終桂三部作(二) 〜秘すれば花〜
「俺はもう何が何だかさっぱり・・・・」
万事屋にて、先日の斎藤との一件を銀時に語って聞かせた桂は、湯呑からゆっくりと茶をすすりながらそう締めくくり、
銀時は密かに天を仰いだ。
その時、玄関のチャイムがけたたましく鳴り響いた。
続けざまに連打されるこの鳴らし方には覚えが・・・・青ざめて二人が玄関の方を覗くと、案の定、噂をすれば影にも程がある。
ガラス戸にあの忘れもしないボリュームたっぷりのシルエット。
「お前つけられていたんじゃねえのか」
「いや・・・・そんなまさか、」
こそこそ怒鳴り合っているうちにチャイムは途絶え、気配が消える。
ほっとしかけたが、以前の事が雷の様に蘇った二人は、すぐに後ろの部屋の窓を振り返る。
だがいつまで経っても静かなまま。そっと部屋に戻り、並んで窓から気配を伺おうとした。
そこへ、度重なる破壊で緩んでいた桟の間を、外からザクッと剣が突き抜けて、二人の間を勢いよく貫いた。
(ひいいいぃぃぃぃ!!!!)
二人は声にならない悲鳴を上げて震えあがった。
物騒にぎらぎら光る切っ先に手紙の様な物が結び付けられていた。
銀時が恐る恐る指でつまんでそれを外すと、途端にさっと剣は引っ込み、屋根板を踏んで遠ざかる足音が二人の耳に微かに聞こえた。
銀時はそろりと紙を広げる。
桂は固唾を飲んで見守った。
しばらく読み進めてから銀時はさっと紙を畳んだ。
「何が書いてあるのだ」
桂は身を乗り出す。
「あー・・・・ただの依頼だ」
「依頼?・・・・それはまた、どんな?」
「・・・・えーと彼女にサプライズプロポーズしたいけど、どうすればいいか分からないから万事屋さん協力して下さいって」
「プロポーズ?」
桂は怪訝な顔をしてから、肩透かしを食った様に息を吐いた。
銀時は手紙を机の引き出しにしまってぴしゃりと閉めた。
「おい、まだあいつが近くにいるかもわかんねえからな。暫く外には出るな」
そう言ってまだ何か聞きたそうにするのを適当にかわし、和室に引っ張りこむ。
その日は夜まで桂を外に出さず、部屋に閉じ込めておいた。
「俺もね、万事屋だからたいがいの仕事は受けるよ。でもね、キミは警察だし、向こうはバリバリのお尋ね者で、
健全な一民間企業としてやっぱりそれは出来かねる訳。言ってる意味分かるよね?」
数日後、ファミレスのクーポン券を貰ったという桂にパフェを奢らせる予定で、広場を横切って待ち合わせ場所に向かっていた銀時は、
古い城跡の石垣の前を歩くアフロ頭を見つけた。
こんな所にいるなんて、桂と鉢合わせでもしたらまずい。半分足止め、半分先日の話をつけてやるには
良いチャンスと相手を捕まえ、先のセリフをとうとうと伝えた。
彼が自分と桂の関係を知っているのかいないのか、そこが銀時は後ろめたく不気味だった。だが依頼して来た以上は知らんふりして
万事屋としての立場を押し通すしかない。
私服の斎藤はいつも通り黙って突っ立ち、覆面に覆われた表情の読めない顔で銀時の言葉を聞いていた。
「そもそもキミ、以前あいつに嵌められそうになったの、覚えてるよね?俺がこんな事言うのもアレだけど、
もうちょっと冷静になった方がいいっつーか、」
銀時は腕組みし、畳み掛けた。
「気持ちは分かるよ。でも、あいつはそんな奴なんだよ、そんな奴・・・・・」
覆面から覗く二つの目が銀時の背後を見て僅かに動いた。
ん?と銀時が振り向くと、石垣の向こうから桂が現れてひょこひょこと歩いていく所だった。
銀時は真っ青になる。
桂は銀時の姿に気づき、無邪気に近寄って来た。
「銀時、こんな所でどうした。待ち合わせの店はあっち・・・・」
斎藤の姿にようやく気付いた様で、息を飲んで言葉が途切れた。
桂はささっと銀時の背中に隠れた。
「え〜と、いや、あの、斎藤君、これは・・・・」
銀時は慌ててしどろもどろになった。
斎藤の目が静かにさざ波だった。
彼は少しづつ後退り、だっと石垣の斜面を駆け上がった。
石垣の上に群生していた野薔薇の緑の葉や白い花が、駆け去る風に巻かれてぱらぱらと二人の上に降り注いだ。
そのひと際大きな一輪が、弧を描いて桂の手の中にふわりと落ちたのを見て、銀時は眩暈に頭がくらくらした。