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 朝早く、昨日中断された小狼との≪デート≫を敢行すべく李家本邸を訪れた苺鈴は
 玄関先で知世や桃矢達とかち合った。
 そのまま、にわか観光ガイドに早変りした苺鈴の案内で、一同は次々と香港の観光地を
 訪れていく。

 香港経済の中心地、中環(ヅォンワン=セントラル)。
 香港島最大の繁華街、銅鑼灣(トンローワン=コーズウェイベイ)。
 二階建てのトラムに乗って、古い大陸文化が今も息づく街、上環(ションワン)へと移動する。
 香港の街は、どの通りにも建物と人がひしめき合い、エネルギーに満ちている。
 激しくせめぎ合うことで、その異様に高いテンションを保っているかのようだ。

 これが、彼の生まれ育った街。
 目まぐるしく、せわしなく、変化していく街。
 うかうかしていたら取り残されてしまう、競争の世界。

 それは、『ほえぇ〜』とか言いながら辺りを見まわしているふわふわした女の子には
 似つかわしくない街かもしれない。
 辺りの気配に気を配る一方で、そんなことを考えて、何故だか小狼は不機嫌になった。
 そして、同じように不機嫌な桃矢と何度か視線を合わせ…その度にバチバチと火花を
 散らし合っては、さくらの気を揉ませていたのだが。

 やがて苺鈴に引き連れられた一同は、≪キャットストリート≫にやって来た。
 古道具や骨董品、土産物などを並べた小さな店がひしめき合う、実に香港らしい通りだ。
 さくら達が思い思いの店で品物を見て回りはじめると、苺鈴は小狼に向かって不満を
 爆発させた。

 「どーして、あたし達がいっしょにいなきゃいけないの!!」

 途中でさくら達と別れて、≪二人っきり≫になるつもりでいたらしい。
 そんな従姉妹をなだめるように、小狼は階段になった通りを真中で区切る柵にもたれながら
 説明する。

 「しかたないだろ?母上が、そうしろって言うんだから」

 「観光案内してあげなさいって!?」

 「…違う」

 「じゃ、なによ!?」

 「何か、危険が迫っているらしい」

 小狼は、今朝のことを思い出していた。
 服を着替えるために、少し遅れたさくらと共に、母は玄関まで見送りにやって来た。
 それだけでも驚いたのに、母はその身体を屈め、さくらの頬にキスをしたのだった。
 …小狼は、腰を抜かすかというほどに驚いた…。

 多分、母はアイツのことを気に入ったのだろう。
 そのことに、小狼は少なからずショックを受けていた。
 それは、母がさくらをクロウカードの主と認めたということなのだから。

 …では、自分は何のために…?

 頭では、わかっている。
 李一族に連なる者としての彼の使命は、何よりもまず≪この世の災い≫を防ぐことに
 あるのだと。
 彼がカードの主になれるかどうかなど、二の次以下の問題でしかない。
 …それでも。
 次々とカードを手に入れるアイツが、自分を追い越していくのが悔しくてならない。
 既に魔力で≪負けている≫ことを、認められずにいる。

 ふと目をやると、さくらは店先で細工物の髪飾りをじっと見つめていた。
 ただ、キレイだからなのか。それとも買おうかどうしようかと迷っているのか。
 妙に深刻な顔をしている。
 すると、あのひと…月城 雪兎が近づいて、少し言葉を交わした後、さくらの手から髪飾りを
 受け取り、店の奥に姿を消した。
 間もなく戻ってきた雪兎は、髪飾りをさくらに手渡した。プレゼントなのだろう。

 「どうしたの?小狼」

 「…なん、でも、ない…っ!」

 苺鈴に答えた小狼の声には、歯軋りの音が混じっている。

 悔しくて、腹立たしくて、たまらなかった。
 優しい微笑みで、アイツに髪飾りを渡すあのひと。
 それを、頬をピンクに染めて、とろけそうな笑顔で受け取るアイツ。
 あんな顔をするのは、いつもあのひとの前でだけなのだ。

 ……あ、あれ?

 小狼は混乱した。自分が腹を立てているのは、
 『あのひとから、髪飾りをもらったアイツ』なのか?
 『あのひとに、自分には見せない笑顔を向けているアイツ』なのか…?
 しかし、その疑問は解けなかった。

 ………!!

 視線。そして、魔力の気配。
 あの白い二羽の鳥が、こちらを…アイツを、見ている。
 一瞬遅れて、アイツも気づいた。そして飛び立った鳥の後を追って、走り出す。

 ……あの馬鹿!!

 小狼も後を追って走り出した。



                                        − つづく −


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 (初出01.5〜8 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)