Sunset Feelin`
吹き渡る夕暮れの風が、散らばった雲を金色に染め変える頃、自転車に乗った長谷川は、海の上を真っすぐに伸びる道路を、
かぶき町へとえっちらおっちらと走っていた。
埋立地の工事現場での日雇い仕事からの帰りである。
肉体労働に疲れた体も重けりゃ油の差していないペダルも重い。
一足漕ぐごとにぎいぎいと歯ぎしりをするこの錆びた自転車は
粗大ゴミの置き場にあったのを拾って来て自分で修理をした物だ。お陰でかぶき町から少し離れた場所への仕事にも行く事が出来、
長谷川にとって大事な足になりつつあった。
彼方に見えるターミナルを目指してペダルを漕ぎ続けていると、真っすぐな道の端に人影らしいものある。
道路に向かって身を乗り出し、親指を突き立てているその姿はまさしく、
ヒッチハイクぅぅぅ?しかもこんな所でぇぇ?
町外れのこの道路はまだ出来立てで、埋立地を往復する砂利や資材を積んだトラックが時々猛スピードで行き来するほかはめったに車は通らな
い。 それにトラック自体もこの夕方の時間では殆ど無くなっている。
人影に近づくにつれて長谷川は更に驚いた。風に長い髪と裾を靡かせ、涼しい顔でポーズを決めているその人は、
「おーい、ヅラっちじゃん!こんな所で何やってんの!?」
チェーンをきりきりと軋ませて長谷川は桂の前で自転車を止めた。
「長谷川さん、丁度良かった。済まんがかぶき町まで乗せて行ってはもらえんだろうか。」
「ええっ別に構わないけど・・・・、一体どうしたの?」
「実は足を挫いてしまってな、歩けなくなってしまったのだ」
桂はぶらんと力の抜けた右足を裾から覗かせて見せた。
「え、大丈夫??つか何で?」
「追手から逃れてトラックの荷台に隠れている内にいつの間にかこんな所まで来てしまってな。
急いで飛び降りたらバランスを崩してしまってこのザマだ。それで仕方がないからヒッチハイクで帰ろうと思って、」
お尋ね者がヒッチハイク?長谷川は真面目くさって説明する相手の顔をまじまじと見つめた。
「だけど肝心の車はなかなか通らないし、しかも来たら来たでこの辺りの者は皆不親切だな、こちらをちらと見るだけで誰も止まってくれんの
だ」
桂は不満そうに唇を尖らせた。
「まあそうだろうねえ・・・・」
「だが天は我を見放さなかった。長谷川さんの姿が見えた時、俺は天使がやって来たかと思った」
「そ、そりゃどうも」
嬉しそうな顔を見せる桂に長谷川は思わずお礼が口から出た。
「という訳で、済まないが頼む」
桂は片足でぴょんぴょんと自転車に近づき、ちょこんと荷台に横向きに腰かけた。
「だけどこんな自転車でいいの?ボロいからかぶき町までは結構掛かるよ?」
長谷川は後ろを向いて念を押す。
「乗せてもらえるだけで有り難い。もう日暮れだし、今日の仕事は終いだろう。のんびり行こうじゃないか長谷川さん」
「う、うん、そうだね」
長谷川はペダルに足を掛け踏み出そうとして、また止まった。
「・・・・で、かぶき町のどこまで?病院?」
「あー、いや、んーと、そうだ、万事屋だ、万事屋。銀時の所。そこまで頼む」
病院でなければ家まで送るつもりだったが、住所を知られたくないのかもしれない。長谷川は少し寂しく思ったが、
お尋ね者として彼なりに気を遣ったのかもしれなかった。
「さあ、れっつごーだ!!」
弾んだ号令に釣られて長谷川は急いでペダルを漕ぎ出した。
がたがた、ぎしぎし、閑散とした広い道路を男二人を乗せた古い自転車は走り始める。
背中に彼の体が軽く触れている。俺、一日工事現場で働いてかなり汗臭いんじゃないかなあ。長谷川は自分で二の腕の辺りをこっそり嗅い
だ。 彼はまるで気にしていない様だけど。
考えながらそっと後ろを見ると、夕陽に薄赤く染まった白足袋の細い足が宙に浮いて楽し気にぶらぶら揺れてた。
自転車の二人乗りなんていつ以来だろう。甘酸っぱい青春の記憶が長谷川の頭の中にぼんやりと蘇る。
俺にもそんな眩しい時代があったっけ。すっかり忘れていたけれど・・・・
それにしても、人ひとり増えたのに、あまり重さを感じさせない。この人こんなに軽くて大丈夫?
それどころかさっきよりもペダルがすいすいと軽くなった様に感じるのはなぜだろう。
「おお、なかなか速いではないか。すごいぞ、長谷川さん!」
はしゃぐ声が背中から伝わった。
長谷川は調子に乗ってペダルを踏み込んだ。
錆びた自転車の軋みは段々と長谷川の頭の中で軽やかに風を切る音に変わっていく。
長谷川はまたふと考える。万事屋の玄関に辿り着くには階段を上らねばならない。彼なら片足でも一っ跳びで上がれそうだが、
まさか怪我人にそんな事はさせる訳にはいかない。肩を貸してあげなくちゃ。
いや、そうだ、お姫様抱っこで上がるというのはどうだろう。その方がずっと早いし安全だ。
桂を腕に抱いて立っている自分を見て、あのいつもふてぶてしい態度の友人は、一体どんな顔をするだろう。
顎が外れそうになっている相手の姿を思い浮かべて、長谷川はくっくっと含み笑いをする。
それがいい。そうしよう。
「長谷川さん、夕焼けが綺麗だな・・・・!!」
風に吹かれながら桂が陽気に叫んだ。
「そうだね・・・・・!!」
長谷川も負けじと声を張り上げて答える。
海の真ん中を突っ切って、自転車は駆け抜ける。
サングラス越しに見る輝く海、果てには西日に染まるターミナル。
高鳴る胸の中までも金色に染め上げて、そんな夏の気持ちが走り出す。
潮風に背中を押されてときめき惑う、そんな夏の、夕暮れの気持ち。