風は囁いた
ジョーの部屋のドアが半分開いた儘になっている。覗くと、風にふんわり揺れるカーテンと傍のベッドに寝そべる背中が見えて、アルベルトは取り合えずノッ
クをした。
「寝ているのか、入るぞ」
「んん・・・・・」
眠たげな声と共に体がごろりと動いて、とろんとした顔がこちらに向いた。
「昼寝ならちゃんと窓を閉めろ。ほら、これ昨日言ってた資料だ」
「ん・・・・ありがと。そこに置いておいて」
ジョーはのっそり起き上って目を擦った。
「窓もドアも開けっぱなしで昼寝とは、少々無防備すぎやしないか」
とりあえずアルベルトは机の上に書類を置いて、ベッドの上でのんびり欠伸をする相手に向かって言った。
「ここは家の中だもん」
「家の中まで敵は来ないなんて保証はどこにも無いぞ」
「ん〜〜じゃあ僕らはいつも見られているって事?」
「そう思っていた方がいいだろうな。俺達は」
彼はあまり聞いていない様子で、もう一度ふわわと緊張感の欠片も見当たらない欠伸をした。風をはらんだカーテンがベッドの上の彼を押し包み、射し込んだ
光がシーツと彼の白いシャツを眩しく照らした。
「・・・・それ、ちゃんと目を通しておけよ」
アルベルトは机の上の資料を顎で示して、出て行こうとした。
「・・・・痛・・・・!」
小さく上がった声に振り返ると、ジョーは顔を顰めて肋骨の上を押さえている。
「どうした。この間の傷か」
「うん・・・・、少し炎症が出ているみたいなんだ。完治するまでは時々痛む事もあるかもしれないって博士が言ってたんだけど・・・・ほら・・・・こ
こ・・・・」
アルベルトは彼の傍に寄った。彼はそろりとシャツを捲くり上げて、白い脇腹を晒した。隣に腰掛け、アルベルトは体を屈めて覗き込んだ。
皮膚の一部がよく見るとうっすらと赤くなっている。
「・・・・ここか・・・・?」
指でその部分にそっと触れた。
「ん・・・・冷た・・・・」
彼の体がぴくんと動くのと同時にアルベルトの指も一瞬震える様に揺れた。
「・・・・痛いか・・・・?」
「・・・・大丈夫・・・・」
呼吸に合わせて指の下で彼の体が微かに上下している。肌理の細かさと細い骨の感触、体温が鋭く伝わって来る。シャツに隠された、恐らくとても敏感な部分
が、あと
もう僅かで見えてしまいそうなのを、彼は知っているのか。
「・・・・少し赤くなっているな。熱は持っていない様だが、痛みが続く様なら早めに博士に診てもらった方がいい」
指が離れて、ゆっくりとシャツが下ろされた。
カーテンが大きく揺れて、ベッドの上の二人の間を遮った。窓を閉めてしまおうかとアルベルトは考えた。だがそれはとても危険な気がした。
窓を閉めるか、閉めないか。
アルベルトの心の中がこのつまらない二択で一杯になった、その時、
「昼ご飯アル!!」
フライパンとお玉をガンガン鳴らす音が階段の下から響いて来た。
二人は同時にドアの方を見、それから立ち上がった。
ドアの方まで来た時だった。
「・・・・じゃあ敵じゃ無い筈の君が、いつも僕を見ているのはどうしてだろうね」
ジョーが背後でそう呟いた。
返事を待つつもりも無い様で、立ち竦むアルベルトの傍を、ジョーはさっさと追い越して、行ってしまった。
擦り抜けざまに、アルベルトの耳元でもう一度、囁きながら。
────── 君はいつも・・・・・
階段を駆け降りる軽快な足音を聞きながら、アルベルトはゆっくり部屋を出た。
そして優しく渦巻く海風を閉じ込める様に、ドアを閉めた。
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