− 14 − 無数の水滴が、散っていく。 まるで雨のように、さくらに降り注ぐ。 クロウ・リードは死んだこと。 彼女の想いは、もう永遠に伝えることが叶わないこと。 それを認めた瞬間に、彼女の身体も魔力も。水へと還(かえ)っていった。 女魔道士の、こころ…。 伝えることの出来なかった想いの、涙。 クロウ・リードが彼女に贈った髪飾りだけを残して。 いや、それすらもさくらの手の中で塵となって風に運ばれて…。 そして、力を失った異空間から、さくらの≪大事な人達≫が帰って来た。 濡れたコンクリートの上に浮かぶ蒼い光が薄れ、消えていく中に、一人、また一人…。 さくらは小さく、呟くような声で呼んだ。 「李くん、苺鈴ちゃん、お兄ちゃん、…雪兎さん…」 翠の眸から零れ落ちた水滴が、頬を伝う。 倒れていた四人の中から、微かな呻き声が上がった。 「う……っ」 朱い飾り紐を握りしめた手が動く。小狼が、いち早く目を覚ましたのだ。 さくらは急いで駆け寄った。 「李くん!」 「…おまえ…?」 どれだけの時が経ったのか。 さくらの着ているヒラヒラした服は、例によって大道寺知世作の≪バトルコスチューム≫ とやらなのだろう。 ならば、あの後二人は無事に異空間から脱出できたに違いない。 ぼんやりとする記憶を辿りながら、小狼は思った。 「李くん、よかった…!」 小狼の傍に膝をついたさくらの眸が、濡れている。 胸は痛くはならなかったが、なんだか息苦しい。 起き上がった小狼は周囲の空間に僅かに残った魔力と、そして哀しみの気配に気づき、 さくらから目を逸らしたまま問いかけた。 「あの女魔道士は……逝ったのか…?」 その言葉の意味を察して、さくらが頷く。 「うん…。やっとね、クロウさんが亡くなったってこと、わかってくれて…そしたら…」 小狼は、さくらを見た。 それではこの少女は、女魔道士の魂を説得し、納得させた上で黄泉に導いたというのか? …それは、魔力でねじ伏せるよりも遥かに高度な……いくら修行を積んだからといって、 簡単に出来るような技ではない筈なのだ。 小狼の驚きに気づきもせず、さくらは眸に星空を映し、低く囁くように言葉を続けていた。 「…そしたらね、お水になって、雨みたいになって、いなくなっちゃって……。 あのひと、お母さんと同じお空のきれいなところに行けたかな…? そこで、クロウさんにも会えるかな…?ね、…り、くん……」 「おい…!?」 間延びした言葉を残して、さくらはその場にパタリと倒れた。 魔力の使いすぎと、この数日の疲れがピークに達していたところで、一気に緊張がとけて しまったのだろう。 そこへ、香港の夜空の彼方へ吹っ飛ばされていたケロが、さくらの気配を追って ようやくやって来た。 「さくらぁ〜〜、やっと見つけたでぇ〜〜…ってぇ!?」 倒れたさくらを見たケロは、弱り果てたようにグルグルと小狼の頭上を飛び回った。 「あちゃ〜、さくら、倒れてしもうたんか〜。どないしよ−、どないしよ−。 小娘はともかく、兄ちゃんやゆきうさぎが目ェ覚ましたらマズイで〜〜」 ここは、建築中のビルのてっぺんだ。 確かに、どうしてこんなところに居るのかなど説明のしようがない。 小狼は立ち上がり、周囲を見まわした。 立ち並ぶビルの向こうにビクトリアピークが黒く稜線を描いている。 「さくらやったら、≪浮(フロート)≫のカードで皆を下まで降ろせるんやけどな〜。 小僧では役に立たんしな〜〜」 「うるさいぞ、ぬいぐるみ」 手に持っていた宝玉を剣に変えると、小狼はふわふわと漂っているケロに冷たく言った。 「なんやて――!!」 しかし、小狼はケロの叫びを無視し、ある一点を見つめたまま呪文を唱えはじめた。 「小僧?それ、おまえ…」 ポウッ と倒れた全員を囲むように、コンクリートの上に李家の魔方陣が現れる。 魔力の波動が緩やかな風を生み、小狼の茶褐色の髪をふわりと梳(す)いた。 「転移術…!?ち、ちょ、待て!!おまえみたいなガキに、そんな高度な術……」 ケロの声をも呑み込んで、パアアアッ と光が全員を包む。 そして光が消えた後には、いくつもの水たまりが鏡のような面(おもて)に 月と星とを映し出していた。 − つづく − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** (初出01.5〜8 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。) |