− 8 − 朝早く、昨日中断された小狼との≪デート≫を敢行すべく李家本邸を訪れた苺鈴は 玄関先で知世や桃矢達とかち合った。 そのまま、にわか観光ガイドに早変りした苺鈴の案内で、一同は次々と香港の観光地を 訪れていく。 香港経済の中心地、中環(ヅォンワン=セントラル)。 香港島最大の繁華街、銅鑼灣(トンローワン=コーズウェイベイ)。 二階建てのトラムに乗って、古い大陸文化が今も息づく街、上環(ションワン)へと移動する。 香港の街は、どの通りにも建物と人がひしめき合い、エネルギーに満ちている。 激しくせめぎ合うことで、その異様に高いテンションを保っているかのようだ。 これが、彼の生まれ育った街。 目まぐるしく、せわしなく、変化していく街。 うかうかしていたら取り残されてしまう、競争の世界。 それは、『ほえぇ〜』とか言いながら辺りを見まわしているふわふわした女の子には 似つかわしくない街かもしれない。 辺りの気配に気を配る一方で、そんなことを考えて、何故だか小狼は不機嫌になった。 そして、同じように不機嫌な桃矢と何度か視線を合わせ…その度にバチバチと火花を 散らし合っては、さくらの気を揉ませていたのだが。 やがて苺鈴に引き連れられた一同は、≪キャットストリート≫にやって来た。 古道具や骨董品、土産物などを並べた小さな店がひしめき合う、実に香港らしい通りだ。 さくら達が思い思いの店で品物を見て回りはじめると、苺鈴は小狼に向かって不満を 爆発させた。 「どーして、あたし達がいっしょにいなきゃいけないの!!」 途中でさくら達と別れて、≪二人っきり≫になるつもりでいたらしい。 そんな従姉妹をなだめるように、小狼は階段になった通りを真中で区切る柵にもたれながら 説明する。 「しかたないだろ?母上が、そうしろって言うんだから」 「観光案内してあげなさいって!?」 「…違う」 「じゃ、なによ!?」 「何か、危険が迫っているらしい」 小狼は、今朝のことを思い出していた。 服を着替えるために、少し遅れたさくらと共に、母は玄関まで見送りにやって来た。 それだけでも驚いたのに、母はその身体を屈め、さくらの頬にキスをしたのだった。 …小狼は、腰を抜かすかというほどに驚いた…。 多分、母はアイツのことを気に入ったのだろう。 そのことに、小狼は少なからずショックを受けていた。 それは、母がさくらをクロウカードの主と認めたということなのだから。 …では、自分は何のために…? 頭では、わかっている。 李一族に連なる者としての彼の使命は、何よりもまず≪この世の災い≫を防ぐことに あるのだと。 彼がカードの主になれるかどうかなど、二の次以下の問題でしかない。 …それでも。 次々とカードを手に入れるアイツが、自分を追い越していくのが悔しくてならない。 既に魔力で≪負けている≫ことを、認められずにいる。 ふと目をやると、さくらは店先で細工物の髪飾りをじっと見つめていた。 ただ、キレイだからなのか。それとも買おうかどうしようかと迷っているのか。 妙に深刻な顔をしている。 すると、あのひと…月城 雪兎が近づいて、少し言葉を交わした後、さくらの手から髪飾りを 受け取り、店の奥に姿を消した。 間もなく戻ってきた雪兎は、髪飾りをさくらに手渡した。プレゼントなのだろう。 「どうしたの?小狼」 「…なん、でも、ない…っ!」 苺鈴に答えた小狼の声には、歯軋りの音が混じっている。 悔しくて、腹立たしくて、たまらなかった。 優しい微笑みで、アイツに髪飾りを渡すあのひと。 それを、頬をピンクに染めて、とろけそうな笑顔で受け取るアイツ。 あんな顔をするのは、いつもあのひとの前でだけなのだ。 ……あ、あれ? 小狼は混乱した。自分が腹を立てているのは、 『あのひとから、髪飾りをもらったアイツ』なのか? 『あのひとに、自分には見せない笑顔を向けているアイツ』なのか…? しかし、その疑問は解けなかった。 ………!! 視線。そして、魔力の気配。 あの白い二羽の鳥が、こちらを…アイツを、見ている。 一瞬遅れて、アイツも気づいた。そして飛び立った鳥の後を追って、走り出す。 ……あの馬鹿!! 小狼も後を追って走り出した。 − つづく − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** (初出01.5〜8 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。) |