この舞台について

ハプニングとは、53年前の1957年大阪の産経会館にて行われた舞台。
「天井から100ダースのピンポン球を落とす」
「真っ暗な空間で巨大な赤い電球が割れる」
新しすぎる芸術を嶋本は生み出し
これらはアメリカのアラン・カプロー氏によってハプニングと名付けられ
戦後欧米よりも早くに新しいイベントを行ったとして
広く世界に認知されました。
これらをオペラ「カルメン」に形をかえて発表します。
次の機会に見られるのは、また53年後かもしれません。

見る、聞く、参加する
価値は絶対あると信じます。
なぜ、信じますかって?

なぜなら私も何が起こるか分からない「ハプニング」だからです。
こんな舞台、世界のどこにもありません。

場所は兵庫県立「芸術文化センターKOBELCO大ホール」です。

何かわくわくしませんか?



誰もが知っている、G・ビゼーの「カルメン」に嶋本達の「具体」「AU」が挑みます。
ありったけの新しいオドロキを産み出しアピールします。
そしてこれらの記録は世界に発信されます。



具体とは 具体美術協会。
戦前から活躍していた前衛画家、吉原治良を中心に結成された「具体派」という芸術家グループがありました。海外の芸術界に影響を与えたのは「具体」と「浮世絵」しかないと言われています。
「誰もやってない事をやれ」という吉原の教えを受け、メンバーは新しい芸術を数多く生み出し、代表的な物は1957年大阪の産経ホールでのパフォーマンス、1970年の大阪万博でのオープニングパフォーマンス、パリ、ポンピドーセンタの招待等、国内外で活躍し、かいがいからはジョン・ケージやペギー・グッゲンハイムが来日して作品を見に来ていた等、芸術の新しい改革を行った日本で唯一の前衛芸術のグループです。

カルメンとは
カルメンとは舞台は19世紀頃のスペイン・セウ゛ィリア。
煙草工場でもめ事を起こしたジプシーの魔性の美女カルメンをその町に駐屯する衛兵隊の伍長ドン・ホセが捕らえる事から始まる。
カルメンの魔力に魅了されたホセは彼女を逃し牢に入れられる。
話は飛んで花形闘牛士エスカミーリョも現れる事になるが、そこはカルメン達の密輸集団のアジトになっていた。
刑を終えたホセはカルメンと再会した。
婚約者のミカエラの存在を忘れてカルメン達の窃盗団に加わる。
そこにミカエラが現れ母の危篤を知らせ共に故郷に向かう。
興奮で湧き上がる闘牛場。カルメンに見送られエスカミーリョが華やかに会場へ。
そして戻って来たホセはカルメンに最後の愛を迫るが…?

AUとは 1975年に1960年代に活躍したアーティスト達が結集してアーティスト・ユニオンが結成されました。
呼びかけ人は画家吉村益信でした。
日本の多くの現代芸術家が集まり、話題を呼んだのですが派手なアピールが続いたので経済的について行けず、代表交替となりました。
そこで1976年主要メンバーが岐阜県郡上八幡に集会をもち投票したところ、具体の創立会員でかつ名づけ親の嶋本昭三が合議体事務局長に選ばれました。
そして日本の各地で現代芸術の発表が持たれ嶋本は事務局長としてそれらを応援しました。
嶋本は「具体」の時代に具体誌を編集し世界の美術関係者達にそれを送付する役をしておりました。
そこでアーティスト・ユニオンが世界とネットワークを持つためにタブロイドの大きさの印刷物を時に応じて発行し、2006年1月164号が発行されています。
その発行はニューヨークのジョージ・マチュナスが発刊したFluxus誌とよくなぞらえられます。
アーティスト・ユニオンという名前はよく組合運動と誤解されることが多いので、1980年にAとUを残してArt Unidentified略名AUに致し日本と海外に送付されています。
メンバーの多くは1960年に活躍した現代美術家が多く一方嶋本昭三は「具体」の精神に則って創造的なアートを世界にアピールし続けたので権威にこだわる創立メンバーは次第に離反に行きました。

1962年Fluxusの創立メンバーレイ・ジョンソンはメールアート宣言をし、世界の現代芸術家達のネットワークによる交流を提唱しました。AUの印刷物はメールアートメンバーにも多く選ばされ嶋本昭三に長年にわたって送付交流致しました。

AUメンバーは権威にこだわるアーティストが去り若いアートを出す人達が多く集まるようになっています。
彼らは従来のメンバーに比べると未熟な点が多いが嶋本は新しい創造を生む土壌として彼らを歓迎し、様々な試練の機会を与えています。

AU誌送付によって世界のアーティスト達との交流が生まれる中で彼らにチャンスを与え同時に嶋本も絶えざる若返りを続けています。