月は夜ごと海に還り

第七章(3)へモド ル | 第八章 (2)へススム | 009

  第八章  



(1)



リアが再び眠りについたのを見届けてから、009はコックピットに戻った。

「彼、意識が戻ったのね」
ドアを潜るなり声を掛けた003に009は笑顔で頷いて彼女の隣に腰を落ち着けた。
「思ったより早く目覚めたから驚いたけど、でも元気そうだ。ちゃんと会話も出来るし意識もはっきりしている。後で博士に 診察を頼んでおかなきゃ。彼が今度起きたら、君も会いに来てあげてよ」
009の声は弾んでいた。
「もちろんよ」
嬉しそうにしている009の為に003は喜んだ。
 しかし003は微かな不安をまだ捨てることが出来かった。
何事も無かったかの様な顔を009はしている。
あの村での戦闘、引き裂かれる寸前だった体、攫われ、閉じ込められ、自分達の目の前で戦艦もろとも爆死しかけた009。

すでに忘れてしまったと言うのだろうか。

すべてにあのリアが関わっているだろう事を。

ただ仲間の前では本心を押し隠し、取り繕っているだけなのだろうか。
掴みどころの無い思考は彼の笑顔の前に空回りするばかりだ。
同意の返事は本心ではあったが、彼の無邪気さに対しては曖昧な笑顔で答えるしかなかった。

「で、009、これからお前さんはどうする気だ」

窓の方を向いて黙ってふたりのやりとりを聞いていた004が、この時初めて口を開いた。

「え」

004はぐるっとこちらに向き直り、きょとんとした009の顔を見つめた。

「どうって・・・」
009は戸惑った。

「これからの事は・・・まだ何も・・・僕はただリアがここで僕らと一緒に過ごして・・・ゆっくり傷を癒せたらって・・・」 
「それはいい。俺が聞きたいのはそれから後の事だ」
「後・・・?」

 004は相手の鈍い反応を見て片方の眉尻を小さく上げた。

「何も考えていなかったのか。そうだろうとは思っていたが・・・つまりだ、今回目覚めたという事は、俺達に とってそれだけ危険が近くなったという事だ・・・それは分かるな?」

 「・・・君はリアが目覚めない方が良かったと言うの?」

「そうは言ってない。お前さんは、出来るだけ長くあいつにここに居てもらって、あいつがB.Gと決別出来るように 仕向けて行こうって腹なんだろうが・・・、今はまだいい。俺はあいつが快癒して体が自由になった時の事を懸念しているんだ。 事件の真相がまだ分からない今、リアはまだ敵でしかない。お前さんと互角の、いやそれ以上の能力を持ったB.Gサイボーグが この小さな船の中に居る。それがどんな危険を孕んでいるか理解出来ない訳では無いだろう」

「ちょっと待ってよ。それじゃまるで鼻からリアは敵でしかないみたいじゃないか。考えてもみてよ。あの戦艦がどうして爆発 したか、どうして乗組員が殺されていたか・・・。第一、君だって知ってるじゃないか、リアの体の傷はあれは・・・」

「お前さんはあいつとB.Gの繋がりが切れたと言い切れると?今回の一連の出来事についてはまだ何も解明されてはいない。 博士があいつの脳内データの解析を急いでいる。敵の主要基地の場所がそれで明らかになれば、俺達はすぐにでもそこを 叩き潰さねばならない。宙ぶらりんな状態は混乱を招きかねない。B.Gと俺達とどっちが先か・・・もたもたしていると 俺達が危ないんだ」

───── いつだって敵・・・そればかり・・・
───── 僕はリアを敵として助け出したわけじゃない

 傍目にもはっきり分かる程意気消沈してしまった009の様子に003はひっそり心を痛めた。
しかしその反面よくぞ言ってくれたと004に感謝したい気分でもあった。
視線が向こう側の壁の004のそれとカチリと合った。
彼は003に頷いて見せた。

「それに009、」

静かに続けられた004の言葉には何かを促す様な響きが含まれていた。

「お前さんは一番重要な事を忘れている。あいつ自身の望みは一体どうなのか、考えてみた事はあるのか」




 結局、003がリアを見舞う事は無かった。
 リアは009の看病とギルモア博士による診察以外、他のメンバーとの接触を頑なに拒否したのだった。
 そこに『リアと自分達00ナンバーとの距離を縮めたい』と願う009の心積もりは無駄に終わった。

 その上リアの言い放った言葉はショックを受ける009に更に追い討ちを掛けた。
 

『B.Gを出るつもりは無い』


004の言葉は今回の事件に於ける唯一の真実を語っていたのだった。




第七章(3)へモド ル | 第八章 (2)へススム | 009

-Powered by HTML DWARF-