この件は大変やっかいな問題であり、戦後間もない時期から多くの専門家が熱い議論を重ね、それでもまだ納得できる結果が出ていないものです。筆者はこの議論に参加するほどの見識は持っていませんが、ユーザーの一人として、日本語の持つ「不便」な点についてボヤかせていただきたいと思います。
まず、クイズに答えてください。次の各単語には「ジ」「ズ」の音が含まれていますが、「現代仮名遣い」に照らして、「ぢ」「づ」と書くべきものはどれでしょうか。答えがばれないように、問題文は全部、漢字か「じ」「ず」で書くことにします。
世界中、つずら、いちじるしい、ひずめ、さかずき(杯)、ときわず(常磐津)、基ずく、築く、きずな(絆)、箱詰め、つまずく、こずつみ、差し詰め、ことずて、稲妻、働きずめ、あせみずく(汗水漬く)、ゆうずう(融通)、地面、こじんまり、腕ずく、あずま(東)、すこしずつ、かたずをのむ、理詰め
いかがでしょうか。大人でも(大人だからこそ?)結構迷うものがあると思います。分からないのは勘で決めてください。
それでは正解です。実は4種類に分かれます。
①「ぢ」「づ」と書くべきもの
つづら、ひづめ、基づく、箱づめ、こづつみ(小包み)、ことづて、働きづめ、こぢんまり
②「じ」「ず」と書くべきもの
いちじるしい、地面
③本則としては「じ」「ず」だが、「ぢ」「づ」を用いて書くこともできるもの
世界中、さかずき(杯)、ときわず(常磐津)、きずな(絆)、つまずく、差し詰め、稲妻、あせみずく(汗水漬く)、ゆうずう(融通)、腕ずく、すこしずつ、かたずをのむ
④例示がないのでわからないもの
築く、あずま(東)、理詰め
成績はいかがでしたか?きっと「こんな答えはおかしい。まちがってる!」と憤慨している方もおられると思います。しかしこれが、現代日本の正式なルールなのです。
「じ・ぢ」と「ず・づ」の使い分けは、「現代仮名遣い」という内閣告示(昭和61年7月1日、内閣告示1号)で決められています。現在も、
文部科学省のホームページで見ることができます。
冒頭に書かれているように、この告示は、「一般の社会生活において現代の国語を書き表すための仮名遣いのよりどころを」定めたものです。「よりどころ」というからには、これを読めば、いろんな単語の中の「じ」や「ず」をどちらで書けばいいのかが分からないといけませんが、なかなかそうはいかないのです。
告示の中で、「ぢ」「づ」を用いて書くのは、次の2種類とされています。
(1)同音の連呼によって生じた「ぢ」「づ」
例:ちぢむ、つづみ、つづら、つづく など。「いちじく」「いちじるしい」はこの例にあたらない。
(2)二語の連合によって生じた「ぢ」「づ」
例:はなぢ、まぢか、こぢんまり、ひづめ、こづつみ、ことづて、はたらきづめ、もとづく、つくづく、つれづれ など
(1)は同じ舌の動きで清音と濁音を続ける言葉で、昔から「ぢ」「づ」と書かれたものです。「いちじく」などは語源的に昔から「じ」だったものです。
(2)は、二語のうち後の語が「ち」「つ」で始まっているもので、他の語の後に付くことにより濁音になったものです(これを「連濁」と言います)。
(2)に該当するかどうかは、その言葉が「二語の連合によって生じた」ものかどうかが分からなければなりません。上記の「正解」のうち③は、「現代語の意識では一般に二語に分解しにくいもの等」として、「じ」「ず」が本則とされています。ここに大きな問題があるようです。「二語に分解しにくい」かどうかは、人によって違います。一般に年齢が高く、教養が深い人ほど、二語に分解できる語が多く、したがって上記(2)によって「ぢ」「づ」を選び、この告示の「正解」(=③)と合わないケースが多くなると思われます。
具体的に見ていきましょう。
世界中=世界+中、ときわず=常盤+津、つまずく=爪+突く、さしずめ=差し+詰め、いなずま=稲+妻、ゆうずう=融+通
などは誰にでも二語に分解できるものと思われます。また、上記のうち「つまづく」(=躓く)以外は、漢字を頭に置けば、「ぢ」「づ」しか使えないものと思うのが当然でしょう。常用漢字表には、「津」の訓は「つ」、「詰める」は「つめる」、「妻」は「つま」、「通」の音は「ツウ」と出ており、サ行で始まる音訓ではありません(「中」には、「特別なものか、又は用法のごく狭いもの」として「ジュウ」の音が掲げられていますが)。
笑ってしまったのは「常盤津」で、これを仮名で「ときわず」と書く人がいるとは思えませんね。
そのほかにも、さかずき=酒+
坏(食器)、かたず=固+
唾、うでずく=腕+
尽く と、二語に分解できる人は多いと思われます。
逆の問題もあります。(2)の例に上がっている「ひづめ」ですが、「づめ」は「爪」のことだと見当がつきますが、「ひ」とはなんでしょう。「日本国語大辞典」を引くと、「
平爪」「
踏爪」「
鰭爪」「
直爪」など、いろんな語源説が載っています。つまり、はっきりわからないわけです。これを(2)に入れるなら、本則は「ず」(正解の③)とされる「絆」も、「ずな」は「綱」であるのは確かなので(「き」については諸説あり)、(2)に入れるべきだと思います。
