人気の無い裏通り。土方は桂を壁に押し付け、目と、言葉と、身体とで彼に迫る。
 憎らしい、生意気なお尋ね者。手の中から逃れようすると苦悶の表情。細い身を捩って全てを拒絶し逃れようとする。
 お前はあくまでも犯罪者。手にする剣は何をも生み出せず守る事すら出来ない。 こっちは江戸のみならず恐らくは日本中にその名を轟かせる真選組、そして自分はその鬼副長と呼ばれる男なのだ。
 この詐欺師め。冷ややかに輝く瞳と赤く濡れた唇が、人を傷つけプライドを粉々に打ち砕く。
 二人の足元に落ちた火の付いた煙草。彼の長い髪が乱れて散る度に踏みしだかれる。お前をそう簡単に手放すと思うか。 幾らお前が抵抗しようとも、二人の間に着いた火はもう簡単に消せはしない。
 大人しくこの手に落ちるなら、これ以上悪い様にはしないのに。


 頭上で何かが動く。そして陽が翳った。思わず見上げた昼の空。高い屋根から降ってくる影。
大きな羽音の様な風の唸り。体をしならせ、太陽を背負い、光を集めて振りかぶった剣は尖った嘴と鋭い鉤爪の如く、明らかに自分目掛けて 一直線に降下して来る巨大な鴉。
それは紛う事なき真選組三番隊隊長斉藤終。

 土方は間一髪で斎藤の剣を避けた。剣は空を斬り、目には見えない黒い翼が、羽根を散らせながらばさりと地面に降り立った。

 言葉を失う土方。斎藤の目がぎらりと動いて土方を見る。たちまちかっと見開き、身じろぎする。荒い息に胸を上下させ、 彼の覆面に覆われた顔は明らかに動揺している。

 張り詰めた空気の中、ぱたぱたと音がして振り返ると、桂が土方の背後から抜け出して、一目散に逃げて行く所だった。

 二人は瞬きもせずに逃げ去る桂の後ろ姿を見送る。と、斎藤も踵を返し、軽やかに背後の板塀に飛び移り、あっという間に土方の前から姿を 消してしまった。


 土方は一人残される。桂の姿はもう無い。斎藤の影だけがまるで地面に黒く焼き付いて残った様に感じる。

 苦み走った顔で土方は隊服のポケットに手を突っ込んだ。


 お前もなのか。
 叶わぬ想いに縛られては付き纏う喧しい鴉。
 影になって追い縋る事しか出来ない哀れな黒い鴉。  



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