花火
夜空に光の弾が現れては炸裂し、閃光を撒き散らしながら、はらはらと散って行った。
まるで夜空が零した涙の様に、光が溢れては流れ流れて、空気に吸い込まれる様に消えて行った。
その光に照らされて、戦車と得体の知れないロボット兵達が、草木の向こうを影絵の様にゆっくりと通り過ぎて行く。金属のぶつかり合う音と草木をなぎ倒す音
が交り合って響く。
濃い草いきれの中で、荒い息を吐きながら、身を潜め、進み行く。時折視界を遮るフラッシュ、足元から湧き上がり、体を揺さぶる、地鳴り。葉や茂みをかき
分け、薙ぎ払いながら、複雑な草木の迷路を、004は歩いて行った。
森と、瓦礫と、閃光と。
人工物と自然物の絶え間無い音の洪水の中で、ある一つの、微かで、断続的な響きを感じ取る。
まるで体内のレーダーが反応したかの如く、004はその方向を目指して足を速める。
茂みの間から、黒いブーツと赤い衣服の一部が覗いている。微かだった音がにわかに大きくなる。
004は右手で草木を大きくかき分けた。
この馬鹿が。
目の前に横たわる、目を閉じ、荒い呼吸に胸を上下する細い体に向かって004は呟いた。
傍に膝を付き、体を上向きにさせる。相手はぐったりとされるが儘になる。高い体温に頬が紅潮している。
異常な脈の早さ、朦朧状態の意識、防護服の肩の部分に小さく血が滲んでいる。
004は半ば乱暴に相手の体を抱え、背中のファスナーを下ろし、肩から布を剥いだ。白い皮膚に咲く赤い傷を目を凝らして
見分し、それが自分もよく知っている毒だと分かると、素早く彼の肩に顔を伏せ、その傷口を吸った。
唾液を吐き捨て、口元を拭いながら、素早くブーツの中を探って注射器とアンプルを取り出した。
少し我慢しろ。
言葉と同時に、針をその肩に突き刺した。
あ、あ。耳元で微かな声が漏れ、ビクンビクンと二度に渡って痙攣する体を004は力を込めて抑えつけた。
腕の中で、彼の呼吸が少しずつ凪いでいった。やがて全身から力が抜けて、004の腕に重みがかかった。009、囁く様に声を掛けると、ぴくりと瞼が動き、
薄らと目を開けた。
彼は眩しそうに目を細め、何度か瞬きを繰り返した。瞳の中に点った仄かな輝きが004を捕えた。
「ゼロ・・・・」
彼の掠れた声は続かず、代わりに弱弱しく微笑んで見せる顔に、白く夜空の光が散った。
「見えるか」
彼は微かに頷いた。
「体に毒が回っている。しばらく安静に・・・・もうすぐ皆が此処を探し当ててくれるだろう」
「・・・・そう・・・・」
腕の中の体がずり落ちない様に、004はしっかりと抱え直した。
掛けたい言葉は千と万程もあったけれど、腕の中に彼が居る今は、それのどれもが語るに足りず、代わりに彼の裸の肩から鋼鉄の手に直接伝わる体温と手触り
が、004の冷えた心を満ち足りさせた。
遠くで砲弾が断続的に爆発を繰り返す度に、彼の顔と彼を抱く自分の腕、そして空の半分が白く染まった。
「・・・・だね」
彼の乾いた唇が言葉を発した。
「ん・・・・?」
「花火・・・・みたいだね・・・・」
瞳の中割れて蠢く光が004の眼を射す様だった。
「そんな綺麗なものか」
「綺麗・・・・だよ」
そんな言葉に応える様に、ひときわ大きな光の弾が夜空に放射状に散った。彼の瞳の中の光も割れて、散った。
「・・・・ああ、やっぱり綺麗だな」
「・・・・そうだろう・・・・?」
彼は微笑んで、ふーっと息を吐いた。
季節外れの花火は、何度も夜空に光の涙を零した。流れては消え、消えては流れ、耳の奥に反響を残しながら、爆撃音は少しずつ遠ざかって行った。
硝煙の匂いが残った風が二人を包み、静かな夜の闇が、反対側の空からゆっくりと忍びよって来る。
「・・・・004・・・・」
「・・・・ん?」
「夏になったら・・・・一緒に・・・花火・・・・観に行こうね・・・・」
「そうだな・・・・」
004は柔らかな髪に頬を寄せ、彼はゆっくりと目を閉じた。
二人の脳裏にまだ見ぬ今年の夏の情景が鮮やかに広がった。それが現実でも、夢でも幻でも、結んだ約束はきっと違(たが)う事は無い。
翳った光と闇が頭上の空で溶け合い、今夜、季節が変わろうとする。
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