモア博士をはじめ、00ナンバー達は焦っていた。

 009が捕らわれていると見られる戦艦を見つけ出したものの、最初に数発のミサイル攻撃があっただけで戦艦はすぐに沈黙した。
無線交信もノイズのみで通じない。そうこうしている内に、なぜか突然敵の機体内部から火を吹き始めた。右左に不規則に揺れ、時折聞こえる低い轟音が、内部 のあちこちで爆発が起っていることを示唆していた。
 真っ黒な煙と炎の塊を撒き散らしながら猛スピードで飛行を続ける戦艦。ドルフィン号や小型戦闘機を横付けにして乗り込もうとすればさらなる爆発を招く事 になるだろう。

009は中でまだ生きている、と003ははっきり言った。戦艦に張られたシールドのせいで姿は見えないけれども、鼓動を感じると。だけど彼以外の生きた鼓 動は聞こえないとも言った

「敵は戦う前に自爆するつもりか?」

操縦管に張り付くようにして008は呟いた。
こちらから手の出しようが無い。このままでは009を乗せたまま墜落する。彼を救出する道は一方的に遮断されてしまった。

「そんなアホな話があるかよ!直ぐ目の前に居るのに、敵がアイツと心中するのを黙って見てろってのか!!」

002はパネルを拳で叩いて叫んだ。
二度と思い出したくない光景が、皆の脳裏に蘇る。

「やめて!なにか方法がある筈よ!」

現実を直視出来ずに003は顔を覆った。彼女の言葉は気休めにもならなかった。

沈黙。

004は座ったまま考えていた。無言で考えに考えた。

自分の左腕は切り落とされたまま。
片膝はあの戦いの後遺症で動かない。自身が助けることは不可能だ。
敵の機体の最後部から漏れる黒い煙が白い空を汚していく。

彼の元へ真直ぐ駆け付けたい。
ここから飛び出して今直ぐにでも助けてやりたい。
しっかり抱き締めて安心させてやりたい。

想いばかりが全身を締め付ける。心が鋼鉄の体の奥でのたうちまわった。

「でも、方法が一つだけ残っていること、忘れちゃいねえよなあ?」

 004は顔を上げた。真摯な、でも幾らか悪戯っぽい輝きをも滲ませて琥珀色の瞳が自分を見ていた。
意味は分かっていた。先程から何度も自分の中で考えていたことだ。
リスクが高過ぎた。
しかし彼にしか出来ないこと。自分には不可能なこと。009が生きて還ること。

「俺は行くぜ」
002がきっぱり言った。

「いかん、君まで巻き添えになるぞ!」

博士は叫んで引き留める。

「本望だ。自分で決めた死ならな・・・。だけど俺も009も寿命はもうちょっとあるつもりだぜ。そうだろ、死神サン」

002は004を見た。お前の想いを俺に託せ、と言う様に。004はちょっとの間考えて、そしてニヤリと笑った。

「お前達ふたり共、確かに死ぬにはまだ早そうだな・・・。早めに帰って来い。ふたりでな」


「オッケー」




 009は咳き込みながら、果てしなく続く廊下を進んで行く。途中幾つもの死体を踏み越えた。破壊され、黒焦げになったドアを見た。崩れ落ち、穴の開いた 壁の傍を何度も通った。血溜りが床を濡らしていた。
 また爆発。天井がガラガラ崩れ、水道管が破裂してザアッと勢い良く水が降って来た。激しい揺れと洪水が、足元を益々悪くする。 生きている者にはやはり誰一人出くわさない。
 009はリアの事が心配だった。出来るだけ探すつもりだったが、生きた者の気配が一切無い今の状態に来てもう駄目なのではないかと思い始める。
先程から無数の疑問符が頭の中を駆け巡っている。
戦艦内部からの爆発。部屋や廊下中に散らばった死体。血溜り。
鎖を断切って独房を出て行った時、彼のサーベルが抜き身のままだった事を思い出す。
そして最後の言葉。
何かが胸の奥に当った。
どうしても彼を探し出さねばならない。

──── リア・・・何処だ・・・


  突き当たったドアが勝手に開いた。黒い台、鎖が眼に入ってそこは自分が拷問を受けた場所だと思い当って顔を背けた。
 それでも勇気を振り絞って中へ入る。
 台の向こうに仰向けで倒れていた人物、覗き込んでみてそれがさっきの中年の科学者だと気付きぎょっとした。胸からおびただしい血が溢れて白衣は真っ赤に 染まっている。恐らく心臓を一突き。

目の端で何かが光った。
瞬間、炸裂。爆風に体が飛ばされ、壁に逆さに叩き付けられて床に滑り落ちた。

「・・・くうっ・・・」

激痛が全身を苛んで呻いた。どこか傷口が開いたのか神経がじくじく痛みだす。それでも何とか起き上がった。
今の爆発で壁の一部がぽっかり穴が開き、砂埃舞い散る中でも向こう側がはっきり見えた。

──── あ・・・!

崩れた壁の間から黒い物が覗いている。009は体をくの字に折り曲げてどうにか近寄った。
必死で瓦礫の山を掻き分けてみる。黒いマント、黒い髪が序々に現れた。

「リア!しっかり・・・!」

俯せになった体を抱き起こした。揺り動かすと、グラリと仰向けになって009の腕にぐったりと体重が掛る。
腕と肩が裂けて中のコードが露になり、人工血液が滲み出している。煤け、青ざめた顔、力無く閉じられた目。その片方は瞼が裂け、溢れる血が頬まで流れてい た。胸に耳を押し当ててみて、まだ心臓が脈打っている事を確かめ少し安心する。それでも完全に意識は無い。


009は彼を抱き上げ、脇に抱えた。





第五章(1)へモド ル | 第五章 (3)へススム | 009

-Powered by HTML DWARF-