2014.12.13 関西漢字教育サポーターの会例会資料をベースに加筆
※このページの甲骨文、金文の画像は、落合氏が著書に掲載していたものとは関わりなく、筆者(ひろりん)が「漢字古今字資料庫」(台湾・中央研究院ウェブサイト)から引用したものです。
*落合氏のプロフィル:1974年生。立命館大学文学部助教(東洋研究学域・東洋史学専攻。専門は「甲骨文字と殷代史」)
下記以外の著書:「古代中国の虚像と実像」「甲骨文字の読み方」「殷-中国史最古の王朝」ほか
*白川批判を含む著書:
*「漢字の成り立ち」の概要:本文260ページを7章に構成。うち第5章「字形からの字源研究」(50ページ)で白川文字学を批判。他の章では、加藤常賢や藤堂明保などを批判。
*批判の内容 ・非合理な解釈:白川は、卜辞のひとつ「庚寅卜 貞勿眉人三千乎望○…」を、「庚寅卜して (ナン・コク)貞ふ。眉人三千をして、苦方を望ましめることなからんか」と読み、眉人は媚人で望という呪儀を行う巫女とするが、当時の徴兵人数が三千人で、媚人は多すぎる。望も呪術儀礼ではない。眉はここでは動詞。「人○」で「○人」を意味する例もあるので、「三千人を眉(閲兵)して、 方を望(偵察)させる」が正解。
・甲骨文例から、尹は聖職者に限らず臣下の汎称。小臣・保・亜も聖職者に限らない。皆、多様な職務についている。白川は、呪術儀礼に偏重したため、多くの人を聖職者と解釈せざるを得なかった。「聖所」も多すぎる。
・休・名・微・盟の字義を甲骨文字で解釈せず後代の字形から判断して誤っている。
「休」甲骨文 | 「休」金文 | 「名」甲骨文 | 「微」金文 |
休:木はもと禾で、軍門の表木⇒金文では禾だが、甲骨文では木であり、説文の「休み留まる」が正解
名:タは祭肉⇒タは月で、夜間の祭祀
微:長髪の巫女を殴って、その呪能を失わせる⇒旁はもと又で、手で老人を支え、ゆっくり進む意
盟:神明の前で牲血をすすって誓う⇒祭祀名であり誓うという意味は無い
族:氏族旗の下で誓った族人。矢は「誓う」⇒軍旗と矢で軍隊
・九・旬・雲は龍に関連するというが、頭部の形が違う。九・旬は曲げた腕の形。云は雲。
・「甲骨文・金文で口の形を口耳の口と解せるものは一字もない」というのも無理(鳴など)。甘は口+点の指事文字だが、白川は字統などに甲骨文を載せず、錠の形だとしている。
「九」甲骨文 | 「旬」甲骨文 | 「云」甲骨文 | 「龍」甲骨文 | 「甘」甲骨文 |
・白川は甲骨文での形声文字をほとんど認めないが、省・途・喪などは形声文字。
「喪」甲骨文。サイ+桑 |
・ (シ・タイ)は単なる祭肉でなく、捕虜の足を切断したもの(の甲骨文 〈台湾・中央研究院のサイトではの甲骨文として表示〉に、の上部に足〈止〉が付いた異体字があることから)。
・求は、毛皮ではなく、祭祀に使う植物。
・がんだれは、崖ではなく、つりさげた石磬の形。
・豐は豆でなく(太鼓の象形)に従う。
・可はサイ+曲がった枝の会意でなく、丁の部分(何の略体)を声符とする形声文字。
・阜(こざとへん)は、梯子と山並みの両系統の甲骨文があり、後に統合された。
「降」甲骨文 | 「陸」甲骨文 |
・家も、形声と会意の両系統があり、後に形声に統合。豕(シ)は犬でなく豚。
○主要な部首(20件)の字源について、著者が考える「正解」と、各氏の解釈がどれだけ合っているかを採点している。採点結果:白川17点、加藤14、藤堂12、新漢語林16、新字源14
○字義の検討には多くの用例を収集することが有効として、データベースを製作中であり、試用段階ではあるが、インターネットから利用できる。
○「甲骨文字小字典」は教育漢字限定で字数が少ないが、今後数年以内により大部のものを製作する予定とのこと。「字統」の改良版となるか?
1 近年の漢字学者の著作を読んでも、白川文字学については無視したり、名前を上げずに批判したりしているものがほとんどのようであるが、落合氏は初めて?学術的に(冷静に)検討し批評した。
2 批判の対象が、私が白川氏の著作を読んで漠然と「ほんまかいな」と思っていたものと重なる個所が多い。例:甲骨文字以外にも漢字のルーツがあり、呪術関係以外の文字も多かったのではないか(養成講座レポート1、O氏の講義)、三千人の巫女が敵を睨むなんて本当か、甲骨文字にも口(くち)の字形がないのは不自然(同レポート3参照)
3 批判の根拠が、現存するすべての資料を用いて科学的に整えられている(ように見える)。著者はデータベースを作成中であり、今後ますます分析が進むことが期待できる。まだまだ若いので分析を進め、将来的に文字学を発展させていきそうである。今後の発表で真価を問われるだろう。注目していきたい。
・ 白川氏は一人(一代)で膨大な漢字と取り組んで白川文字学を完成させた。しかしながら、膨大な研究であるだけに、細部を見れば不具合が含まれている可能性を無視できない。また、白川氏の基礎的研究がピークを過ぎて以降も、資料の整備は進んでおり、情報化の進展も含めて、今後、白川文字学の検証を踏まえた文字学の発展が望まれる。
・ われわれ白川ファンとしても、「白川さんだけがいつも正しい」と信じる「白川教徒」であってはいけない。何が正しいのか、自分で考えなければならないのである。とは言ってもアマチュアの身でそんなことがわかるはずもなく、どの説が説得力があるか、見比べるぐらいだろうが、少なくとも、異説があることは知っておく必要がある。
・ 姫路城の漢字探検隊(2014.11.3)で、「白」の字源について、白川研の先生は、「しゃれこうべ説以外にも、どんぐり説や爪説がある」と説明していた。漢字教育士として活動するうえで、定説となっていない字源については異説も紹介するという配慮が必要ではないか。