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 「お見送りありがとう、李くん。
  いっぱい迷惑かけちゃって、ごめんね。苺鈴ちゃんにもよろしく」

 フェリー乗り場まで見送りに来た小狼に、さくらは素直にお礼を言った。
 苺鈴は、さすがに昨日の今日のことなので、母親から外出を禁じられてしまったのだ。

 小狼は、しばしうつむいて靴の先を眺めていた。
 行き交う観光客のざわめきの向こうに、波の音が遠く微かに聞こえてくる。
 そして、いつもよりほんの少しだけ早くなる、胸の鼓動も。

 相手と向き合い、認めなければ、何もはじまらない。
 相手の本当の力も、己の本当の心も、何も見えない。
 やがて小狼は顔を上げ、言わねばならない言葉を口にした。

 「結局、おまえに助けてもらったな」

 「そんなことないよ!李くんが助けてくれなかったら、わたし、どうしようもなかったもん!
  それに、李くんのお母さんにも、いっぱい助けてもらったんだよ?
  わたし一人の力じゃないよ!!」

 さくらは熱心に言った。

 いつも、不思議に思う。
 どうしてコイツはこんなふうに、ひとのことを一生懸命にかばったり、ほめたりするんだろう?

 じっと見つめる小狼に、さくらはニッコリと笑った。

 「また、香港に来たいな」

 「あんな目にあったのにか?」

 驚いた小狼に、さくらは笑顔のままで答える。

 「うん!だって、わたしなんとなく、この街が好きだよ」

  かあああああ……

 何故そうなるのかもわからないまま、小狼の顔がみるみる赤く染まる。
 それでも答えられる言葉は少なく、たった一言。

 「…そうか」

 その様子をこっそりと撮影している知世。
 桃矢が堪忍袋の緒を切って、不機嫌に声をかけた。

 「おい、怪獣。行くぞ」

 「もう、お兄ちゃんったら!…じゃあね、李くん。新学期にね!!」

 「…おい!」

 小狼は思わず、さくらの背中に声をかけた。

 「ほえ?」

 振り向いた少女に、少年はぐっと拳を握りしめる。
 少女の被る帽子の黄色いリボンをなびかせた潮風が、少年の髪を優しく撫でた。


 「カード集め…おまえには、負けないからな!」


    返って来るのは、真っ直ぐな笑顔。

    トクン と音をたてる、胸の鼓動。


 「うん!わたしも、ぜったいに負けないよ!!」


 フェリーの出航を告げる汽笛が鳴り響く。
 船内には、行きと同じ『春宵情歌』のメロディーが流れ始めていた。



                                        − エピロ-グ −


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 (初出01.5〜8 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)