「糞」とは、「米」が「異」化されたものを表す会意文字だ、と考えている方はいないだろうか。実は筆者がそうだった。しかし、異という字と、糞の下部の部品は、その成り立ちは全く異なるものである。
甲骨文字で見ると、「異」は異常に大きな頭部を持つ怪物のように見える。この字は霊鬼の象形であり、鬼頭の形は仮面であったかもしれないということだ(「字統」)。
一方、「糞」の甲骨文字や小篆を見ると、「棄」と「糞」の両字は同様の構成を持っていたことがわかる。棄の場合は子どもを捨てる様子の象形だが、糞は、小篆では「米のようなもの」を捨てている。これの正体について、「説文解字」では「米に似て米に非ざるものは矢字」と言い、白川静氏は「矢(シ)は屎(シ、くそ)」
と言う(字統)。つまり排泄物などの汚物を、塵取りである「」(ハン)を押して掃除している状況を写した文字であり、排泄物そのものではなく、それを掃除することを意味していた。1) 甲骨文でも棄と同様で、ゴミを箕で捨てている様子が活写されている。
「異」甲骨文 | 「糞」甲骨文 | 「糞」小篆 | 玉篇の「糞」 |
上部を除けば、少なくとも小篆の段階までは糞と棄は同じ形であった。「玉篇」(慶長版)の糞の字形は、楷書でその名残を伝えている。しかしその後形が分化して、まったく別の字のようになった。糞の場合、甲骨文の箕を押す形が、小篆に採用されなかったあとも生き続け、この箕が田の形に変化していったのかもしれない。
注1) 説文解字は糞を「棄除也」と定義し、説文解字注に「古謂除穢曰糞。今人直謂穢曰糞」(昔はけがれを除くことを糞と言ったが、今の人はけがれそのものを糞と言う)という。
参考・引用資料
新訂字統 普及版第5刷 白川静著、平凡社 2011年
説文解字 後漢・許慎撰、100年:下記「説文解字注」より
説文解字注 清・段玉裁注、1815年:影印本第4次印刷 浙江古籍出版社 2010年
画像引用元
甲骨文、小篆 漢字古今字資料庫(台湾・中央研究院ウェブサイト)
JIS規格外漢字(明朝体) グリフウィキ(ウェブサイト)
玉篇 夢梅・校 1605年 早稲田大学学術情報検索システム(ウェブサイト)