もう一度確認しますと、二語の連合によって生じた「ぢ」「づ」は「ぢ」「づ」と書きますが、「現代語の意識では一般に二語に分解しにくいもの等」(この「等」も何を指すのかわかりませんが)は本則としては「じ」「ず」と書く、ということです。この区分があいまいであることは告示起草者も分かっていたようで、告示には両者の例がたくさん掲げられています。冒頭のクイズの問題は、ここに出ている例から出したものがほとんどですが、では例に載っていない言葉はどう書いたらいいのか。悩んでしまいます。
例えば、正解の④にある「築く」、「あずま(東)」、「理詰め」がそうです(ほかにもたくさんあるでしょうが)。築くは「
城」(または「
杵」)+「
搗く」(または「
築く」)、あずまは「
吾」+「
妻」が語源といわれます(他説あり)が、「分解しにくいもの」にあたるのかどうか。また、「理詰め」は当然「りづめ」と書くと思いますが、先ほどの「差し詰め」の例を見ると迷ってしまいます。
しかたがないので国語辞典を引いてみます(「広辞苑」第6版)。正解の①~③は、辞書にも上記のとおりに載っています(ただし「世界中」はこの辞書には掲載されていません)。おおむね、告示の本則を尊重しているようです。④については、「築く」は「きずく」、「理詰め」は「りづめ」と出ています。「あずま」(東、吾妻、吾嬬)は「あづま」も見出し語として載り、「⇒あずま」とだけ記されています。
他の辞書でも多分同じような結果だと思いますが、パソコンのかな漢字変換ではどうでしょうか。マイクロソフトのIME2010で調べてみます。
・正解①については全てダ行のみ
・②については、全てザ行のみ
・③については、
ザ行のみ変換できるもの:さかずき、きずな、固唾をのむ
ダ行でも変換できるが二語に分解されるもの:常磐津、腕ずく、少しずつ
ダ行でもザ行でも同様に変換されるもの:躓く、差し詰め、稲妻、融通
「世界中」はダ行でもザ行でも二語に分かれる。
「あせみづく」は「汗+水漬く」と変換するが、「あせみずく」は「汗+みずく」のみ。
・④については、「築く」は「きずく」のみ、「あずま」は両方、「理詰め」は「りづめ」のみ。
というわけで、国語辞典より「どちらでもよい」が多いようです。例えば「稲妻」を「いなづま」と打って変換できなければ、文句を言うユーザーも多いでしょうし、どちらでも変換できるようにするのも簡単ですからね。
結局、現代日本語において、「じ・ぢ」と「ず・づ」はどちらを使えばよいか、あいまいな部分が多く残っています。昔(室町時代ごろまで)は「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」の発音は違っていたので、書く場合でも書き分けるのは当然でしたが、今では発音上は全く区別がつかなくなっているのに、仮名書きの場合は書き分ける必要があり、原則があいまいなので語ごとに暗記しなければならない場合も多いようです。「現代仮名遣い」としてよりどころを定めることが困難なら、いっそのこと、「ぢ」「づ」は全く使わない、と決めてしまっても良かったのかもしれません。
おまけ1 「じ」「ず」だけでなく、ザ行がすべてダ行と区別されなくなっている地方もあるようです。(拙稿 「
和歌山県人にとって「ザ行」は存在しない?」参照)
おまけ2 先日、新聞のテレビ欄を見ていて目を疑いました。「クギズケ!」という番組が載っていたのです。正式には「上沼・高田のクギズケ!」。大阪・読売TV制作で、関東以外の全国各地に放映されています。多分、視聴者の目がテレビに「釘付け」になることを期待してのネーミングでしょうが、これも「二語に分解しにくいもの」と考えたのでしょうか。辞書にはもちろん「くぎづけ」はありますが「くぎずけ」は載っていません。番組の企画段階で勘違いしたのかもしれませんが、放送までには多くの人の目に触れているはずで、それでもそのまま電波に乗り、2011年から人気を博しているといいますから、信じがたい状況です。多くの人には「じ・ぢ」「ず・づ」などどうでもいいことなのかもしれません。
おまけ3 この文を書くために調査していて、ウィキペディアで見つけた面白いトリビアを紹介します。連濁に関する「ライマンの法則」です。
複合語の後部要素にもとから濁音が含まれている場合、連濁は起こらない。
はる + かぜ → はるかぜ ×はるがぜ
おお + とかげ → おおとかげ ×おおどかげ
ただし、まれな例外として「なわばしご」などがある。
なお、この法則はB. S. ライマン(米国出身のお雇い外国人)が1894年に独自に見つけたものとして、この名で知られているが、実際には再発見である。すでに18世紀に、賀茂真淵と本居宣長がそれぞれ独自にこの法則を発見している。
( )内はひろりん加筆
参考・引用資料
広辞苑 第6版第1刷 新村出編、岩波書店 2008年
日本国語大辞典 第2版 小学館 2001年他