終桂三部作(三) 〜HAPPY
ENDが待てなくて〜
斎藤、お前は何が望みなのだ。あの空白のページから先は一向に読めない。
掻き消された言葉の代わりに白いページの上に浮かぶのは、一輪の白い花。
この花は確か野薔薇。最近何処かで見た様な気がする。
眠りの中で見る夢の様に支離滅裂で不可思議、雲をつかむ様なメッセージ。
彼のあの乾いた目の中にも、それは。
事は振り出しに戻ってしまった。
砂煙の中、桂は裏道を走っている。背後にはあの斎藤が迫っている。
息を弾ませながらぼんやりとあの日の言葉が目に浮かぶ。
『逃げないで』
桂は一転覚悟を決めた。
剣を抜き、髪と裾を大きく翻して、正面から斎藤の方に向き直った。
たちまち風が起こり、強い一撃が桂の剣に掛かった。固く交わる鋼にはいささかの躊躇も無く、鋭い切っ先が稲妻の様に空気を裂いた。
桂を追って四方に散らばっていた隊士達は騒ぎに気付いてばたばたと集まり始め、繰り広げられる見事な剣試合を或る者は口を開けて見つ
め、 また或る者は野次や声援を飛ばして、地上はさながら観客席の様相を呈していた。
二人はひらりと次の屋根へ飛び移った。
間合いを取って向かい合う。かざす刃の向こうに斎藤が佇んでいる。
自分達を包む何もない無い空は空白のページの様で、桂の中であの日の困惑が蘇る。
『僕はあなたをつかまえたいんじゃない』
打ち合いが止まってしまった二人に、続きを急かして次々に野次を飛ばして煽る隊士達。
『僕の事が嫌いですか』
斎藤の体が動く。
走りながら斎藤はぐいと顔の覆面を押し下げた。桂は咄嗟に逃げようとしたが縫い止められた様に体が動かない。
斎藤の姿が迫り、素顔が、あの乾いた瞳が、そして、
『僕は、』
しっかりと桂の唇を奪った。
水を打った様に一気に静まり返る地上。と、次の瞬間凄まじいどよめきが地鳴りの如く沸き起こった。
悲鳴、歓声、野次、あちこちから口笛が起こる。
斎藤は桂の肩をしっかり抱き、頬に手を添えて桂に寄り添った。桂は目を見開いて呆然と突っ立ち、されるがままになっている。
はやし立てる者、顔を真っ赤にして怒り狂う者がいたかと思えば、ニヤニヤ笑い続ける者、また或る者は完全に言葉を失って、
口からぽろりと煙草が零れ落ちた。
「これはどういう事だ!」
「誰か早くあいつらを引き離せ!」
「いやいや、こんな面白い事、もうちょっと見てましょうよ」
空を背景にキスを続ける二人を引き離そうと、命令された隊士達がわらわらと屋根に上って来た。桂の背後からも隊士が迫ったその時、
何処かからひゅるるる〜〜〜と音がして、皆が「ん?」と空を見た瞬間、屋根が爆発した。
間一髪で二人は直撃を逃れたが、衝撃で互いの距離が一気に広がる。
巻き起こる砂煙の中、焦る隊士達によって素早く引きずられて行く斎藤はその目を桂から離さない。
一方の桂は白煙に紛れて追手をかわし、一目散に逃げた。
二人の距離が広がるにつれて屋根は少しづつ崩れて行き、二人のいた場所は砂煙を上げてあっという間に崩壊してしまった。
壮大過ぎる一連のショーに地上は天地をひっくり返した様な大騒ぎ。
祭りは当分終わりそうにない。
桂と斎藤、言葉足らずの二人。
追って追われて、明日の見えない胸騒ぎのロマンスがいつの間にか始まっている。
ハッピーエンドは未だ空白のページの中だけど、密かに咲いた情熱の白い花が二人の心にも、
そして、目撃した大勢の隊士達の胸の中にも。